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前日譚――ボードゲーム

 気晴らしにふらりと入ったバーは、ボードゲームを楽しむ場所でもあったらしい。カウンターで酒を飲んでいる客もいるが、テーブルでチェスやオセロなどをしながら、飲食している客もいる。

 功はカウンターで、ビールを頼んだ。ひとりでさびしく酒をのむ。功は先月、妻の翠と浮舟に亡命してきたばかりだ。来たばかりのこの都市に、友人はいない。

 功はひそかに店内を観察する。ほとんどの人がチェスをやっている。功にはチェスは分からなかった。

(将棋や囲碁は、さすがにないか。東洋人っぽい外見の人たちは、ちらほらいるが)

 つまらないな、とビールをあおぐ。すると、おぉ! と小さな歓声が背後からした。振り返ると、あるテーブルではチェスゲームが白熱している。

 対戦しているのは、二十代らしい若い男性と、四十代か五十代程度の男性だ。ふたりとも見目がよい。服も上等だ。若い方は、甘い顔だちに余裕のある笑みを浮かべている。周囲の視線を浴びて、堂々としていた。

 三人の男女が酒を飲みながら、ふたりの対戦を楽しそうに観ている。この三人も派手な外見だ。芸能人の集団だろうか。彼らは、店全体の注目を集めていた。

 功もビールグラスを持って、チェスを観に行く。なんとなく雰囲気で、若い方が勝っているらしい。壮年の男が、苦渋に満ちた表情でこまを動かす。若い男は、すぐさま自分のこまを取り動かした。

「チェックメイト」

 誇らしげに言う。いっぱく置いてから、周囲のギャラリーが、わっとわいた。拍手まで起こる。若い方が勝ったらしい。

「エドアールに勝つなんて、すごいじゃないか」

「ドルーアは何でもできるのね」

「いい試合だったよ。君はチェスのプロにもなれそうだ」

 観戦していた男女が興奮して、若い男、――ドルーアをほめる。ドルーアは子どものように、うれしそうに笑った。小さくガッツポーズを作っている。エドアールは強敵だったらしい。

「こんなに頭を使ったのは、ひさびさだ。なぐさめてくれ」

 ドルーアは甘えた表情を、若い女に向ける。紺色のドレスを着た、グラマラスな美女だ。

「私が坊やをなぐさめるのは、ドラマの中だけ。そういう顔は恋人に見せなさい」

 女はくすくすと笑いながら、あしらう。

「浮気性のドルーア、今は誰が恋人なんだい? いや、何人恋人がいるのか聞いた方がいいかな」

 眼鏡をかけた男が、おどけた調子で質問する。ドルーアは、ふっと笑った。見た目どおり、ナンパな男らしい。恋人は星の数ほどいるとか答えそうだな、と功はあきれた。すると試合に負けたエドアールが、初めて口を開いた。

「世界でもっともチェスが強いのは、コンピュータさ」

 険悪な表情で、ドルーアをにらむ。

「私も君も、本業は役者なんだ。芝居で勝負するんだな」

 エドアールのせいで、和気あいあいとした雰囲気は一気に失われた。

「エドアール。ドルーアをチェスに誘ったのは君だろう? われわれまで巻きこんで」

 眼鏡の男が、たしなめるように言う。エドアールは、負けたのがくやしいらしい。ドルーアに勝つつもりで、誘ったのだろう。しかしだからと言って、大人げない言動だ。

 功はテーブルから離れた。他人のけんかなど、見ても不快なだけだ。功はほかのテーブルを見て回る。ゲームに熱中している席もあれば、おしゃべりに興じている席もある。もしくは、興味しんしんでドルーアたちを見物している席もある。

 ふいに功は、碁盤と碁石の置かれたテーブルを見つけた。しかし誰も手合わせしていない。功はテーブルのそばに立ち、誰か相手してくれないかと店内を見回した。しかし誰も来ない。功はがっかりして、カウンターに戻ろうとした。そのとき、

「対戦相手を探しているのか?」

 背中に声をかけられた。

「あぁ、そうだ。誰でもいいから……」

 功は振り返って、驚いた。そこに立っていたのは、ドルーアだった。ワイングラスを持って、おっとりとほほ笑んでいる。

「囲碁なら、ちょっとだけできる。子どものころ、祖父から教わった」

 功は何気ないふりをして、周囲を見た。ドルーアは相変わらず、注目を集めている。が、今はひとりでいる。エドアールたちは、テーブルでまたチェスをしているようだ。

 ドルーアはエドアールの相手が面倒になって、逃げてきたのだろう。思わぬところで、相手が見つかった。功は友好的にほほ笑んだ。

「君は強そうだ。ぜひ手合わせ願いたい」

「君を失望させないように、がんばるよ」

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