86話─信念を力に

　降り積もった雪を踏み締め、レクペルが走り出す。それを迎え撃つのは、それぞれの得物を構えたユウとグレイシーだ。ハルバードが黒太陽の妖光を受け、不気味に輝く。

「ぬうん！　受けてみよ、グランデススイング！」

「ハッ、また同じ技か。ワリぃが、一度見た技ァ当たらねえんだよ！　スティンガーショット！」

『それっ、食らいなさい！』

　後ろに跳んで振るわれた斧刃を避けつつ、弾丸を放つユウたち。攻撃の後の隙を突いた、完璧な一撃。……のはずだったが、レクペルは身体ごと武器を回転させ弾丸を叩き斬ってみせた。

　並外れた膂力と高い即応力がなければ出来ない芸当に、ユウは敵ながら唸らされる。相手の強さに、かつて苦しめられた強敵……ユージーンを重ねているのだ。

『強い……！　まるでユージーンのように……。でも、だからといって臆してる暇はありません。助けなければならない人たちがいますから！　ビーストコンバート！』

「ほお？　姿が変わりやがったな。へえ、面白えもんだ。これが魔神の力か」

　自前の再生能力を持つ自分が前衛を担当し、グレイシーの負担を減らしつつ効率よく戦う作戦に切り替えたユウ。拳の魔神へと姿を変え、反撃に出る。

『今度は拳で勝負です！　食らいなさい、スクリュードナックル！　こゃーん！』

「来るがいい、我が鎧と盾はそう簡単には砕けぬぞ！」

　右腕を包むアーマーを高速回転させ、ユウはストレートナックルを放つ。レクペルは盾を構え、真っ向から迎え撃つ態勢に入る。拳と盾がぶつかり合った、その結果は……。

「ヌウッ！」

『こゃん！』

　両者のパワーが拮抗しており、どちらも弾かれ後退することに。ユウが下がったその瞬間、機を窺っていたグレイシーがニヤリと笑う。

　先ほどよりも大きく態勢を崩した今なら、攻撃を通せるはず。一切の遠慮も躊躇も無しに、弾丸を連射する。狙うは、的が大きく当てやすい胴体だ。

「食らいな！　スティンガードライブ！　オラアァァァァ！！！」

『相手は片膝をついてます！　反撃なんて出来ないはずです！　これなら……！』

「むう……！　ぐおおっ！」

　ユウの言葉通り、先ほどよりも大きく態勢を崩したレクペルが盾で身を守るだけの余力はなかった。全弾が命中し、アストラルＩのように戦闘不能……とはならず。

『あれ？　何も起きませんよ？』

「こいつは気まぐれでな、オレですらどんな毒が出るか分からねえ。今回は……そこまで強力なやつじゃなかったようだな」

『そ、そんなあ……。いやでも、何十何百発も撃てばいつか強力な毒を引けますよ！』

　着弾の衝撃でレクペルを吹っ飛ばすことは出来たものの、肝心の毒がたいしたことなくほぼ効果が出なかった。ユウは落胆するも、すぐに思考を切り替える。

　数発撃ってダメなら、その何倍何十倍もの弾丸を撃てばいい。数撃ちゃ当たる、質よりも量。そう思考を切り替えたユウは、グレイシーがリロードする時間を稼ぐため突撃していく。

『続けて行きますよ！　エルボーハンマー！』

「甘い！　スプリングメイル！」

『わひゃっ！？　ぽ、ぽよ～んて跳ね返されちゃいました！？』

「我は人ではなく魔物ぞ？　この鎧は、魔力の消耗と引き換えにその性質を自在に変化させることが可能だ。勿論、厄介な毒もある程度は抵抗出来る」

　勢いよく走り出し、仰向けに倒れているレクペルにエルボードロップを放つユウ。が、軟化した鎧によって優しく跳ね返されてしまった。

「ほお、さっきの攻撃で毒が効果なかったのはそういう理屈か。ってことはよお、特大の猛毒をブチ込んでやりゃあオダブツってわけだ！」

「理論上は、な。だが、そんな劇毒をそう易々と引けるかな？」

　レクペルは人間ではなく、デュラハンという魔物に転生している。ゆえに、人智を超えた特殊な力を持っている。その力によって、毒を無力化していたのだ。

「策はあるぜ？　幸い、今のオレは一人じゃあねえ。ユウ！　ちっとばかし時間を稼げ、その間にオレが鎧野郎をぶっ殺す毒を『造る』からよ！」

『はい、分かりました！　ボクに任せてください！』

　そうユウに指示した後、グレイシーは手にしている銃のグリップ……マジンフォン部分をパージしてホルスターにしまう。そして、残った部分をシェイカーのように振り始めた。

　まるで酒場のバーテンのようなムーヴに、ユウもレクペルも呆気に取られて動きが止まる。銃をシェイクしながら、グレイシーはユウに早く攻撃しろと急かす。

「なにボサッとしてんだ！　今が攻撃するチャンスだろうが！　奴の土手っ腹に一発ブチかましてやれ！」

『ハッ！　そ、そうですね！　すぐに攻撃します！』

「ムッ……いかんいかん。あまりにも突飛な行動過ぎて理解が追い付かぬわ」

『今がチャンス！　食らいなさい、リヴルメントアッパー！』

「ムダだ、また鎧を変質させて防いでくれようぞ！」

　グレイシーにどやされたユウは、万全の構えを取るレクペルに突撃する。再び鎧の性質を変え、攻撃を防ごうとする相手に対してユウが取った行動は……。

『そう来ると思いましたよ。……この能力を使うのは今回が初めてですが、試し打ちにはちょうどいい相手です。行きますよ、撃破の拳！　こゃーん！』

「？　何を……ぐぶぉっ！？」

　そう呟いたユウは、右腕のアーマーをドリルのように変化させる。そうして、変質したレクペルの鎧を難なくブチ抜いてみせた。それを見たグレイシーは、思わず目が点になる。

「なんだ？　何で今回は容易くブチ抜きやがったんだ？」

『一応、末席とはいえボクも魔神の一族ですからね。使えるんですよ、パパたちのように。自分の司る武具を、意のままに創造する力を』

　不思議そうにしているグレイシーに、ユウは説明をする。父リオならば盾、母の一人であるカレンなら鎚。魔神たちは、各々が司る武具に自由な特性を与え創造する力を持つ。

　グランザームとの修行で真なる魔神として覚醒したユウも、その能力に目覚めている。が、イレギュラー形態である銃の魔神では使えない。

　その力を使えるのは、本来の魔神形態である拳の魔神のみ。ではあるが、これまで一度も使ったことがないためぶっつけ本番でやってみて何とか成功、というのが先ほどの攻撃なのだ。

『まだ上手く感覚を掴めてないので、そうそう成功出来ませんが……成功すれば今みたいなことが出来ます！』

「ほお、そりゃすげ……ユウ、後ろ！　奴が起きたぞ！」

「素晴らしい、我が鎧の変化を打ち破るとはな。だが、所詮は拳。攻めは得意でも守りは不得手だろうよ！　受けてみよ、グランデスストンパー！」

　鎧に亀裂を入れられたレクペルだが、魔力を使って修復しつつ背を向けたユウへと反撃を行う。大上段にハルバードを振り上げ、そのまま跳躍する。

　ぐるんと身体を縦に回転させ、遠心力を加えることで破壊力を増した一撃を放つ。普通に受ければ、いくら魔神といえど無傷ではいられない。

「さあ、我が一撃……どう防ぐ！？　どうかわす！？　答えを見せてもらおうか！」

『ええ、いいですよ。ボクの答えは……こうです！　出でよ、鋼盾の拳！』

「ぬうっ！？」

「おお……受け止めやがった！」

　再びユウは魔神の力を使い、今度は右腕に分厚いカイトシールドを作り出し攻撃を防いでみせた。この時、ユウの脳裏に思い描かれていたのは……。

（パパのように、どんな攻撃も防げる守りの力を！　絶対に相手に屈しない、守護の力を思い描くんだ！）

　偉大なる父、憧れの英雄であるリオ。彼の代名詞たる『不壊の盾』のような、どんな攻撃も防ぐ腕甲。思い描いた願いは形になり、力を与える。

　一人前の魔神となったユウに、不可能なことはない。思い描き、実現出来ると信じる限り。彼はどんな装具も生み出せる。それが拳の魔神なのだ。

「フッ、見事！　だが、このまま甘んじて押し返されると思うな！　逆に叩っ斬って」

「おっと、残念だがもうタイムオーバーだ。ようやく終わったぜ、ポイズンカクテル……毒の濃縮がな！」

　対するレクペルも、臆することなく腕甲ごとユウを両断せんと力を込める。が、その間にグレイシーが毒の強化を完了させていた。

「チッ、ままならぬものだな！　まあよい、このまま……ぐっ！？」

『さあ、捕まえましたよ！　今ですグレイシーさん、ボクごとレクペルを貫いてください！』

「ハァ！？　テメェ、正気か？　確かにお前が捕まえててくれた方が狙いが付けやすいし、反撃も封じられる。だが……！」

　すかさずユウは九本の尻尾を伸ばし、レクペルをがんじがらめにして動きを封じる。そして、グレイシーに容赦なく撃てと叫ぶ。

　だが、どう撃っても弾丸はユウの尻尾ごとレクペルを貫くことになる。すなわち、毒の餌食になることが確定してしまっているのだ。

『気にしないでください！　毒なんて、レケレスママとの訓練で慣れてますから！　それとも、伝説のアウトローは仲間ごと敵を葬ることも出来ない甘ちゃんなんですか！？』

「……！　ハッ、小僧のクセによ……言ってくれるじゃねえか。そうだ、オレのかつての名はビリー・ザ・キッド。荒野の荒くれ者は……悪名なんざ恐れねえ！　ヒット！」

【レボリューションブラッド】

　ユウに発破をかけられ、グレイシーはマジンフォンを取り出し音声入力を行う。血を覚醒させ、マジンフォンと銃身を合体させて狙いを定める。

「こいつでジ・エンドだ。奥義……バッドハート・ブラッドグリーム！」

「ぬ……おおおおお！！」

　毒々しい紫色に染まった弾丸が放たれ、狙いを外すことなくユウの頭上で拘束されたレクペルを貫く。ユウの熱い覚悟、グレイシーの冷徹な殺意。

　今、凶弾が騎士を穿つ。