96話─忍び寄る因縁:邂逅
「そろそろその汚い口をつぐんでもらおうかな。お前が何者で、ユウくんを何故憎むのかは知らない。でもね、彼はそんな罵声を浴びせられるような子じゃあない!」
そう叫び、ミサキは眼前の敵へと踏み込み刀を振るう。応援を呼ぶという選択肢すら完全に頭から吹っ飛び、ただひたすら攻める。
そんな彼女の脳裏に溢れてくるのは、これまでの戦いの日々、そしてユウと過ごした日常の記憶。
『……と、まあこんな冒険の果てに私は呪われた竜を撃ち倒したのさ』
『わあ……! ミサキさんは凄いですね、ドラゴンをやっつけちゃうなんて!』
『フッ、ユウくんもいつか出来るさ。君は英雄の卵、いつの日か殻を破って大成する時が来るよ』
『そうだといいですねぇ。ふふ』
(そうだ、彼は違う。あんな心ない言葉を浴びせられるような子じゃないんだ。ユウくんは……)
今度はミサキが優勢になり、魔夜を後退させていく。巧みな薙刀捌きで攻撃を防ぐも、そこから反撃に回るまでは至らない。そんな相手に、休むことなく猛攻を仕掛ける。
『よかった、今日も被害が出る前にリンカーナイツの連中をやっつけられました』
『ああ、実に喜ばしい。被害が出てからでは遅い、未然に防ぐのが私たちパラディオンの役目だからね。でも、ユウくん? 最近頑張り過ぎだよ、あまり根を詰めると疲れが残って危ないと思うけど』
『あはは、確かにそれはそうなんですけどもね……。でも、いてもたってもいられないんです。どこかでボクたちの助けを待つ人たちがいるなら、一秒でも早く駆け付けて助ける。それが……ボクの目指す、英雄のあり方ですから』
『……そうか。君のその優しさ、とても素晴らしい資質だよ。私は君のそういうところに敬意を抱いてる。誰にでも出来ることじゃないよ、その献身は』
(ユウくんは……誰よりも努力してる。誰かを救いたいという願いを現実にするために。英雄として相応しい、勇気と慈愛を兼ね備えている。そんな彼の……!)
「ユウくんの! 何を知っているんだ! どの口がほざく! 彼の」
「知っているわ。だって、私は……本当に腹立たしい、認めたくないことだけど。前世であのゴミを産んでやった存在なんだもの」
「……は? つまり、お前はユウくんの……うぐっ!?」
第三者には見せない、ユウが裏で積み重ねてきた努力と想いを知っているからこそ。ミサキは吼える。リンカーナイツの刺客に過ぎないお前が、ユウを侮辱するなと。
そんなミサキに、般若の面の奥で苦虫を噛み潰したような顔をしながら魔夜は告げる。自分こそが、前世でユウを産んだ母その人なのだと。
信じられない言葉に、ミサキは一瞬呆けてしまう。その隙を突き、魔夜は狙いを定めて薙刀を突き出す。心臓を狙って放たれたが、間一髪ミサキが重心を移動させ致命傷を避けた。
「バカね、隙だらけだったわよ。雑魚のクセにあんな廃棄物とつるんでるから、余計腕が落ちてるのね。可哀想に、あのクズは疫病神だから」
「ちが、う……! 彼は、疫病神なんかじゃない! 私たちが共に戦う時、ユウくんはいつだって私たちに力を! 強敵に立ち向かう勇気を! 折れない心を与えてくれた!」
「フゥン、すっかり絆されたってわけ? 本当に救いようがないわね、え? どんな美しい花も汚水に浸かったらただのゴミ。あんなのと馴れ合うような奴……フン、くだらない」
「黙れ……! もしお前が本当にユウくんの母親なんだとしたら。その物言いはなんだ? どうしてそこまでお前は……」
魔夜はミサキに罵声を浴びせながら薙刀を押し込み、息の根を止めようとする。対するミサキは、片手で薙刀の柄を掴んで相手を押しとどめる。
腹の底から湧き上がる無限の怒りに突き動かされ、彼女は柄を握る手に力を込める。そして、渾身の力を込めて……薙刀をへし折ってみせた。
「──彼を侮辱出来るんだ!」
「! へえ、私の薙刀を。前言撤回、あんたは雑魚じゃないわね。ちょっとだけ技量とパワーのある雑魚だわ」
「く、こんな……もの! う、はあっ!」
武器をへし折ったとはいえ、柄も十分尖っており武器として使える。追撃を避けるべくバックステップし、ミサキは胸に突き刺さる薙刀を引っこ抜く。
【1・8・2・4:ヒーリングメイル】
「はあ、はあ……。危なかった、もう少しでやられるところだった……。私もまだまだ、未熟だな」
「チッ、傷を癒やせるなんて聞いてないんだけど。ま、いいわ。あの女から貰ったチートとやらでさっさと終わらせましょ」
マジンフォンを取り出し、基本機能の一つである治癒の力を用いて傷を回復させるミサキ。傷は癒えたが、消耗した体力までは即座に戻らない。
ここからはクールダウンし、冷静に戦いを優位に運ばねばならない。そう意識を切り替えるミサキだったが……。
「それじゃ、サクッと滅べ」
「……? 武器を捨て……しまった!」
「バカね、こんな子供だましに引っ掛かるなんて。食らいなさい、禁忌の秘技……【薄れ消え果てよ、魂】」
摩耶が修復魔法を使い、復活させた薙刀を天高く放り投げたのをつい目で追ってしまった。普通なら、まずあり得ない行動。
解しがたい行為の意図を探ろうとしてしまったがゆえに出来た、僅かながらも致命的な隙。それを逃すことなく、魔夜はミサキに走り寄る。
そして、その手を伸ばし……何かを抉るように振るい、ミサキの胸に触れたその瞬間。
「ぐうっ!? なん、だ、これは……! 力が……命の灯火が、消え……くっ!」
「ッチ! 一撃で仕留めるだったのに、本当に……皮一枚でかわすのが上手いわね。でも、ほんの僅かにでも触れたらもうおしまい。お前の魂は、私のチートによって削り取られた」
「たま、しいを……?」
ミサキの身体を凄まじい苦痛と脱力感が襲い、立っていられないほどの目眩を覚える。それでも、ほんの少し後退したことで取り返しのつかない事態は避けられた。
「そうよ。私が与えられたのは、魂を削り取り相手を消滅させる力。どう? とても苦しいでしょう? ほんの少し……二割程度削られただけで凄まじい苦痛を味わうのよ」
「ぐ、まずい……。魂を消し去られたら、蘇生の炎ですら生き返れない……」
刀を支えに、どうにか立つミサキ。だが、生まれたての子馬のように脚が震え呼吸も苦しくなっていく。魂を共に命を削られ、危うい状態に追い込まれてしまっていた。
「さあ、そろそろ終わらせてあげる。さっさとお前を……?」
『ミサキさーん! ボクも一緒に稽古……!? 誰です、お前は! ミサキさんに何をした!』
「ユウ! 来ちゃダメだ、この女は……」
「うるさいわね、もう黙りなさい! オラッ!」
「う、ぐあっ!」
『ミサキさん!』
ミサキの稽古に加わろうと、ユウがやって来た。あまりにも最悪で、魔夜にとって……絶好の好機となるタイミングで。満身創痍のミサキと、彼女の前に立つ女武者を見てユウは即座に銃を抜く。
ミサキが警告しようとするも、一歩遅かった。魔夜は落下してきた薙刀をキャッチし、ミサキに向かって投げ付ける。再び胸を貫かれ、ミサキは崩れ落ちた。
『お前、よくも! チェンジ!』
【メディックモード】
『せいやあっ!』
「! 翔んだ!?」
『ミサキさん、今助けます! ヒーリングマグナム!』
仲間が倒れたのを見たユウの行動は迅速だった。素早くメディックマガジンを装填し、魔夜を跳躍して飛び越え……そのままミサキへと治癒の弾丸を撃ち込む。
『よし、これで……うわっと!』
「このまま逃がすとでも? 残念だったわね、生ゴミ。ここで逃げられたら、わざわざお前を苦しめて殺すために転生してきた意味がない」
『!? う、ウソだ……。そのイントネーション、まさか……ありえない、ありえない! だって、そんな、そんな……』
「あり得ない? 何があり得ないと言うのかしらねぇ? お前の虫ケラ以下の脳みそは忘れてしまったようね。この世にあり得ないものはたった一つ。お前を救う希望だけだと。ねえ? ──ユウ」
ミサキを抱え、治療のためニムテに戻ろうとするユウ。そんな彼に、魔法で遠隔操作する薙刀を飛ばして妨害する魔夜。彼女の話し方に、ユウは気付く。気付いてしまう。
今目の前にいるのが、もう二度と出会うはずのない……忌まわしい前世の存在であることを。怯えるユウを心底楽しそうに見ながら、魔夜は般若の面を外し……トドメを刺すかの如く、素顔を見せ付ける。
『う、う……うわあああああああああ!!』
「さあ、無様に糞便やらをブチ撒けなさい。泣き喚いて、怯え狂い叫びながら。──私の全てをブチ壊した罪を贖え。出来損ないの肉の塊が!」
数歩後ずさりながら、ユウは絶叫する。そんな彼を見据え……魔夜は吼える。決してあってはならない、禁断の邂逅が。今、成ってしまった。




