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うう…。一条さんに会わせる顔がない。
結局、わたしの僻みによる偏見に満ちた思い込みで、凄く真面目で仕事も出来て性格もいい人を一方的に毛嫌いして侮辱して失礼な態度を取り続けていたなんて。
「やったな、多加木。係長も課長もOK出してくれたぞ」
「ハイ…ありがとうございます」
新しいレイアウトの会議資料は、ほぼ提出したままの状態でOKを貰い、わたしは周囲の皆さんからにこにこと温かい微笑みと称賛を受けることになった。
「多加木さん、良かったねぇ」
と、普段話すことがないオジサマからも声をかけられる始末。一条さんが朝から秘書室のお手伝いで不在でなければ、文字通り身の置き場が無かったところだ。本当に良かった。
森藤さんにはきちんとお礼を言ったけれど、この後…うう、どうしよう。
「いいじゃん、由美。そんなに凹まなくても」
昼休憩。会社近くの中華料理屋で、天津飯を頬張りながら佑香は事も無げに言う。
「佑香…。話してなかったけど、わたし本当に最低なことを…」
「気が付いたなら、そのタイミングで行動すればいいだけだと思うんだけどな…。あとはお礼方々、さらっとお詫びすればいいんじゃない? せっかくのチャンスなんだし」
「それが簡単に出来る状況だったら苦労はしないよ~!」
テーブルでジタバタするわたしに、佑香はニヤニヤ笑っている。
「自分でさんざん拗らせてるもんね~。ど? 佐藤先輩との合コンセッティングで手を打とうか?」
「あ、佐藤順也なら彼女と仲直りしたって」
佑香と同じ天津飯セットの、溶き卵入りわかめスープをふうふうしながら口につけたようとしたその時、佑香が二人掛けテーブルの向かい側から乗り出してきて、わたしはビクッとした。
「ええっ? どういうこと?」
「謝り倒して許してもらった、って言ってた」
「ええ~…」
佑香は目に見えてがっかりしている。
「…そんなに凹まなくても」
「嫌ー! なんかムカつくー! さっきまでこっちが慰めていたのに!」
今まで慰めて…くれてたんだ…。
わたしは複雑な気持ちと一緒に、程よく冷めたスープを口に運ぶ。単純なようでいて奥深い、じんわり広がる美味しさはどこか懐かしい。
わたしはふうっ、と満足の溜め息をつき、佑香に微笑んだ。
「ここのスープ、本当に美味しいね。連れてきてくれてありがとう」
「ね? 話した通りでしょ?」
立ち直りが早い佑香は、わたしに倣ってスープを飲む。
「あーあ、佐藤先輩、惜しかったなぁ…」
「わたしのタイプではないけど、佐藤順也は確かにイイ奴でした。彼女のこと大切にしてるし。浮気もしないんじゃないかな。そうだ、佑香こそ一条さんと仲いいんだから合コンセッティングは一条さんに頼んでみたら? あの人なら甲斐甲斐しくお世話してくれそ…」
「由美。紗英さんのモテっぷりを舐めるんじゃないわよ。そんなことしたら引き立て役にしかなれないじゃない」
「別に一条さんと張り合う必要ないでしょ。一条さんには紹介だけお願いしておくとか。佑香可愛いんだし、一条さんが同席してても佑香がタイプって言ってくれる男の人、けっこういると思うんだけどなー」
「秘書室繋がりで集まってくる面子なんてなんとなく生々しいし、平均年齢スゴク高そう」
「まぁ…それはそうかも」
入社一年目にとってハードル高そうなことだけは確かだ。
「でも佐藤順也は取りあえず除外したほうがいいと思う。田中センパイならもしかしたら…」
「由美。いい加減にしなさいよ」
佑香に冷ややかに見据えられて、わたしは凍りついた。
「ス、スミマセン…」
「分かればよろしい」
残りの休憩時間を気にしながら杏仁豆腐とコーヒーまで完食し、わたしと佑香は慌ててオフィスへ駆け戻ることになった。
確かに佑香の言う通りだ。
間違いに気付いたのなら、そのタイミングで巻き返しを図る。
当面わたしがしなければならない事は、お礼を言うべき人にちゃんと言って、謝らなければならない人にちゃんと謝ること。
幼稚園児にも分かるようなシンプルなこの二つ。
昼一番に一条さんが居ないのは想定内だから、この時間帯に話しかけるべき人は。
「田中さん」
「何? 多加木さん」
「あの…えっと」
「もしかして告白?」
「ちっ違いますっ!」
「うわー、即答。地味に傷つくなぁ」
「あっ…すいません」
「改めて謝られるのも傷つくよね」
…あれ?
「もしかして何か…怒ってます?」
「そんなことないよ。たとえ多加木さんが僕以外の人達の協力を仰いで仕事を進めたとしても、早朝にチーフとだけ仲良く雑談してても、昼休憩になるやいなや会社を飛び出して僕には目もくれなくてもね…」
うわー。何か面倒臭いことになってる。
「で、何だろうね? 僕で役に立てることかな?」
「レイアウトの仕事の件は、たまたまと言うか話のついでから始まったことだったので、田中さんだけ避けてた訳じゃないんです。今朝だって、満員電車を避けるために早く出社しただけですから。佐藤チーフがあんなに早く出社してるなんて知らなかったし、昼は同期と約束があったので…」
「同期って、小林さん?」
「はい、そうです」
さすが佑香。社内の男性にきちんと覚えられてるなぁ。
「仲いいよね、彼女と」
「いいコですよ。合コン要員に誘ってさえこなければ」
そう言うと田中センパイは急にその話題に食らいついてきた。
「多加木さん、合コンに行くの?」
「いいえ。わたしはお酒に弱いから、知らない人との飲み会には行きませんが…。田中さんは行かないんですか?」
「僕はそういうのはちょっと…。て言うか、行くと思われてるんだね」
「会社の飲み会には必ず参加されてるので、意外です」
「飲み会自体は好きなんだけどね…」
そう言って田中センパイはふと視線を逸らした。
?
「…佑香に頼んでみましょうか?」
「どうしてそーなるかなー?」
「実は誘って欲しいのかと思って」
なぜか田中センパイは肩を落とす。
「そういう変なところには気が回るよね。多加木さん、もしかして本当は意地悪なの?」
なんなんだろう、この絡まれようは。
「え? 冗談でも酷いです。今日だって、田中さんにお礼をしなきゃと思って、いつもより早い電車に乗ったのに…」
「えっ」
心なしか田中センパイの表情がパッと輝いた。
「お礼ってもしかして…」
「ホールがいいってリクエストだったから、わざわざ丸い型にしたのに…。嵩張るから、運ぶの大変だったのに…」
「本当に? わざわざ? やった!」
わたしの膨れっ面をものともせず、田中センパイは大喜びしている。
…そんなに食べたかったのね。




