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前日譚――果報は寝て待て

 ドルーアほど運のいい人はいない。二十二才のとき友人たちに頼まれて、主役を演じた自主製作映画「チャレンジャーズ」が大ヒット。ドルーアはいちやく、ときの人になる。

 その二年後、「ベイビードリーム」というホームコメディドラマの主役にばってきされる。これまたドラマは大人気で、すぐさま続編の制作が決定された。

 金はありあまるほどやってきて、気がつけば人気役者と呼ばれていた。ドルーアは今まで勤めていたアパレルメーカーをやめて、俳優業に専念した。

「僕の代表作は、『チャレンジャーズ』と『ベイビードリーム』だ」

 会員制スポーツジムの一室で、ドルーアはたんたんと言う。すでに三十分以上、ランニングマシンの上で歩いている。聞いているのは、マネージャーのタインだ。彼はマシンの脇に立って、スポーツドリンクを飲んでいる。

 タインは四十一才で、二十八才のドルーアより一回り年上だ。アジア系の顔立ちをしていて、不健康なほどではないがやせている。

「ほかにもいろいろな役を演じたが、やはり僕と言えば、『チャレンジャーズ』のちょっと情けない男デイビッドか、『ベイビードリーム』のお調子者で女好きのロバートだろう」

 ひとごとのように、ドルーアはしゃべる。今日は着ふるしたスポーツウェアを着ている。だからなのか、もっとあせをかきたい気分だった。ドルーアは歩く速度を速めた。

「けれど僕は役者になる気はなかった。たまたま映画やドラマがヒットして、この道に入りこんだだけだ」

 世の中にはプロの役者になりたくても、なれない人たちがいる。そういった人たちからすると、ドルーアは運がいいだけの、そして少し顔がいいだけの男だろう。ドルーアがそこまで話すと、

「案外、君は自己評価が低いね。『チャレンジャーズ』も『ベイビードリーム』も、君が演じなければあそこまでのヒットにならなかっただろう。君の意外な一面を見たよ」

 タインは目を丸くしている。彼はドルーアの個人契約のマネージャーだ。芸能人としてのドルーアの片腕と言っていい。

「日々、新しい発見がある方が、その関係は持続する。そう思わないか?」

 ドルーアはにっと笑った。タインはあきれた。

「つまり私は、できるだけ長く僕のそばにいてくれと口説かれているわけか」

「そうさ。この仕事はしたくない、その役は演じたくない、あのスポンサーは嫌だ、とわがままばかりの役者に付き合ってくれる貴重なマネージャーだからね」

 ドルーアは仕事をえり好みする。また二年前からは、役者の仕事自体を減らしていた。必然的にタインの仕事や給料も減るが、彼には別の仕事もあるので支障はないようだ。

「確かにわがままだ。君は金では動かない。君の考えに合った仕事しか受けない」

 タインは微笑した。ドルーアは黙った。特に理由があるわけではないが、弱音を吐きたい気分だった。

「僕がさけんでも、世界は変わらない」

 ドルーアはつぶやいた。タインはちょっと驚いて、ドルーアを見る。それから優しくほほ笑んだ。悩んでいるのか? ならば付き合ってやろうと言わんばかりに。

「ミスター・パーフェクト。君はチャリティ番組の司会者としても、イベントプランナーとしても、ミュージシャンとしても優秀だとよく聞くよ」

「ありがとう」

 ドルーアは笑った。しかしドルーアの目的は、自分が優秀と認められることではない。ドルーアは笑みを消して、まじめな調子でしゃべった。

「星間戦争が始まって、もう八年だ。一度は停戦の一歩、――いや、二、三歩手前まで行った。だが深宇宙港が破壊されて、逆に戦争は維持された」

 ドルーアは前を向いて走り始める。

「平和を取り戻すためには、もう一度『チャレンジャーズ』のような映画を作ればいいのか?」

 息が上がる。ドルーアはスピードを上げた。「チャレンジャーズ」は、仲間内だけで作った青臭い映画だった。若者たちが情熱だけで作った低予算映画で、それなりのクオリティだった。

 ドルーアの演技も下手だった。そもそもドルーアは、役者でも役者の卵でもなかった。カメラの前で役を演じるのは、初めてだった。なぜそんなドルーアが主役だったのか、今でも疑問だ。

「主役はある程度、顔がいい方がいい」

「ドルーアなら、なんとなくできそう」

「五年くらい前にライブハウスで、よく歌ったりピアノを弾いたりしていただろ? 君は子どもだったくせに、入り浸っていた」

 そんな納得できるようなできないような理由で、ドルーアは主役を頼まれた。そして、なんとかなるだろうと安請け合いしたのだ。

(けれど「チャレンジャーズ」は、恐ろしいぐらいにヒットした)

 単館上映だったのが、口コミの力で全世界に広まった。もっとも評価されたのは脚本だ。仲間全員で大ゲンカしながら、何度も書き直した脚本だ。主題歌をはじめ音楽も評価された。

 ほかにもいろいろなヒットする要因があったが、何より「チャレンジャーズ」は時代に合っていた。開戦したはいいが、やっぱり戦争をやめたい。そんな人々の心に、「チャレンジャーズ」のメッセージはよく響いたのだ。

 ドルーアたちは映画界をのし上がっていった。毎日が充実していた。自分たちは認められ、成功をおさめたと知った。

 今では監督も脚本家もほかの役者たちも、音楽を担当してくれたインディーズバンドも売れっ子だ。衣装提供から宣伝まで何かと協力してくれた、ドルーアの勤めていたアパレルメーカーも、知名度が上がり売上が伸びた。

「あの映画をもう一度作るのは、難しいだろうね」

 タインは感慨深げに言う。残念ながらドルーアも同意見だった。「チャレンジャーズ」は、たまたますべてのものがうまく合わさった奇跡の映画だった。あの素人くささや懸命さが受けた作品でもあった。

 だから今のドルーアたちには作れない。ドルーアたちは有名になり、成功をおさめても、かなわないことがあると知った。「チャレンジャーズ」大ヒットの裏で、ドルーアの弟のゲイターは、あてつけのように軍に入り戦場へ出ていった。

 ドルーアは、自分たちがさけべば世界は変わると信じられなくなった。それでもさけばずにいられないから、走り続けている。

「明日の仕事は午後からだ。午前中はゆっくりと休んではどうだい?」

 タインはいたわるように、ドルーアにタオルを差し出した。

「今の君は、動きすぎているのかもしれない。若さゆえに、ことを急いでいる。たまには何もせず、何かが起こるのを待つのもいいだろう」

 ドルーアは走るのをやめて、タオルを受け取った。予想以上に汗をかいていたし、息も切れていた。タインはいいタイミングで、タオルを渡したらしい。やはり彼はすばらしいマネージャーだ。ドルーアはくしゃっと笑う。

「僕はシンデレラ。いつか王子様が迎えに来てくれる」

 ガラスの靴をあざとく落として、待っているわ、マイダーリン、と大げさな振りをつけて歌った。ジムは無人ではなかったので、少し離れた場所のランニングマシンで走っている人たちが、けげんな顔をしてこちらを見る。

「気持ち悪いから、やめてくれ。ついでに私の末娘に会うたびに、君はプリンセスだ、子猫ちゃんだとちやほやするのもやめてくれ」

 タインは顔をしかめた。彼には子どもが三人いる。この前会ったとき公園でダンクシュートを見せたら、三人とも大興奮だった。ちなみにすえっこは九才で、大人になったらドルーアと結婚してくれるそうだ。

「いつものことながら、女性にもてすぎて困っている」

 ドルーアは楽しくなって笑う。タインはため息をついた。それから優しく両目を細める。

「話を戻すが、待っているだけならば、幸運はやってこない。しかし打って出るだけでも、幸運は逃げてしまう。いつも言っているが、私は君の幸せを願っている」

 果報は寝て待て。人事を尽くして天命を待つ。押してだめなら引いてみろ。今のドルーアに、必要な言葉たちかもしれない。

「ありがとう、僕の魔法使い。明日の朝は、家でのんびり本でも読んでおくさ」

 結果としてタインは、予言者でもあったらしい。翌朝、ドルーアは朝乃と出会い、彼女の運命に巻きこまれたのだから。

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