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8 宇宙展望台には興味がない

「俺はこんなおもちゃに頼らなくても、ドルーアと話せるし、朝乃ちゃんとも仲よくできる」

 ニューヨークはピシャリと言う。ゲイターは無表情で弟を見つめた後、不機嫌そうに部屋から出ていった。すると、今までずっと事態を静観していた、ゲイターの部下のうちのひとりが銃を拾った。ドルーアやゲイターと同じ年ごろで、茶色の髪をしている。

 朝乃はどきっとした。銃を拾うときの彼の顔が優しかったのだ。まるで、子どもが散らかしたおもちゃを片付ける親のようだった。彼は銃を背広の中にしまうと、ドルーアに向かってにこりとほほ笑む。ドルーアは軽く手を上げて、あいさつを返した。

 ふたりの部下は、ゲイターに続いて部屋から立ち去った。ドルーアと茶色の髪の男の予想外に親しげな様子に、ニューヨークは毒気を抜かれていた。彼はドルーアに質問する。

「今の人は、ドルーアの知り合い?」

「知り合いというか、……こうやって顔を合わせることが多いので、たがいに顔と名前を覚えた。どこかでばったり会えば、話もするようになった」

 ドルーアはちょっと困っている。

「彼、――ヘンリク・ノヴァックはゲイターの部下であり、友人でもあるらしい。だからゲイターに『今の発言は礼を失している』と注意するときもあれば、僕に『あなたは今、冷静さを欠いています』と指摘するときもある」

「つまり、ドルーアさんたちの兄弟げんかの仲裁をしてくれているのですか?」

 朝乃が問うと、ドルーアはうっと言葉に詰まった。どうやら朝乃は意図せずに、彼の痛いところをついたらしい。ドルーアは、むすっとしてしまった。

 逆に弘とサランは、楽しそうに笑う。ニューヨークは、ほっとしているように見えた。ドルーアはバツが悪そうだったが、食事がゆるゆると再開される。弘が、あきれたように言った。

「ゲイターのことだから、明日か明後日あたりに、『この前はごめんなさい』というメッセージの入った菓子か果物を贈ってくるだろう」

「そうねぇ。あの子は律儀りちぎだから」

 サランは苦笑する。

「まったく。あとで謝罪するくらいなら、食事会に乱入しなくてもいいのに」

 弘は軽く、ため息をつく。しかし親しみのこもった声だった。弘とサランにとっては、ゲイターもかわいい孫なのだろう。

「エンジェル。君の家にも、おわびの品が届くと思うよ」

 ドルーアが朝乃に言う。朝乃は驚いた。

「そうなのですか?」

「あぁ、『先日は大変、失礼しました』という定型文とともに、花や菓子を贈ってくる。ゲイターは、そういう抜け目のないやつだ」

 ドルーアは嫌そうに話すが、やはり親しみのこもった言い方だった。結局、彼にとっても、ゲイターは大切な弟なのだ。ドルーアはニューヨークの方に目をやる。

「ヨーク。心配しなくても、君と僕のところには何も来ない。もしメッセージが来るとしても、謝罪ではなく文句か苦情かいやみだ」

 ドルーアはワイングラスを口もとに運んだ。ニューヨークは、うんざりする。

「何も来なくていいよ」

 メインの鳥肉料理を食べ終わると、弘がまた卓上のベルをちりんと鳴らした。ほどなくして、コース料理最後のスイーツが運ばれてくる。

 大きな皿に、チョコレートケーキ、キャラメルのかかったバニラのアイスクリーム、パンナ・コッタなどが、かわいらしく盛り付けられている。おいしそうなお菓子たちに、朝乃の気分は上がった。口もとが緩む。

 コーヒーと紅茶も運ばれてくる。どちらがいいか? と聞かれたので、朝乃は紅茶を選んだ。月に来てから、紅茶はたまに飲むようになったのだ。給仕の人たちがすべての仕事を終えて退室すると、向かいの席からニューヨークが笑いかけてきた。

「朝乃ちゃん。地球から浮舟に来て、まだ半月もたっていないのだろ?」

 ゲイターのせいだろう、ニューヨークまで「ちゃん」を付けるようになった。

「はい」

 朝乃は答える。理由は分からないが、ニューヨークは今、友好的な雰囲気だ。朝乃も笑顔を作った。彼はさらに問いかけてくる。

「宇宙展望台には行った? 地球から来た人たちには、人気のあるスポットだけど」

「いいえ。宇宙展望台は、月面から宇宙を見る場所ですよね?」

 月面都市ならではの観光スポットだ。大きな窓から、宇宙を見るらしい。地平線の少し上には青い地球が見えて、とても美しいという。また宇宙服を着て、月面散歩もできるらしい。朝乃は宇宙展望台に興味はあったが、行く機会には恵まれていなかった。

「そうだよ。じゃ、俺が展望台まで連れていく。いつがいい? 俺とデートしよう」

「え?」

 思いもよらない話の流れに、朝乃は口をぽかんと開けた。

「なぜいきなり、朝乃さんをデートに誘うんだ?」

 弘があきれたように口をはさむ。

「ゲイターがむかついたから」

 ニューヨークはふてぶてしく言ってから、チョコレートケーキを一口食べる。朝乃は、紅茶のカップに口をつける。不慣れな味がした。

「俺は、朝乃ちゃんの浮舟での暮らしを応援する。彼女の味方になる」

 ニューヨークはテーブルナプキンで口をふく。次に、にこにこと朝乃に笑いかけた。

「だから、宇宙展望台にも源氏げんじパークにも連れていってあげるよ」

 朝乃は困った。ニューヨークはゲイターへの反発心から、朝乃の浮舟滞在に反対から賛成になったのだろう。だが源氏パークとは何だろう。宇宙展望台のような観光施設なのか。

「お気持ちはうれしいのですが……」

 朝乃は言葉をにごして断ろうとした。展望台には興味があるが、何が何でも行きたいわけではない。さらに場所がどこであれ、朝乃はドルーア以外の人とデートしたくない。

 隣の席のドルーアをちらりと見ると、彼はポーカーフェイスだった。けれどちょっぴり、うれしそうにも見える。ところが意外に、ニューヨークはぐいぐいと来た。

「宇宙展望台には興味がない? なら、源氏パークは?」

 弘とサランは、唐突に始まった孫のナンパに困っている。

「すみません。源氏パークが何なのか、分からないです」

 朝乃は心もち身をひいた。もっとはっきりと、デートは嫌ですと断った方がいいのか? するとニューヨークではなく、ドルーアが教えてくれた。

「浮舟で一番、古い遊園地だよ。とはいっても、古くさいわけではない。新しいアトラクションがたくさんある。浮舟で一番大きくて、一番人が集まるテーマパークさ。ほぼ毎日パレードもやっている」

 彼は懐かしそうにほほ笑む。

「十代や二十代の若者向けの娯楽施設で、僕も学生のとき何度も遊びに行った。楽しかったよ。レストランもおいしかった。光源氏という、古代の剣を持ったマスコットキャラがいた」

 楽しいから行けばいいと、ドルーアは勧めているのか? 朝乃は混乱した。彼が何を考えているのか分からない。まさかニューヨークとデートしてほしいのか? あと古代の剣で戦う光源氏とか、意味が分からない。

 しかし朝乃は、遊園地なんか行けるわけがない。入園料や乗りもの代などでお金がかかるだろう。レストランや売店も割高にちがいない。それに、ドルーア以外の人とデートは嫌だ。

「お気持ちはうれしいのですが」

 朝乃は同じせりふを繰り返して、また断ろうとした。ドルーアが理解できなくて、少し泣きたい気持ちだ。するとニューヨークが何か言うよりはやく、ドルーアが口を開いた。

「ゲイターに腹を立てたからといって、朝乃をデートに誘うな」

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