9 過保護なパパになっている
ドルーアは怒っていた。ニューヨークは目を丸くする。
「ドルーアが、過保護なパパになっている」
険しい表情のドルーアに、朝乃はほっとした。彼はおそらく、朝乃がデートを断るまで待っていたのだ。もっと早くに、NOと言えばよかった。
「過保護で結構。彼女は僕の天使だ。さらに言っておくが、朝乃の養父は僕より怖いぞ。彼女をデートに誘った瞬間に、君に本物の銃を突きつけてくる」
ドルーアは行儀悪く、フォークの先をニューヨークに向けた。まるで剣のきっさきのように。朝乃の養父とは、功のことだ。常識的な彼が、ニューヨークに銃を向けるとは思えないが。しかし朝乃は黙って、アイスを食べた。甘くておいしい。
ニューヨークは、気味が悪そうにドルーアを見ている。だがすぐに、朝乃に優しくほほ笑みかけた。
「朝乃ちゃん。浮舟に来てから、どこにも遊びに行っていないんじゃないの?」
彼は、朝乃を心配しているように見えた。
「いえ、養父の方と一度、日本人街を観光しました。あと彼は親切で、とてもいい人です」
功の名誉のために、彼はいい人と付け加える。浮舟に来て、まだ一週間もたっていないときのことだ。朝乃は功と、路面電車に乗ってお出かけをした。日本人街の中にある寺を参拝したり、和菓子屋でイチゴ大福を買ったりした。
「そういうのは『遊び』とは言わないよ」
ニューヨークは苦笑する。
「ま、今はいいか。朝乃ちゃんは語学学校へ行って、その後、調理師専門学校の予定だよね?」
唐突に話題が変わった。朝乃は多少、とまどう。
「はい。まだ学校を探している最中ですが」
コース料理の前菜を食べているときの話題がそれだった。おしゃれで色鮮やかなサラダを食べながら、ドルーアがこう言ったのだ。
「朝乃。さっきは『食事のマナーは気にしなくていい』と言ったが、調理師を目指す君にとっていい勉強になるだろう。僕が教えるから、できるだけマナーを守って食べてみよう」
彼は食事の楽しみが損なわれない程度に、朝乃に作法を教えた。朝乃は、来月、超能力者たちのパーティーに出席することもあって、積極的に教わった。ドルーアは、やはり育ちがいいと言うべきか、よいマナー講師だった。
そんなわけで自然と話題は、朝乃の進路のこととなったのだ。朝乃はニューヨークたちに、調理師専門学校に通うつもりだと話した。
「専門学校へ行くつもりだと、一郎には伝えた?」
ニューヨークは朝乃に問いかける。一郎は、ニューヨークの友人のうちのひとりだ。
「この前、一郎の家で俺とドルーアがいないとき、一郎と彼のお父さんと学校について相談したんだろ? あいつは君のことを気にしていたよ。必要なら、無料で家庭教師をするとも言っていた」
ニューヨークは、にこりと笑う。一郎のお父さんとは、信士のことだ。そして一郎は、ボランティアで孤児院の子どもたちに勉強を教えていると話していた。家庭教師は慣れているのだろう。
「ありがとうございます。ただ私は、一郎さんの連絡先を知らないのです」
朝乃は答えた。ニューヨークはささっと、ポケットから小型タブレットコンピュータを取りだす。
「教えるよ。君から直接、連絡した方がいい。あいつはいいやつだし、何かと頼りになる」
「はい」
朝乃は、足もとに置いていたリュックサックから自分のタブレットを出した。ドルーアは、何かを言いたくてたまらない顔をしている。朝乃は、彼の言葉を待った。しかしドルーアは、口をへの字にして話さない。彼はニューヨークの方を向いた。
「ヨーク。一郎君にも、朝乃の養父は筋肉むきむきの、凄腕のスナイパーと伝えるんだ」
不機嫌な声で言う。朝乃はぎょっとした。功がここにいたら、さすがに怒るのではないか。ニューヨークは嫌そうに、顔をしかめた。
「はいはい、伝えておくよ。一郎の父親が忍者で、朝乃ちゃんの父親がスナイパーか。どっちの方が強いのだろう?」
彼は他人事のようにつぶやいた。信士はやっぱり、周囲から忍者と思われている。朝乃とニューヨークは、たがいのタブレットを突き合わせて、メールアドレスを交換する。さらにニューヨークは、朝乃に一郎のアドレスも教えた。
ドルーアは、いらいらとしながらアイスクリームを食べている。だが朝乃には何も言ってこない。ドルーアに気を使ったのか、ニューヨークは話題を変えた。
「ドルーアって、浮舟の高校でバスケをやっていたとき、ファンクラブがあったんだろ?」
ファンクラブ? 朝乃はまじまじとドルーアを見た。彼の眉間のしわは深い。
「あったわけないだろ。四、五人の女友達が、試合の応援に来てくれただけだ」
ドルーアは多分、学生のときから女性にもてたのだろう。ニューヨークは紅茶を飲みながら、上目づかいでドルーアを見た。
「チアリーダーで一番、美人だった女の子と付き合っていたと聞いたけれど?」
ドルーアは弟をじっくりと眺めた後で、ため息をついた。かすかにほほ笑んで、落ちついた調子で話す。
「それは、ただのうわさだ。バスケのチームに入っていたとき、僕は誰とも付き合っていなかった。毎日、練習にあけくれていた。今の君と同じさ」
ニューヨークは、くったくのない笑顔になった。
「ザホヴィッチ選手と同じチームにいたんだよね? 彼とは親しかったの?」
プロになったザホヴィッチ選手の試合は、観に行ったことがある? チームメイトたちは、どんな人たちだった? ニューヨークは次から次へと質問をする。彼はおそらく最初から、兄とバスケについて話したかったのだろう。
朝乃はほんわかとした気持ちになって、会話を聞く。弘とサランも喜んでいるようだった。ドルーアは、かなり真剣にバスケットボールをやっていたらしい。大きな大会でチームが優勝したそうだ。
「チームメイトたちが強かっただけさ。僕はあまり勝利に貢献していない」
彼は謙遜する。だがニューヨークが、ドルーアが準決勝でスリーポイントシュートを決めたときの映像をタブレットで見せてくれた。観客席から撮ったものらしく、ドルーアの姿は小さい。
彼はシュートを入れた後、ガッツポーズをしていた。が、すぐに走って、もう片方のゴール下まで行く。試合は白熱していた。声援が大きい。今の朝乃と同じ年ごろのドルーアは熱血だった。
食事が終わりバスケの話がひと段落してから、朝乃は、浮舟20の一員であった弘に写真をお願いした。弘がひとりで写真に映るのははずかしいと言ったので、ドルーアと弘のツーショットを朝乃が撮る。ふたりは目もとが似ている気がした。
さらにニューヨークが、ドルーアの写真を撮りたいと言う。ドルーアのファンである友人たちに何度も頼まれているそうだ。
「分かった。撮るなら、きちんと撮ってくれ」
ドルーアは面倒そうだった。ところが次の瞬間には背筋を伸ばして、きらきらとした笑顔を作る。ニューヨークは小型カメラを両手で持って、顔を引きつらせた。
「撮りたくない。見栄を張りすぎだろ、ドルーア」
「はやく撮ってくれ。身内の前で、この顔を作るのは大変だから」
笑顔を保ったままで、ドルーアはしゃべる。表情とせりふが一致していない。役者というものは器用なものだ。ニューヨークはうんざりとしながら、写真を撮った。弘とサランも、おもしろがって写真を撮る。彼らに便乗して、朝乃もタブレットで撮った。
思いがけずドルーアの写真が、二枚も手に入った。朝乃はひそかに喜んだ。祖父の隣でのんびりした笑顔の彼と、まばゆいほどの輝きを放つスターな彼。さすがドルーアは写真うつりがいい。
撮影会が終わると、朝乃たちはレストランから出た。大きなリュックを背負ったニューヨークが、朝乃に向かって言う。
「俺でも一郎でもどっちでもいいから、いつでも遠慮なく連絡してきてよ」
彼は「またね」とあいさつして、自転車に乗って大学へ向かった。駐輪場に一台だけ置いてあった自転車は、彼のものだったらしい。弘とサランは、無人タクシーに乗って家に帰る。彼らを見送った後で、朝乃とドルーアは別のタクシーに乗りこんだ。
タクシーが走りだすと、ドルーアは長く息をはいて、背もたれに体を預けた。彼は疲れたのかもしれない。ゲイターが乱入してきて、にせものとはいえ銃を突きつけた。ニューヨークも最初は、けんかごしだった。
「お疲れ様です」
朝乃は、隣に座っているドルーアをねぎらった。いろいろなことがあったが、食事会は成功したと思う。弘とサランは久しぶりに孫のドルーアと会えて、うれしそうだった。ニューヨークとドルーアも、最後は仲よく話していた。
「君に質問があるのだけど」
ドルーアは、うらめしそうに朝乃を見る。
「なんでしょうか?」
どんな質問なのか想像がつかなくて、朝乃は身がまえた。
「この前、信士さんの家にお邪魔したとき、僕はヨークとふたりだけで話していた。そのとき君は、信士さんと一郎君に学校について相談したのかい?」
「はい」
朝乃は肯定した。ドルーアは複雑な表情をしている。
「おととい専門学校に通うと決めたのは、その相談があったから?」




