92話─ツイン・リィンカネーション
「バリアス様、キャッチ出来ました! 捕獲した魂をこちらに引き寄せます!」
「よくやってくれた、慎重に護魂の間に運び込め。敵の真似をせねばならないのはシャクだが、そうも言っていられないからな……」
魔夜によって憲三は命を落とし、その生を終えたはずだった。そんな彼の元に、見知らぬ者たちの声が届く。ゆっくりとまぶたを開くと、そこには……。
「やあ、目が覚めたようだね。どうかな、気分は」
『……あんたさん、ナニモンですかい? あっしは死んだはず……。するってぇとここは、あの世ってわけですかねぇ』
「いいや、ここはあの世ではない。君たちテラ=アゾスタル人が言うところの異世界……そして私は、その世界を統べる神だ」
荘厳な神殿の広い部屋と、見知らぬ青年がいた。青年……時空神バリアスは、魂だけの状態になった憲三に説明を行う。何故彼を自分たちの元に呼び寄せたのかを。
『へえ、神さんですかい。なるほど、閻魔さんに代わってあっしが地獄に落ちるって伝えに来たわけですかい』
「いや、君にはまだ死んでもらうわけにはいかない。ケンゾウ・カトウ。私は君の前世、その全てを見た。その上で問おう。第二の人生で悔恨を晴らし、前世の罪を贖うつもりはないか?」
『……どういうこってすかい。詳しく聞かせてくださいや』
「君は北条ユウという少年を知っているだろう? 彼もまた、転生してこの世界で第二の人生を」
『!? いるんですかい、坊ちゃんが! そいつは本当なんでやすか、ええ!?』
「ああ、証拠を見せよう。この世界で彼が何を成しているか、その目で見るといい」
ユウの名が出た瞬間、憲三は目の色を変えて飛び付く。バリアスが呼び寄せた魔法の姿見に、リオと出会ってから今日までのユウの勇姿が映し出される。
パラディオンになるための旅立ち、仲間との出会い、修行を経ての魔神への覚醒。そして、リンカーナイツに与する強敵たちとの戦いと輝かしい勝利。
その全てを見て、憲三は知った。かつて無力な自分が守れなかった少年が、多くの仲間に囲まれ幸せに暮らしていることを。
『坊ちゃん……。よかった、本当によかった……こんなにも、幸せそうで……。ん? ならあっしは別にいらないんじゃあ』
「ところが、そうもいかない事情がある。つい先日、ユウの行く末がどうなるかを確認すべく未来視をしたのだが……」
『だが……なんですかい』
「……何度未来を見ても、今から三ヶ月先の未来を見ることが出来なかった。つまり、未来を変える『何か』が起きなければ、彼は命を落とす。それも、二度とよみがえることの出来ぬ方法でな」
『んなっ……!?』
前世で得られなかったユウの幸せな日々を見て、感極まり……その直後、我に返り自分を転生させる必要はないだろうと正論を述べる憲三。
そんな彼に、バリアスは衝撃的な言葉をかける。驚愕する憲三に、神は告げる。その運命を覆すことが出来るのは、前世で多少なりともユウと繋がりのある彼だけなのだと。
「未来を見るなかで、私は一つ気になるものを見つけた。禍々しい彗星のようなものが、ユウのいる大地へ落ちるのを。……恐らく、ユウを抹殺せしめる『何か』がかの大地に降り立つことの比喩だと、私は睨んでいる」
『ははあ、そういうこってすかい。その何かから坊ちゃんを守り、死の運命を変える。それがあっしの役割ってぇわけだ』
「呑み込みが早くて助かる。そうだ、君にはユウを救ってほしい。我々では決して得ることが出来ない、前世での繋がりを持つ君に。もし彼を救うことが出来たなら、望むがままの褒美を」
『褒美? ハッ、望みなんざ一つでさぁ。あっしは坊ちゃんがいつまでもずっと、幸せに生きててくれりゃあそれが最高の望みさね。他にぁなんもいらねえよ。坊ちゃんを守れるんならまた死んでもいいくらいでさぁ』
バリアスの言葉を再度遮り、憲三は力強く答える。今、彼の忠義は魔夜にはない。彼の心が向かう先は、ユウただ一人。かつて救えなかった子を、今度こそ救う。
そのためならば、再び得た命を躊躇なく投げ捨てることも辞さない覚悟を固めていた。そんな憲三に頷き、バリアスは感謝の言葉を述べる。
「協力に感謝する。ユウと仲間たちには、あらかじめ私から説明をしておこう。行き違いや勘違いで敵対するような事態、ごめん被るからね」
『そいつは同感でさぁ。しっかし……坊ちゃんを抹殺出来る何か、ね。……いや、まさか』
「何か心当たりがあるのか? もしそうなら教えてほしい、ユウを救うために活かせるかもしれない」
ユウに贖罪がしたかった。それが唯一の心残りである憲三が断る理由などなく。協力体制が確立出来たところで、憲三は思考を巡らせる。
そうして、一つの可能性に思い至る。ユウを不可逆の死に至らせうる、最悪の存在。あり得るはずのない、だがあり得るかもしれない矛盾の果ての答え。それは……。
『……北条魔夜。坊ちゃんの前世での母親でさぁ』
◇─────────────────────◇
憲三の魂が遙か遠い神々の世界に誘われている間に、地球では半年の時が過ぎていた。半年が経過するなかで、魔夜の立場は確実に……もう取り返しのつかないところまで悪化していた。
「城の防備を固めなさい! 警官隊、いや自衛隊の部隊が突撃してきても返り討ちに出来るくらいにね!」
「ヘイッ!」
憲三がツテのあるマスコミ関係者に託した、魔夜の悪事の証拠データ入りのUSBによって彼女の栄華は終わりを迎えた。手下の反社会勢力を用いた、対抗勢力の要人や気に入らない人物の暗殺。
法に違反する悪辣極まりない敵対的買収による競合企業の乗っ取り。そして、我が子であるユウへの凄惨な虐待からの殺害。その全てを白日の元に晒され、無事で済むわけがない。
「クソッ、クソックソッ! どいつもこいつも使えない、みんな私の足を引っ張ってばかり! 完璧なのよ……私は! なのになんでこうなるわけ!?」
半年前、悪事の隠蔽が不可能と判明した瞬間から魔夜は自身のオフィス兼住居たる城から出ることはなくなった。警察に逮捕されるなどという屈辱を味わいたくないという、身勝手過ぎる理由で。
警察もマスコミも国民も、そんな彼女を許す者はいない。半年の間、北条傘下の反社会組織の妨害を掻い潜り警察本部は魔夜の逮捕に向け動いていた。
そうして、大規模な戦闘をも辞さぬ覚悟で警察と北条コンツェルンの攻防が始まり……一週間近い戦いを経て、ついに北条魔夜は御用となったのだ。
「……嘘よ。嘘よ、この私がこんな、こんな結末を迎えるなんて……」
裁判の結果、ユウの虐待死を始め多くの悪事を働いき、大勢の命を奪ったことで彼女は死刑判決を下された。そうして、独房で彼女は一人茫然自失となっていた。
「あり得ない、こんなことがあってはならないのよ。そう、これは悪い夢。悪い夢なんだから……覚まさなきゃ。帰らなきゃ、現実に」
「残念だがそんな現実はない。出ろ、お前の死刑執行が決まった」
「!? いや、嫌よ! 私はまだ死ねない、やらなきゃいけないことがたくさんあるんだから!」
そんな彼女が刑務所に収監されてから死刑執行されるまで、なんと一ヶ月もかからなかった。即刻処刑すべし、という世論に法務大臣が乗ったことによる極めて珍しいスピード執行だった。
「むぐ、むううう~!!」
「これより、死刑を執行する! 始め!」
「ハッ!」
「む、ぐ……ぐがあっ!」
刑務官に取り押さえられ、絞首台に登らされた魔夜は悪徳に満ちた人生の終わりを迎えた。これで、全てが終わる。……そのはずだった。
『ククク……わらわは待っていたぞ。貴様が死を迎える時を。さあ、第二の生を与えてやろう。わらわから魔魂片を奪った、憎き小童を始末するために。貴様を使わせてもらおう。ホーホホホホホ!!!』
今、ユウにとって最凶最悪の敵が……クァン=ネイドラに降臨する。邪悪なる渡りの六魔星の手によって。




