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10 一緒にアイスを食べないか

 信士には昨日から、朝乃はとんでもなく世話になっている。なので、ちゃんと退院のあいさつをしてから、病院を出たい。そしてジョシュアはまだ集中治療室で、見舞いができる状態ではない。だからせめて、信士にことづけを頼みたかった。

「分かった。じゃ、部屋で待っている」

 功は、いすに座りなおした。

「すみません」

 逆に朝乃は立ち上がる。

「いいよ、仕事をやっておく」

 功はあっさり言って、テーブルの上に置いてあるノートパソコンを開いた。指紋認証ボタンに人差し指を置いて、パソコンに話しかける。

「ログイン」

「指紋、声紋、ともに確認しました」

 電子音声が答えて、画面が明るくなる。さらに中空にも、三つの正方形の画面が現れた。それぞれ、日本語の文章だったり、何かの設計図だったり、機械の写真だったりが映っている。

 おそらく功は朝乃のために、今日の仕事をキャンセルしたのだろう。なので朝食後も今も、ちょっとの時間を利用して、その埋め合わせをやっている。そしてそのことを、朝乃には黙っている。真剣な顔になった功に対して、

「ありがとうございます」

 朝乃は小声で言って、病室から出ていった。朝乃は功にも、感謝しきれないほどに世話になっている。廊下に出て、左隣にある病室のドアをノックする。

「はい」

 すぐに信士の声で応答があった。

「こんにちは、村越朝乃です。今、いいですか?」

「あぁ、入ってきてほしい」

 朝乃がドアを開けると、信士はまじめな顔をして、丸テーブルでカップのアイスクリームを食べていた。そんなに、かしこまって食べなくてはならないものか。予想外の光景に、朝乃は反応に困った。

 信士はもうパジャマではなく、無地のトレーナーに楽そうなジャージをはいている。彼は、いつもどおりの無表情で問いかけた。

「私と一緒に、アイスを食べないか?」

 朝乃は、はいともいいえとも答えづらい。

「アイスクリームが好きなのですか?」

 ますます困った朝乃は、ちがうことを聞いた。それからテーブルに近づく。

「アイスが好きなのは、私ではなく一郎だ」

 信士は朝乃に、いすに座るように促す。

「そして一郎は、落ちこんでいる人間にはアイスを与えればいいと考えている。これで元気が出るだろうと」

 となると、一郎が信士のために買ってきたのだろう。朝乃は、信士の向かいに腰かけた。信士は立ち上がって、冷蔵庫の方へ行く。

「まったくあいつは、アイスなんて値段の高いものを買ってきて……」

 信士は文句をたれる。しかし、うれしそうな雰囲気がにじみでていた。だからあんなに、ていねいに食べていたのか。朝乃は、ふふっと笑った。信士は、いいお父さんだ。

「ところで何の用かね?」

 信士は冷蔵庫の冷凍室から、アイスのカップを取りだして振り返る。

「退院のごあいさつに参りました」

 朝乃が言うと、信士はかすかに両目を細めた。

「昨日からお世話になりっぱなしで、ありがとうございます。また、お手数をおかけしますが、スミスさんにも『ありがとうございました』とお伝えください」

「承知した。ジョシュアは明日、一般病棟に移ると聞いた。明日、彼に伝えよう」

「ありがとうございます」

 朝乃は頭を下げた。ジョシュアが集中治療室から出られることに、朝乃は安心した。信士がアイスとスプーンを渡してくる。

「たくさんあるから、食べなさい」

 朝乃は遠慮すべきかどうか悩んだが、結局、もらった。

「ありがとうございます。――田上さんは、いつまで入院するのですか?」

 バニラアイスのカップは、ひんやりと冷たい。甘いものが食べられることに、朝乃は内心、喜んでいた。

「医者には一週間もかからないと言われた」

「よかったです」

 朝乃はほっとしてほほ笑んだ。アイスのふたを開けて、一口食べる。甘くておいしい。朝乃がご機嫌で食べていると、信士がぽつりとこぼす。

「君が私にお礼を言うのは、まちがっているかもしれない」

 朝乃は首をかしげた。

「昨日、暴漢たちから君を守ったのは、君自身だ。私は君を守れなかった」

 彼は落ちこんでいるように見えた。

「保護を求めて管理局に来た亡命者を、守れなかったとは情けない。昨日はドルーア君も私も、自分の力不足と油断を嘆いていた」

 朝乃はアイスを食べる手を止めて、考えた。

「ドルーアさんは、すごく頼りになる人です。田上さんも、とても強くてびっくりしました。力不足なんて、ぜんぜんないです」

 朝乃は真剣に訴えた。ドルーアは力不足と油断を悔いて、朝乃のもとから去ったのか。そんなことはないのに。朝乃は唇をかみしめた。信士は、両目を優しげに細める。多分、これが彼のほほ笑みだろう。

「ありがとう。君が連れさらわれないで、本当によかった」

 信士はしみじみと言う。朝乃は少し悩んでから、彼に聞いてみようと思った。

「実は、……私はあのときは夢中で」

 言葉を選びつつ、慎重にしゃべる。

「どうやってピンチを切り抜けたのか、くわしくは覚えていなくて、……火事場のばか力というか」

 信士はさきを促すように、うなずいた。

「だから何があったか、教えてくれませんか?」

 朝乃の懇願に、彼は驚いたようだ。

「それはいいが。ただ私も、あのときどういったことがあったか、正確には分からない。それでもよければ」

「はい」

 朝乃は笑顔で返事した。よかった。これで警察の事情聴取も、うまく切り抜けられるだろう。

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