91話─遙か遠い地球にて
今回、残酷な描写があります。ご注意ください。
「ユウさん、ありがとうございます。みんなのかたきをうってくれて」
『これで、ベルメザや悟の手で命を落とした人たちも安らかに眠れるはずですよ。……ボクはそう信じています』
ベルメザとの決戦を制した翌日、ユウたちは吉報をクリート王子たちに伝えた。生き残った人々はみな喜びの涙を流し、脅威を排除してくれたユウたちに礼を述べる。
一人、また一人とガンドラズルを離れ帰国する王国の民たち。彼らはもう一度、祖国を立て直すのだ。たった一人生き残った、幼い王の元で。
「この度は、本当にありがとうございます。生き残ったルケイアネス王国の民……そして、我ら氷狼騎士団の隊長として。この感謝、永遠に忘れません」
「へへ、気にすんなって。でも、謝意があるってーんなら相応のモノをっておあああああああ!?!?!!?!」
「このおバカ! 今いいシーンなんだから俗な茶々入れないの!」
クリートらが祖国に帰ってから十日後。様子を見に来たユウたちは、再建中のサーズダイルで歓待を受ける。その最中、空気を読まないチェルシーの足がシャーロットに思いっきり踏ん付けられた。
「やれやれ、相変わらず騒がしいことだ。ま、これが私たち流……ってことかな」
『あ、あはは……』
「ユウさん。ぼく、やくそくします。いつかこのくにをたてなおしたら、つよくてりっぱなおうさまになります。もうにどと、みんながかなしまなくていいように。みんなをまもれるおうさまになる!」
『殿下……いえ、もう陛下でしたね。困った時はいつでもボクたちを呼んでください。陛下が強い王様になれるようにお手伝いしますから』
「うん! ありがとう、ユウさん。こんどね、まちのひろばにでっかいどうぞうたてるよ! ユウさんとなかまたちのやつ! たのしみにしててね!」
『え、ええ。そうします……』
後ろの方でぎゃあぎゃあやりはじめたシャーロットら乙女ズを尻尾で押し出しつつ、そんなやり取りをするユウとクリート。一つの苦難は終わり、小さな王は新たな道を歩みはじめた。
それを見守るユウだが、彼はこの時まだ知らなかった。もう二度と巡り会うはずのない忌むべき存在が、邪悪なる星の導きによって……クァン=ネイドラに降臨しようとしていることを。
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『続いてのニュースを……失礼します、速報です! つい先ほど、北条コンツェルンの総帥である北条魔夜氏が逮捕されたと情報が入りました! 詳しくはさらなる情報が入り次第、追ってお伝えし……』
20XX年、地球……日本。年の瀬が迫ったある日、日本を揺るがすビッグニュースが全国を駆け巡った。日本最大の大財閥を統べる人物にして、かつてのユウの母。
北条魔夜が我が子の虐待と死、その隠蔽のために引き起こした数多の不審死事件の黒幕として逮捕されたのだ。それも、ただ逮捕されたのではない。
財閥を裏から支えてきた反社会的勢力を用いた、警察との全面戦争での敗北を経ての劇的な逮捕だ。何故そうなったのか、時は半年近く前に巻き戻る。
「……もう一度聞くわ。ユウの戸籍情報やらの存在した証拠の隠滅が不可能。そう言ったのかしら? 佐々木課長」
『も、申し訳ございません魔夜様! わ、私のような一介の市役所員では、流石にそんなたいそれたことは……』
神奈川県小田原市にある、北条財閥の本社……新小田原城。かつて関東一円を支配した戦国武将、北条一門の末裔である魔夜は城内の個人オフィスで電話をしていた。
相手は、小田原市役所の課長。一週間ほど前に我が子……ユウをゴルフクラブで滅多打ちにして殺害した彼女は、その死……否、ユウの存在そのものの抹消に乗り出していた。
「あら、あらあらあら。佐々木さん? あなたが今の地位に就けたのは誰のおかげなのか忘れてしまったようねぇ」
『い、いえ! とんでもありません、魔夜様への恩は片時も忘れ』
「もういいわ、一足先に家族をあの世に送っておくから。後でゆっくりお前も死ね、私の意に添えない者はこの世に不要よ」
『ま、待ってください! もう一度チャンスを』
相手の懇願を無視し、スマホの通話を打ち切る魔夜。茶色に染めた長い髪を揺らしながら、ゆっくりとオフィス用チェアから立ち上がる。
どこか狂気を帯びた、異様なまでに鋭い光を宿す瞳。異常なまでの気の強さをこれでもかと見せ付ける、鋭く吊り上がった眉と唇。それらを歪ませ、魔夜は叫ぶ。
「あああああもう!! どいつもこいつも! 本当に使えないわね! 戸籍の抹消くらい指先一つでやれないなんて、あんな男昇進させるんじゃなかったわ!」
魔夜はスマホを床に叩き付け、何度も踏み付ける。ハイヒールが折れようと、構うことなく……原型を留めなくなるまで。アスリート並みに鍛え上げた脚は頑強で、どれだけ踏んでも脚を痛めることはない。
文武共に完璧であれ。その教育方針に従って生きてきた魔夜は、自衛官四人が同時に襲ってきても返り討ちに出来るレベルの武術の腕と身体能力を持っているのだ。
「失礼します、総帥。今大丈夫ですか?」
「ハア、ハア……何かしら? 今私は機嫌が悪いのだけど」
「ご安心ください、吉報を持ってきました。例の『生ゴミ』の出産に関わった主治医を逃がした裏切り者を捕まえましてございます」
大荒れな魔夜の元に、サングラスをかけた黒服の男が現れる。彼は単なるボディーガードではない。古くから北条家と繋がりがあるヤクザの一門に属する者だ。
「あら、それは吉報ね。助かったわあ、あの女がチクりでもしたらすぐバレるもの、あのゴミの存在が外に。他の病院関係者は皆闇に葬れたのに、一人だけ取り逃がしたのが気に入らなかったのよ」
「寺門組の若頭がねえ……私らも驚きでした。仁義に厚いやっこさんが総帥を裏切るとは」
「もういいわ、捕まえたんだもの。主治医の方は?」
「ヘイ、すでにバラして海の底です。手引きした方はルーム143でまだ生かしてあります。総帥が直々に始末したいでしょうから」
「ええ、裏切り者はこの手で始末しないと気が済まないわ。あの生ゴミをそうしたように惨たらしく殺さないとね。裏切り者……加藤憲三を」
黒服と話した後、摩耶は椅子を立ち上がる。部屋を出てエレベーターに乗り込み、地下にある秘密の施設に向かう。そこは、裏切り者を処刑するためのエリア。通称『屠殺場』。
魔夜の怒りを買い、そこに送られて生きて帰ってきた者はいない。ユウもまた、その施設の片隅で生き……あまりにも身勝手な理由で殺され、その生涯を終えたのだ。
「はあ、めんどくさい……どいつもこいつも私の手を煩わせてばかり。さっさとあの生ゴミの痕跡を抹消しないと、北条家の栄華に陰りが出かねないわ……」
エレベーターを降りた魔夜は、ブツブツと呟きながら廊下を進む。廊下の両脇には、部屋番号が記された扉が並んでいる。屠殺場に送られた者は、この部屋の中で惨たらしい最期を迎えるのだ。
「ここね。まったく、ふざけてくれてるわ。さっさと始末しないと」
件の裏切り者を閉じ込めてある部屋にたどり着いた魔夜は、扉を開け中に入る。奥の方には、裸で鎖に繋がれた男が力なく座っていた。
男は両手の指全てと陰部を切り落とされ、片目を残し顔のほとんどが硫酸でグチャグチャにされた無惨な姿にされていた。連帯責任を恐れた同門のヤクザたちが、すでに激しい拷問を加えていたのだ。
「チッ、勝手な真似をしてくれちゃって。これじゃあペロたちに喰わせるのも……まあいいわ、あの子たちならなんでも食べるし問題ないか」
「ぐ、うう……その声、姐さ……うぐっ!」
「黙りなさい、憲三。やってくれたわね、この私を裏切るなんて。覚悟は出来てるわよね? お前も散々見てきたはずよ。私に逆らった者がどんな末路を迎えるかは」
魔夜の声に気付き、男は顔をあげかすれた声を出す。そんな彼の脚を踏み付け、魔夜は冷徹な声で告げる。すでに彼をどう処刑するか、結論は出していた。
これまで何人もの裏切り者や敵をそうしてきたように、ペットのドーベルマンたちに餌として与えるのだ。彼が生きたまま、最大限の苦痛を味わうように。
「ペロたちのところに連れて行く前に聞いておくわ。何故私を裏切ったのかしら? それだけ教えなさい」
「……せな、かったんでさぁ。坊ちゃんに……あんな、惨いことをした姐さんが……。だから、坊ちゃんに……報い、たかった」
「チッ。万が一あの生ゴミが逃げだそうとした時に備えてお前に監視をさせたのが間違いだったか。あの生ゴミに情を移すなんて情けない男。もういいわ、聞きたいことは聞けたから死になさ……何を笑っているの?」
「……はは。姐さん、あっしはダメな男だ。坊ちゃんも、坊ちゃんのお産をした医者も救えなかったが……最後の仕事は、果たしやしたぜ」
裏切りの理由を話した後、男は静かに笑う。そして、魔夜に告げる。ユウの無念を晴らすために、お前を破滅させると。
「あっしは裏で、姐さんの悪事の情報を纏めて……証拠をマスコミにチクりやした。つい昨日、ね。これで、姐さんの栄華も……うぐああっ!」
「本当、呆れ果てたわ。お前はどこまで飼い主の手を噛めば気が済むわけ? 覚悟しなさい、もっとも苦しい死を与えてやるわ!」
激怒した魔夜は、男の顔を蹴り飛ばす。鎖を外し、処刑場へと彼を連行していく。男は痛みに耐えながら、心の中でユウへ謝罪する。
(済まねえ、坊ちゃん。あっしには……これが限界でやんした。もっと……無念を、晴らしてやりたかった……)
その十数分後、男は魔夜の宣言通り苦しみに満ちた死を迎えた。だが、彼の物語はこれで幕を閉じたわけではない。遙か遠い異世界で、再び彼の物語が始まる。
生まれ変わった先で、再び巡り会う。今世で守ることの出来なかった、ユウと。




