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8 バスケットボールを続けている

 ドルーアは、パーティー会場にいるようなハデなかっこうをしていた。ネイビーのタキシードを着て、ベストとチョウネクタイはシルバーグレー。そして、ぴかぴかの黒の革靴をはいていた。

 逆に、こげ茶色の髪は少しぼさぼさだ。また彼は、薄い色のサングラスをしている。信士と同じく、医療用サングラスかもしれない。予想外なファッションのドルーアに、朝乃は驚いた。

「三次元テレビで見るのと、同じ顔だ」

 一郎が感心してつぶやく。ドルーアは一郎をちらと見た後で、朝乃に視線をやった。ちょっと嫌そうな、気まずそうな顔をする。朝乃は理由が分からなくて、ショックを受けた。ドルーアは信士に、声をかける。

「僕はもう退院します。レーザー銃からかばっていただき、ありがとうございました」

 信士は実直に言い返す。

「そこまで恩にきる必要はありません。あなたからのお礼は、十分以上にもらいました。……ですが、もしもほかにもお礼をしたいのであれば」

 信士は一郎を見やる。朝乃は、一郎はサインでもねだるのかと思った。が、

「いや、いいよ! なんで俺に話を振るんだよ。さっきは、ミーハーなことをするなと言ったのに」

 彼はあわてて、ドルーアから距離を置いた。それから、まじまじとドルーアを見つめる。

「やっぱりヨークと似ていますね。彼は今、南北交流プログラムで浮舟にいます」

 ドルーアは目を丸くした。ヨークとは誰だろう。朝乃は知らない。南北交流プログラムも分からない。

「君は……?」

 ドルーアはけげんそうに、一郎を見る。

「ヨークの、浮舟での友人のひとりです。また、南北交流プログラムの学生ボランティアもしています」

「そうか」

 ドルーアは納得したらしく、優しげな微笑をたたえた。

「彼は元気にしているかい? バスケットボールを続けていると聞いたけれど」

 だが朝乃には、ドルーアの笑みがうそっぽく感じられた。おそらく彼はとまどい、動揺している。朝乃は心配して、ドルーアを見た。

「続けています。大学卒業後はプロになるそうです」

 一郎は楽しそうに笑った。ドルーアは微妙な間を置く。

「ヨークに会ったら、応援していると伝えてほしい」

 ドルーアの好意的ではないリアクションに気づいたのだろう、一郎の笑みもぎこちなくなる。

「分かりました。彼は喜ぶと思います」

「ありがとう」

 ドルーアは礼を述べた。一郎は、もの言いたげに彼を見つめた。しかし信士に対して話しかける。

「じゃ、信士さん。俺は行くから」

 一郎は今度こそ、エレベーターへ向かった。

「ドルーア、お前も行かなくていいのか?」

 ずっと事態を見守っていた功が、声をかける。ドルーアは今日、用事があるのだろう。だから、こんな場ちがいなかっこうをしているのだ。

 今の彼はとても華やかで、迫力がある。気慣れている者特有の余裕がある。朝乃は気おくれする。それにさっき嫌そうな顔をされた。

「あぁ、出発しなくてはいけない。遅刻してしまう」

 ドルーアは言うがはやいか、朝乃に近づいてきて、きつく抱きしめた。朝乃はびっくりする。彼の抱擁に、心臓がどきどき鳴っている。こんなにぎゅっと抱きしめて、その高そうなタキシードは問題ないのだろうか。

「体は大丈夫ですか?」

 朝乃は何を言えばいいのか分からなくて、無難なことをたずねた。

「大丈夫だよ、僕の天使。僕は昨夜、君の寝顔ばかりを眺めた」

 ドルーアの手が朝乃の頭を、いたわるようになでた。朝乃はほっとする。ドルーアはいつもどおりだ。彼は朝乃を離すと、にこりとほほ笑んだ。

「しばらく会えないけれど、元気で。僕は今から、楽しいパーティーに行ってくる」

 楽しいパーティーという部分で、ドルーアが好戦的に笑った。驚く朝乃を無視して、彼は背中を向けて歩きだす。朝乃は彼を追いかけたくなった。具体的なことは分からない。しかしドルーアは何か大きなことを、危険なことをやるつもりだ。

 朝乃が一歩を踏みだすと、功が朝乃の肩をつかんだ。

「部屋に戻ろう」

「でも」

 朝乃は反論しようとした。

「今は放っておいてやれ」

 存外に厳しい口調で言われて、朝乃は鼻じろんだ。ドルーアはもうエレベーターに乗ったらしく、姿が消えている。信士は、少し迷った表情を見せていた。だが朝乃たちに会釈して、病室へ戻る。朝乃は功とともに、自分の病室へ戻った。

 功は病室に入ると、ベッドの枕もとに寄り、ナースコールのボタンを押した。しばらくすると、どうしましたか? と英語で応答がある。

「連絡が遅くなってすみません。朝乃が目覚めました」

 功が答える。

「承知しました。すぐに向かいます」

 プ、と音がして、通話は終了した。功は朝乃の方を振り返り、困ったようにまゆを下げた。

「そんな不安な顔をしないでくれ」

 心中を見透かされて、朝乃は言葉に詰まった。

「ドルーアならば、すぐにプライドを取り戻して帰ってくる」

 功は苦笑して、そばにあるソファーに座った。

「君を嫌いになったわけじゃない。顔を合わせづらいだけなんだ」

 朝乃は彼の向かいのベッドに、ちょこんと腰かける。納得できなくて、うつむいた。

「それよりも、管理局の裏口で君たちを襲った五人の男たちが、警察で供述を開始した」

 功は構わずに話を続ける。朝乃は顔を上げた。

「彼らのうちの三人は、日本軍の軍服を着ていた。上官の指示を受けて、君を誘拐しようとしたと言っている。残りの二人は、ほとんどしゃべらない。金で雇われた傭兵だろうと、警察は考えている」

 そのとき、こんこんとドアがノックされた。

「はい」

 功が英語で返事する。ドアが開いて、優しそうな雰囲気の女性看護師が入ってきた。背が高く、肌の色はこげ茶色だ。彼女は朝乃に向かって、ほほ笑みかけた。

「顔色はよろしいですね。食欲はありますか?」

「Yes. Hungry.」

 朝乃は、片言の英語で答える。朝乃にとって、初めての英語でのコミュニケーションだ。緊張して、声が上ずる。

「朝食は、七時から七時半の間に配膳されます。また十時に、二階にある診察室B22にて医師の診察を受けてください。退院については、医師にたずねてください」

「Yes.」

 朝乃は、分かったという意味をこめて、大きくうなずいた。看護師は病室から出ていく。朝乃は壁時計で、時刻を確認した。六時半過ぎだ。すぐに食事にありつけるだろう。朝乃は空腹で、のどもかわいていた。

「俺の朝飯は、病院近くのファーストフード店で買ってくる」

「あ、……すみません」

 功のせりふに、朝乃は申し訳なくなった。朝食が出るのは、入院患者の朝乃だけだ。

「気にするな。じゃあ、行ってくる」

 功は部屋から出ていこうとした。

「功さん。ひとつ質問をしてもいいですか?」

 朝乃は彼を引き止める。

「何だ?」

 功はふしぎそうに振り返った。

「さっきのドルーアさんと柏木さんとのお話に出てきた、ヨークさんとは誰なのか知っていますか?」

 ドルーアを動揺させるヨークとは、何者だろう。

「柏木さん?」

 功は首をかしげた。

「田上さんの息子だそうです」

 多分、養子だろうと朝乃は思った。

「あぁ、さっき廊下にいた男の子か。ヨークは、ドルーアの弟のニューヨーク・コリントのことだと思う」

 朝乃は、以前聞いたドルーアの弟妹たちの名前を思い起こした。ニューヨークのあだ名が、ヨークなのだろう。アメリカの都市名と同じとは、おもしろい名前だ。

「今、浮舟にいるとは意外だったな。大学の交換留学生かな? それともスポーツ交流?」

 功はそう言って、考えこむ。朝乃は、大学生でバスケットボールをやっているドルーアの弟を想像しようとした。朝乃の感覚で言うと、大学に通い、何の役にも立たないスポーツをやっている男など、単なる金持ちの道楽息子だ。

 ちなみにドルーアの役者という職業も、似たような印象だ。ところが朝乃はドルーアにほれているので、役者という職業に対する評価も上がってしまっている。

 昨日ドルーアは、自分の弟妹はみんな、朝乃と裕也の敵と言った。しかしドルーアの弟で、さらに信士の息子の友人が敵とは思えない。

「ニューヨークさんは、私の敵でしょうか?」

 朝乃は分からなくて、たずねた。功は昨日、敵というドルーアの発言を否定しなかった。

「さぁなぁ。さきほどの話だと、従軍する予定もドラド社に入る予定もなさそうだし」

 功は、うーんと伸びをする。こった肩をほぐすように、首を左右にかたむけた。

「分からないな。長男のドルーアと次男のゲイターが対立しているのは、有名な話だ。だが三男のニューヨークに関しては、ほとんどうわさを聞いたことがない」

 あぁ、それから、と思い出したようにしゃべる。

「東京宇宙港の火事は、昨日のうちに鎮火したらしい」

 じゃ、と手を上げて、功は病室から出ていった。

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