95話─忍び寄る因縁:予兆
それぞれの里帰りが終わり、数日が経ったある日の夜。眠りに着いたはずのユウは、気が付くと荘厳な神殿の大広間にいた。
『あれ? ここは……』
「やあ、ユウくん。こうして顔を合わせるのは初めてだね。私はバリアス、ファルダ神族を束ねる者だ。君の父君とは仲良くさせてもらっているよ」
『あなたがバリアスさんですか。転生したばっかりのボクの魂を落っことしちゃったおまぬけさんだって、パパが言ってましたよ』
「……そのことは今も反省している。君には済まないことをした、本当に申し訳ない」
『いえ、気にしてませんよ。ちょっとからかってみただけです。ところで、ボクに何のご用ですか?』
「うむ、実はだな……」
精神のみを神の住まう地に招かれ、ユウは創世六神の一角と対面を果たす。ユウに必要以上に関わるなとリオから釘を刺されているため、本来ならこうして呼ぶことはない。
だが、ユウの身に迫る危機とその対抗策については本人に伝えなければならない。あらかじめリオに許可を取り、こうして少年を呼び寄せたのだ。
「……というわけだ。我々としても、君を守り抜きあの日の贖罪を果たしたい。そのために用意した助っ人と、無事合流してもらいたいのだ」
『このままだとボクが死ぬ……それも、魂の消滅を迎える……ですか。ただ事ではありませんね、それは』
「ああ。故に、定められた未来を変えるための措置を取った。アストラルKと呼ばれる者に出会ったら、戦うのではなく手を取れ。かの者にはすでに、こちらの策で味方になるよう働きかけてある」
『アストラルを、ですか……。分かりました、目が覚めたらシャロさんたちにも伝えておきます』
「そうだ。憑依させた者の名はケンゾウ・カトウ。君たちと同じ、テラ=アゾスタルの存在だ」
神々が憲三を送り込むにあたり、取った手段は驚くべきものだった。稼働済みのアストラルに憲三の魂を送り込み、ブレインを上書きして乗っ取ってしまおうというのだ。
『ふむふむ、覚えておきます』
「そうしておいてほしい。ああ、それともう一つ。近々、リオから君に招集がかかることになる。双子大地を覚えているかな?」
『もちろんですよ、ウィンゼルさんたちにはお世話になりましたから。……まさか、何か問題が?』
「そのまさかだ。インフィニティ・マキーナ記念ミュージアムを何者かが襲い、展示されていた天と地のダイナモドライバーが盗まれたと報告があった」
『そんなことがあったんですか!?』
「そうだ、報告を受けたリオは今までにないくらい怒っている。親友の遺物を奪うなど、到底許せることではないだろうからな」
続いてバリアスから語られたのは、予想外の緊急事態についてだった。あり得ない事態の発生に、ユウは驚き固まってしまう。
盗まれた装具の持ち主であるフィルとアンネローゼは、ユウにとって恩人。事態解決の助力を請われれば、いつでも参じることを決める。
『ボクだって許せませんよ、そんなこと。パパから話が来たらすぐ飛び付きます! ダイナモドライバーを盗んだ奴らを見つけて魂を消し去ってやりますよ、ええ!』
「頼もしいが、マジンフォンの力は出来る限り異邦人以外には使わないように。ムーテューラの仕事が増え……いや、その方が奴のためになるか」
『ムーテューラさん……パパからよく名前を聞きます。いつもはぐーたらでちゃらんぽらんだけど、義理堅くていざという時は頼りになるって』
「まあ、リオからすればそう……っと、これ以上の長話は君の睡眠によくない。さあ、眠るがいい。大いなる魂の輝きを持つ子よ、君に幸あらんことを願っている」
バリアスとの話を終え、ユウの意識が薄らいでいく。再び眠りに落ち、安らかな時間を過ごす。ここから先、長きに渡って苦しみの日々が始まるとも知らずに。
◇─────────────────────◇
翌日、起床したユウは朝食の席でシャーロットたちにバリアスと話したことを伝える。知らぬ間にユウの身に危機が迫っていると知り、乙女たちは過保護モードに突入する。
「そんな話を聞いて黙ってられないわ! すぐにアルソブラ城に避難しましょう、あそこなら絶対安全よ!」
「イエイエ、それよりキュリア=サンクタラムから応援を呼ぶデス! 魔神軍団で【ピー】を排除するデスマス!」
「フッ、それならいっそリオ様を呼ぶのはどうだい? 愛する息子のためなら、全ての障害を消し飛ばしてくれるだろう」
「んな悠長なこと言ってられっか! いっそアタシがぶっ飛ばしに」
『わー! わー!? 落ち着いてください、何もそこまでする必要ありませんよ!? ちゃんと神様が対策してくれてますから! ね! ね!?』
ほぼ全員がユウとの関係が変わりつつあるがゆえに、皆少年を守ろうと必死になっていた。不吉な未来が訪れぬよう、全力で回避せんとしているのだ。
ユウはそんなシャーロットたちを止めつつも、内心嫌な予感を覚えていた。心臓が早鐘を打ち、本能が警告を発しているのを感じ取っていた。
(何故でしょう、昨晩バリアス様の話を聞いてからこんなにも背筋が寒い……。一体、何が起こるんでしょうか)
「……まあ、確かにヒートアップし過ぎたね。これじゃあ行けない、ちょっと野稽古に行ってくるよ。昼までには戻る、何かあったらマジンフォンで連絡して」
「ん、分かったわ。ミサキが戻るまでユウくんはシッカリ私たちが守っておくわね」
どうにか沈静化し、ユウ保護計画は白紙に戻った。落ち着きを取り戻したミサキは、日課の稽古をするためアパートを出る。そうして、いつも訓練に使っているお気に入りの草原にやって来た。
「うん、今日もいい天気だ。稽古をするのには絶好の日和だね。さ、今日も頑張ろう!」
そう口にした後、持ってきた鍛錬用の模造刀で素振りを始めるミサキ。いつもと変わらない、なんてことない日常が過ぎていく……はずだった。
「へえ、お前ね。あの生ゴミの仲間っていうのは。フゥン、貧相な風体。こんなのが凄腕の剣士だなんて笑わせてくれるわ」
「……君は誰かな。初対面、だよね? 随分とまあこき下ろしてくれるものだ。それに、生ゴミって……誰のことかな?」
「しらばっくれるんじゃないわよ。私が生ゴミって言ったら一人しかいない。産業廃棄物よりも価値の無いユウ。あいつだけよ」
「……許せないな。私はともかく、ユウくんの名誉を傷付けるのはね。そこに直るがいい、君が何者だろうと関係ない。我が腕に宿る白き呪炎で焼き尽くしてあげよう!」
素振りを始めて少し経った頃、ミサキの元に一人の女が現れる。真っ赤な和の甲冑を身に付け、般若の仮面を装備した女……転生を果たした北条魔夜が。
対面してからいきなり自身とユウを侮辱されたミサキは、模造刀を投げ捨て愛刀を呼び出す。ユウをコケにされて黙っていられるほど、彼女は大人ではない。
それに何より、ミサキの勘が告げていた。この女をここで仕留めなければ、ユウの身に途轍もない危機が訪れるだろう、と。
「威勢だけは一人前ね。ちょうどいいわ、あの女に貰った力を試させてもらうわよ」
「すぐ返り討ちさ。ユウくんを侮辱したことを後悔させてあげよう! 九頭龍剣技、壱ノ型! 菊一文字斬り!」
「フン、遅いわね。遅すぎてあくびが出るわよ、そんなヘナチョコな技」
「なっ……!?」
刀を抜き放ち、必殺の斬撃を放つミサキ。だが、魔夜が召喚した薙刀に受け止められ攻撃が不発になってしまう。短い攻防で、ミサキは悟る。相手は強い、と。
(この女……相当な手練れだ。私一人で勝てるかどうか……。シャーロットたちを呼びたいところだけど、問題は……)
「次はこっちの番よ。あの汚らわしいクソガキを殺す前のウォーミングアップをさせてもらう!」
(その隙があるかどうか、だね。それと……今すぐこいつを殺したい衝動を抑え込めるか、だ)
魔夜は薙刀を振るい、猛攻を繰り出す。それを防ぎながら、ミサキは怒りが滾るのを感じていた。前世から来たる悪しき因縁の物語が今……幕を開けた。
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