表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/112

最大限の愛想のいい笑み

「ミスター田上。担当を変わってもらえませんか? 日本語で応対してほしいそうです」

「分かりました」

 同僚の女性、――ソユンからの頼みに、信士は仕事の手を止めて、机から立ち上がった。それから、ソユンがちょっと不満そうな顔をしていることに気づく。

「どうしました?」

 信士がふしぎに思ってたずねると、彼女は苦笑した。

「実は私が応対したかったのです。だって」

 ソユンはうれしそうに、顔を輝かせる。

「ドルーア・コリントが同伴者なんです!」

 ドルーアという名前に、近くにいた同僚たちが、一斉に信士たちの方を見た。え? 本当? という好奇心を隠しきれない顔をして。

 難民・亡命者認定室中の注目を浴びた信士は驚いて、しばし黙る。部屋中の注目とは言っても、せまいオフィスで、信士を含め五人ほどしかいないが。そして聞き覚えのある名前だが、ドルーアとは誰だろう。

「ほら、ドラマ『ベイビードリーム』の、……そうそう、『チャレンジャーズ』の主役デイビッドですよ」

 ソユンが笑って教える。

「あぁ、なるほど」

 信士は納得した。「チャレンジャーズ」は、五年ほど前にヒットした反戦映画だ。信士も一郎と、映画館に足を運んだ。

 また「チャレンジャーズ」は、数々の賞を取った。その授賞式や雑誌のインタビューなどで、星間戦争を今すぐやめるべきと主張していたのがドルーアだ。反戦派の役者として、もっとも有名なのが彼である。

 最近では投資家としても活動して、ものすごく稼いでいるという話だ。そして軍需企業のドラド社と、ハデにもめている。政治家になるという、うわさもある。

 その一方で、甘い優しげな顔立ちが女性に大人気らしい。ホームコメディドラマ「ベイビードリーム」の主役も、長くやっているはずだ。

「私、後でミネラルウォーターとか出しに行きますね」

 ソユンは楽しそうにしゃべる。

「ありがとう」

 ミーハーな彼女に、信士は困って笑った。部屋から出て、受付に向かう。確かに「チャレンジャーズ」のデイビッドがいた。いや、デイビッドよりかっこいいドルーアだ。信士はひそかに浮かれた。案外、自分もミーハーだったらしい。

 ところがドルーアは、日本人らしい十代の女の子と話している。信士はかすかに緊張した。信士の顔は怖い。子どもに泣かれたり、女性に怖がられたりするのは日常茶飯事だ。信士が担当者になって、女の子は嫌がるかもしれない。

 しかも管理局にやってくる亡命者たちは、大なり小なり不安を抱えている。信士も約十年前に一郎を連れて、日本から浮舟まで逃げてきた。幼い子どもの手を握り、右も左も分からない月面都市で相当苦労した。

(母親を殺され、軍の中に閉じこめられて育った一郎は、普通の会話でさえ困難だった)

 信士は懐かしく思い出す。一郎は浮舟の小学校に通い出したが、なかなかなじめなかった。日本からの逃亡中に信士はだいぶ英語がうまくなったが、一郎はまだしゃべれなかった。突然、奇声を上げたりおねしょすることも多かった。

 信士は、子育てなどしたことがなかった。毎日、一郎に振り回され、悩みとまどった。だが一郎はちょっとずつ成長して、じょうぶな心と体を手に入れた。

(柏木先生。あなたの息子は、本当に強い子です)

 今では一郎は立派な青年になり、今年の四月から大学に通っている。浮舟建設当初からある名門校だ。信士はそんな大学に入って、授業についていけるのかと心配した。しかし一郎は、毎日楽しく通っている。友人も多く、ボランティア活動に精を出しているようだ。

 脱線した話をもとに戻そう。信士が管理局に勤めるようになったのは、過去の自分と同じ境遇の亡命者たちを助けたいからだ。また同胞である日本人の力になりたい、という思いもある。

 よって今、ドルーアと話している女の子は、信士が守り助けるべき存在だ。けっして怖がらせてはいけない。信士は気合を入れて、最大限の愛想のいい笑みを作る。それから、

「お待たせしました。私は日本語が話せます」

 女の子とドルーアに、優しく声をかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説の更新予定や裏話などは、活動報告をお読みください。→『宣芳まゆりの活動報告』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ