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7 父親が、レーザー銃で撃たれた

 朝乃は、ふっと目を覚ました。白い天井が見える。朝乃は、清潔なベッドに横たわっている。ここは病院だろうか?

 首をめぐらせると、ひとりがけのソファーに功が座っている。座り心地のよさそうな、大きなソファーだ。功は疲れた様子で、下を向いて眠っていた。隣には、同じソファーがもうひとつあって、彼の荷物らしいリュックサックとカバンが置いてあった。

 朝乃は起き上がって、部屋を見回す。朝乃と功しかいない。窓にはレースのカーテンがかかっていて、外は明るい。窓のそばには、おしゃれな丸テーブルとふたつのいすがあった。ここは、ホテルの一室だろうか?

 あれからどうなった? ドルーアはどこにいる? 信士とジョシュアは? 朝乃たちを襲撃した悪漢たちはどうなった? 朝乃は不安になって、功を見つめる。疲れている彼を起こすのは申し訳ないが、声をかけた。

「功さん、起きてください。ドルーアさんはどこですか?」

 彼は起きない。朝乃は大声で、功の名前を呼び続けた。彼はうぅとうなって、目を右手で覆った。

「朝乃、起きたのか。心配したぞ。――今、何時だ?」

 朝乃は時計を探した。テーブルといすの向こうには、小さなキッチンと冷蔵庫があり、そのそばにアナログの壁時計がかかっている。

「六時三分です」

 朝乃たちが管理局にいたのは、夕方の五時くらいのことだ。つまりあれから、一時間程度がたったのだろう。

「ありがとう。――まいったな、寝過ごした。目ざまし時計をかけていたのに」

 功はのっそりと、ソファーから立ち上がる。ドアへ向かって歩いた。

「功さん、待ってください。ドルーアさんはどこですか? 無事なのですか?」

 朝乃はあわててベッドから降りて、功を追いかけた。彼は寝ぼけ眼で振り返る。

「ドルーアは隣の病室だ。軽症だが、一応、入院している」

 ドルーアが大丈夫だと分かって、朝乃はほっとする。

「ここは病院ですか? ホテルのような内装ですが」

 功の発言から、ここは病院だと思うが、朝乃はたずねた。

「あぁ。ここは特別病棟だ。金持ち向けの個室だが、警備が厳重なので、ここに入院している。俺はドルーアの病室へ行って、あいつを起こさないといけない。すぐに戻るから、ここで待っていてくれ」

 功はドアを開けて、病室から出ていった。病院にいるということは、朝乃たちは助かったのだろう。何がどうなって助かったのか分からないが。

 朝乃はしょざいなく、ベッドに戻って腰かける。するとスカートのポケットに、何か入っていることに気づいた。ポケットには、何も入れていなかったのに。ふしぎに思って出してみると、一枚の折りたたまれた紙だ。朝乃は紙を開いた。

 ――俺が助けたことは黙っていろ。朝乃の超能力で切り抜けたことにしろ。この紙は、誰にも見せるな。さっさと燃やせ。裕也

 紙に書かれた文字に、朝乃は目玉が飛び出すくらい驚いた。裕也が朝乃たちを助けたらしい。しかし、どうやって助けたのか? 朝乃が意識を失った後で、弟は現れたのか?

 しかも、朝乃の超能力で切り抜けたことにしろ? 事情が分からないのに、どのようにうそをつけばいいのか。さらに裕也は、紙を使用している。紙は昔はあり余るほどにあったらしいが、今では骨董品のようなものだ。そんな貴重なものを、どうやって手に入れたのか?

 疑問はつきないが、朝乃は紙を再びポケットに入れた。危ないときは助けに行くと、裕也は言っていた。そして約束どおり、朝乃たちを助けた。

(だから私も裕也を信じて、彼の言うとおりにする。何も事情を説明しない弟の指示に従うのは、しゃくだけど)

 とにかく今は、すぐに戻ってくるだろう功を待とう。しかし、なかなか彼は戻ってこない。朝乃は落ちつかない気持ちで、時計を見た。

 六時十五分になり、待つことに耐えられなくなった。普段なら待てるが、今は無理だ。状況を知りたいし、ドルーアの顔を見て安心したい。

 朝乃は病室のドアをそっと開けて、廊下へ出た。右隣にも左隣にも向かいにも、病室のドアがある。どれがドルーアの部屋なのか? 朝乃が困っていると、左隣のドアが開いた。

「ドルーアさん」

 朝乃は喜んで呼びかける。が、出てきたのは、朝乃と同じ年ごろの青年だ。黒髪黒目で、東アジア系の顔だちをしている。上はパーカー、下はジーンズでラフなかっこうだ。声をかけてきた朝乃を、彼はけげんそうに見ている。

「すみません。人ちがいをしました」

 朝乃はとっさに日本語で謝罪する。彼の後ろから、信士が出てきた。信士は縦じまのパジャマを着て、薄い色のサングラスをしている。医療用サングラスだろう。彼は朝乃を見ると、ほっとしたように顔をほころばせた。

「村越さん。やっと目覚めたのだね。よかった」

「田上さん」

 朝乃もほっとする。ドルーアに引き続き、信士も大丈夫なようだ。最初に病室から出てきた青年は、信士の見舞いに来たのだろう。彼は朝乃を、興味深そうに見ている。

「彼は柏木一郎かしわぎ いちろう。この四月から、浮舟市立大学に通っている」

 信士が一郎を紹介した。

「息子の一郎です。はじめまして」

 一郎は頭を下げる。

「はじめまして。村越朝乃と申します」

 朝乃も頭を下げた。ただ内心、首をかしげる。一郎は信士の息子と思うには、年を取りすぎている。それに、名字もちがう。多少の好奇心がわき起こったが、朝乃は無視した。もっと気になることがある。

「田上さんも、けがをしたのですか?」

 朝乃は心配してたずねた。信士はしっかりと自分の足で立っているが、入院患者らしいパジャマ姿だ。

「あぁ。少々、へまをやった」

「ごめんなさい」

 賊の目的は、朝乃だっただろう。信士もジョシュアもドルーアも、巻きこまれただけだ。なのに朝乃はほぼ無傷で、彼らが全員けがをするとは。朝乃は、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。信士はきょとんとした後で、両目を優しく細めた。

「悪いのは君ではない。私たちを襲ったやつらだ。それに君は被害者だ。被害者であり、また子どもである君を責めるような悪癖は、私にはない」

 一郎は感慨深げに、懐かしいやり取りだなとつぶやいた。

「こういうときは、『ありがとうございました』と言う方が信士さんは喜ぶよ」

 彼は朝乃に、柔らかく話しかけた。朝乃は、ますます一郎と信士の関係が分からなくなる。ただ、一郎の言っていることは正しい。

「ありがとうございました」

 朝乃は信士に、頭を下げた。

「どういたしまして」

 彼は、きまじめに返事する。朝乃は、もうひとつの心配ごとをたずねた。

「スミスさんも入院しているのですか?」

 彼は肩を撃たれていた。血がたくさん出ていたのを思い出して、朝乃はぞっとした。

「ジョシュアは手術が終わって、一命を取りとめた。だが、まだ集中治療室にいる。昨日、彼の妻と話したが、かなり取り乱していた」

 信士はつらそうに瞳を伏せる。朝乃もつらくなって黙った。信士から君は悪くないと言われたが、やはり重い現実だった。ふと、話がおかしいことに気づく。信士は、昨日、ジョシュアの妻と会ったとしゃべった。ということは、

「もしかして、すでに一日が過ぎたのですか? 私が管理局へ行ったのは、昨日のことですか?」

 信士はちょっと目を丸くしてから、うなずく。

「今は、六月八日の早朝だ」

 同じ日の午後六時ではなく、次の日の午前六時だったらしい。

「私は、ずっと寝ていたのですね」

 朝乃は驚く。半日ぐらい寝ていたようだ。

「あぁ。麻酔銃の効果もあるが、単純に疲労のためだろうと医師が言っていた」

「信士さん」

 一郎が口をはさんできた。

「俺はいったん家に帰って、また来るから。じゃ、安静にな」

 信士は渋い顔をした。

「病院には戻らずに、大学へ行きなさい。私は、やけどをしただけだ。あれこれ世話を焼く必要はない」

 一郎は信士をにらみつけた。

「さっきも言っただろ。自分の父親が、レーザー銃で撃たれたんだ。当然、看護が最優先。俺は病院に戻ってくる」

 それから、ふっと表情をゆるませる。

「授業のことは心配しなくていいから。友だちにフォローしてもらっている。それじゃあ、今度こそ行くから」

 彼は、左の方に見えているエレベーターへ歩き出す。ところが、数歩もいかないうちに立ち止まった。

「ドルーア・コリントの顔を見たいのだけど」

 ミーハーな顔をして、振り返る。

「実は、俺の友だちが彼の」

 信士はため息をついた。

「彼は役者として、ここにいるわけではない。君は家に帰りなさい」

 すると、うわさをすると影なのか、右隣にある病室のドアが開いて、ドルーアと功が出てきた。

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