87話─誇りある者に安らぎを
弾丸に尾を貫かれたユウが崩れ落ち、レクペルの拘束が解かれる。両者共に、グレイシーが精製した猛毒によって身体を蝕まれ動くことが出来ない。
グレイシーは銃身を消し、マジンフォンをホルスターに仕舞う。それと同時に、ユウが苦しそうに呻きはじめた。
「おい、大丈夫か!? ったく、とんでもねえ無茶しやがる。いくら魔神だからってやっていいことと……ん?」
『けふ、けふ……ケホッ!』
ユウの元に駆け寄り、心配そうに肩を抱くグレイシー。すると、苦しそうにえずいた後ユウは口から何か球状の物体を吐き出した。
毒々しい紫色のソレを見たグレイシーは一瞬で察した。方法は分からないが、どうにかしてユウが体内の毒を固めて排出したのだと。
『はあ、苦しかった……。レケレスママに教わった毒の排除方法、こんな形で使うことになるとは思いませんでした』
「……おう、まあなんだ。無事ならよか……!」
「ぐ、ぬ……おおおおお!!!」
「あいつ、まだ……!」
何はともあれ、ユウが無事だったことに胸を撫で下ろすグレイシー……が。視界の端に、身体を起こしハルバードを投げようとしているレクペルが目に入った。
すっかり気が緩んでいたため、反撃が間に合わない。せめてユウを守ろうと、身体を丸めて上から包み込む。そんなささやかな抵抗など無意味と、ハルバードが投げられ……。
「うぐああああ!!!」
「!? なんだ、今の悲鳴……馬のアストラル!? 機能停止にしてやったはずなのになんで動ける!?」
「く、フ……そやつには、ヒトとウマ……二種の生物の脳がリンクされている。片方が無事なら、そちらの知能をメインに動き続けることが……グフッ、可能だ」
『じゃあ、こいつは死んだフリをしてボクたちが油断するのを待っていたということですか……?』
ユウとグレイシーを貫くことはなかった。放たれたハルバードは、彼らを背後から踏み砕こうとしていたアストラルIの胴体を貫いていた。
レクペルを打ち倒し、満身創痍となったユウを滅するため。グレイシーの毒で機能停止したと思い込ませていたアストラルIが動いたが、仲間の裏切りによって失敗に終わった。
「グ、オ……テメェ、レクペル……! ドウイウツモリダ、邪魔シヤガッテ! セッカクノチャンスヲムダニシタゾ!」
「フ、我は騎士……。騎士道に則り、真正面から戦う。そして、敗れたならば……相手に敬意を表し死ぬのみ。勝者への卑劣な行いは……ガフッ、許さぬ」
「コノ裏切リ者ガ! テメェハ」
「コール」
【モータルエンド】
「うるせえよ。駄馬にゃ用はねえんだ、とっととくたばれ」
「ブ、ガブァッ!」
敵の排除よりも騎士の矜持を選んだレクペルを罵倒しようとするアストラルI。が、それを鬱陶しがったグレイシーにトドメを刺される。
再び銃を顕現させて眉間と鼻先、両目に一発ずつ。計四発の弾丸を食らい、今度こそアストラルIは完全に機能を停止した。それと同時に、レクペルも崩れ落ちる。
『レクペル……お前、いやあなたは……』
「愚かと……笑うがよい。我は所詮、組織に属する者としては三流よ。与えられた使命よりも、己が矜持を……グッ、優先してしまったよだから」
『ええ、そうですね。でも……最後まで誇りを貫いたあなたは、騎士としては一流です』
「……誇りで飯は食えねえ。だが、尊厳は誇りがなきゃ手に入らねえ。……そういや、あいつも誇り高い奴だったな」
自嘲するレクペルに、ユウはそう答える。一方、グレイシーは自身の前世を思い出していた。脳裏に浮かぶのは、かつての友であり、自身に引導を渡した男の顔。
『誰だ? ……! お前は!』
『……これも保安官の務め。悪く思うな、ウィル、かつての友よ』
フッと口角を上げ、グレイシーはポケットから葉巻を取り出す。何をするつもりなのか分からず、ユウは小首を傾げた。
「お前、タバコは吸えるか? 最期に一服させてやる、せめてもの手向けだ」
「タバコ、か。生憎、我はタバコは吸わぬ。肺の衰えは騎士の終わりの第一歩ゆえにな」
「そうかい、じゃオレが吸い……いや、ガキの前じゃやめとくか」
どうやら、死ぬ前に一服させてやろうという親切心からの行動だったらしい。レクペルが拒否したため、自分で吸おうとするものの思いとどまる。
ユウにタバコの煙を吸わせたと知られたら、後でシャーロットたちに小言を言われると思ったようだ。タバコをしまい、銃を顔の前に持って行く。
「ヒット!」
【レボリューションブラッド】
「お別れの時間だ。これ以上苦しまねえように一発で決めてやるよ」
「待て、一服せぬ代わりに……最期の願いを聞き届けてもらいたい。そちらの少年よ、そなたに……介錯をしてもらいたいのだ」
『ボ、ボクですか?』
トドメを刺すべく、レクペルの眉間に狙いを定めるグレイシー。そんな彼女に待ったをかけ、騎士はユウに乞う。好敵手の手で引導を渡してほしいと。
「そうだ。願わくば……グッ、そなたに……」
「だとよ。死にいく奴からのご指名だ、受けてやんな。じゃねえと怨霊に纏わり付かれることになるかもな」
『縁起でもないこと言わないでくださいよ、もう……。分かりました、なら責任を持ってボクがトドメを刺します!』
【アブソリュートブラッド】
『それでは……さようなら、レクペル』
最期の願いを受け入れ、引導を渡すユウ。弾丸に額を貫かれ、レクペルは満足そうに息絶えた。銀色のチリとなり、北風に乗って散っていく。
空に浮かんでいた不気味な黒太陽は、いつの間にか消えていた。町に残って影人間と戦っているシャーロットとブリギットの様子を確かめるべく、帰還することにしたユウたち。
『シャロさんとブリギットさんが心配です、早く町に帰りましょう!』
「ああ、そうだな。だがま、その前にだ」
『へ? なんで──!?』
「男気見せただろ? 褒美をくれてやるよ」
ワイルドジャック号を召喚しつつ、グレイシーはひょいとユウを抱え上げる。そして、額にフレンチキスをした。頑張った少年へのご褒美だ。
『ち、ちちちちちちゅう……ぷしゅう』
「気絶したか。面白えボウズだ、コロコロ表情が変わって見てて飽きねえな」
クックックッと笑った後、グレイシーはユウを愛馬に乗せ町に帰る。その後、合流したシャーロットたちに一部始終を話し……ちゅうしたことに嫉妬した二人に追いかけ回されることになった。
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『はあー、なかなかに大変な一日でした……』
「そうデスね、でも最後まで頑張ったゆーゆーはえらいえらいデスよ!」
その日の夕方、生存者を全員見つけ出せたユウたちはキャンプに帰還していた。ギルド職員への報告をシャーロットとグレイシーに任せ、のんびり休むユウとブリギット。
キャンプ地で温かい食事を楽しむ生存者たちを眺めつつ、職員から貰ったホットココアを飲む。北風で冷えた身体が温まり、最高の心地だ。
『ふあ、美味しいですね。たくさん働いたから別格の味わいですよ』
「ふふふ、ワタシの分も飲んでいいデスよ? ふーふーしてあげ」
「やあ、ここにいたのか。シャーロットくんから話を聞いたよ、君たちも戦ったそうだね、黒太陽から降りてきた奴らと」
『あ、義人さん。その口ぶりだと……そちらもですか?』
ブリギットとイチャイチャしているところに、フラッと義人が姿を現す。イチャイチャタイムを邪魔され、頬を膨らませるブリギットをよそにユウたちは話をする。
「ああ、俺たちの方にも影のような奴らが現れてね。ま、幸い死傷者が出ることもなく全滅させられたよ」
「やっぱり、アチコチ悪影響が出てるみたいデスね。黒太陽……急いでベルメザを始末しなけレバ、取り返しのつかないことになりかねまセン」
『ええ、チェルシーさんたち……何か情報を掴めていればいいんですけど』
別行動中の仲間たちを案じ、ユウはそう呟く。少し温くなったココアを飲み、ひとまず身体を休ませるのだった。




