83話─北の国でこんにちは
時は少しさかのぼる。チェルシーたちがフォルネシア機構へと旅立った後、ユウたちも任務を行うためルケイアネス王国へ向けて移動を開始する。
パラディオンギルドから配給された長距離テレポート用の転移石を使い、集合地点であるサーズダイル跡へと移動した一行。
「やあ、待っていたよユウくん。生存者の捜索、頑張ろうね!」
『お久しぶりです、キヨさんに義人さん。今回参加するからには、全力で任務を遂行しますよ!』
「ああ、頼もしい限りだよ。君の実力はよーく知ってるからねぇ」
サーズダイル跡には、生存者を迎え入れガンドラズルへ移送するまでの間生活するためのキャンプ群が設置されていた。義人や清貴と再会し、喜ぶユウ。
「おう、テメェが例のトップナイトを二人も殺ったってボウズか。へえ、どんなナリかと思やぁ細っこいじゃねえの。ちゃんとメシ食ってんのかぁ?」
『ピッ! ど、どちら様ですか……?』
「そーデス、初対面の相手に話しかける時はまず自己紹介するのが先デス! ゆーゆーを怖がらせるのはダメなのデスよ!」
そこへ、一人のパラディオンがやって来る。カウボーイハットと衣装を身に付けた、まるで西部劇の映画から出てきたようなワイルドな格好の女だった。
女は切れ長の目でユウを見下ろし、ギザギザした歯を見せて笑う。ユウのトラウマが発動しそうな気配を感じ取り、すかさずブリギットが間に割って入る。
「ああ、そうだな。まだ名乗ってなかったかァ。オレはグレイシー・プラン。ウィリアム・H・ボニーことビリー・ザ・キッドって知ってるか? オレァな、その転生した存在ってわけだ。すげぇだろ?」
『え……ビリー・ザ・キッドって……。あの西部開拓時代の大悪党ですか!?』
「お、知ってるな。それも、創作されたクソ苛立たしい方のイメージじゃねえのが好感持てるぜ、オメェ」
ブリギットに咎められた女は、ショートボブにした金髪を掻きながら己の名と転生前がどんな人物だったかを話す。それを聞き、ユウは目を丸くした。
ビリー・ザ・キッド。西部開拓時代のアメリカで、その悪名と伝説的な射撃及び乗馬の技術で知られたアウトロー。母親の詰め込み教育により、ユウはその存在を知っていた。
「あら、そんな悪い人なの。よくパラディオンになったわね、実はリンカーナイツのスパイだったりするのかしら?」
「ハン、言ってくれるじゃねえの耳長野郎。確かにオレァ前世で悪の限りを尽くしたぜ? 盗みに殺し、ムショからの脱獄。やり尽くして飽きちまったんだよ、悪人やるのがな」
「それで転生した後は善行をやる、デス? なーんか胡散臭いデスね、プンプン匂うデス」
前世が悪人だったことから、女……グレイシーに疑惑の目を向けるシャーロットとブリギット。そんな二人に、グレイシーはそう語った。
「ま、今のところ悪さはしていないからそこは信用してやってもいいんじゃないかなぁ。そうでなければ、とっくに除名処分されてるからね」
「義人くんの言う通り、彼女はまあ……ちょっと悪ぶってるけど極めて模範的なパラディオンだよ。そこは僕も保障するからさ、仲良くしてあげてほしいな」
『まあ……お二人がそう言うならボクとしてやぶさかではありません。ただ……上から睨むように見下ろすのはちょっとやめてほしいなぁ、って思ったり……』
「ああ、そのことは知ってるぜ。ギルドから貰ったオメェのプロフィール欄にデカデカと書かれてんだ。『心的外傷あり、上から目線で睨むの厳禁』ってな」
「だいぶ大雑把な……まあ、ちゃんと理解してくれてるならいいわ。……さて、ここからは任務の話をしましょ。どんな形で生存者を探すの?」
清貴や義人のフォローを受け、とりあえずグレイシーを信用することにしたユウ。世間話を終わりにし、任務遂行の手順についての話が始まる。
「それは僕の方から説明するよ。任務に参加したパラディオンは四人一組になって、王国各地に散ってもらう。担当エリアの街を回って、生存者がいないか探してもらうよ」
「オー、効率いいデスね。……ん? 四人? 五人ではなく?」
「うん、パラディオンたちの参加出来る日時がバラけていてね。第一陣と第二陣に分けて現地集合することになったんだけど、第一陣のメンバーが少ないんだ」
ギルドからの任務発令が突発的だったこともあり、第一陣として招集出来たパラディオンが少ないのだと清貴は語る。そのため、ギルドは多少軌道修正をしたらしい。
第二陣が合流後、再度チーム編成を行うとのことだった。到着は三日後、それまでは四人一組のチームで生存者の捜索を行うことになるようだ。
「というわけで、当初の予定だった五人一組の計画が取りやめになったのさ。残念ながら、俺やクライヴは別行動ってわけだ」
「その代わり、オレが同行してやるよ。ま、仲良くやろうぜ? 魔神のお坊っちゃんよ」
「ちょっと、ちゃんとユウくんの名前を呼んであげなさい。失礼でしょう、もう」
『いえ、いいですよそういう呼び方でも。ちゃんとボクが魔神の一族にカウントされてるんだなって、ちょっと嬉しくて……えへ』
からかうように呼んでくるグレイシーをシャーロットが注意するも、ユウはまんざらでもないらしい。可愛らしく笑った彼に、シャーロットとブリギットはハートを撃ち抜かれる。
「むぐっふぅ! 可愛い……脳に焼き付けたいわね……」
「グフッ……シャロシャロは甘いデスね、ワタシは物理的に焼き付けたデス。おめめから映像を投射するコトも出来マスよ」
「……なんなんだこいつらは」
『あ、あはは……』
ユウラブ勢二人のハッスルっぷりに、グレイシーは少々引いていた。そんなこんなで、ユウたちは担当エリアである王国北東部へ向けて出発する。
ギルドから支給された転移を使えば、王国内ならどこでも移動可能だ。最初に訪れたのは、北東部の入り口にある町ネヘレア。
『くんくん…僅かですけど、獣人の匂いがしますね。たぶん、地下で生活してると思います』
「じゃあ、手分けして探しましょう。東西南北に別れ」
「んじゃ、オレァ町の西の方探すわ。後はアンタらが勝手に決めな~」
「あ、ちょっと! もう、マイペースなんだから。まあいいわ、ユウくんとブリギットはどうする?」
到着後、シャーロットがリーダーになり指示を出す。が、そんなのは知らんとばかりにグレイシーは町の西部に行ってしまう。そんな彼女に、シャーロットは呆れてしまった。
気を取り直し、ユウやブリギットと相談して担当区域を決める。その結果、ユウは東。シャーロットは南、ブリギットは北を捜索することになった。
『さあ、始めましょう! 一人でも多く生存者を見つけ出して助けましょうね!』
「えい、えい、オー! デスマス!」
「いつ吹雪いてくるか分からないから、寒さには気を付けてね。もし何かあったらこの魔法石を使って。赤い信号弾を打ち上げて異変を知らせられるから」
『ありがとうございます、シャロさん。それじゃあ、任務開始! です! こゃーん!』
気合いを入れ、それぞれの担当区域に散るユウたち。そんな彼らは、気付かなかった。分厚い雲の隙間から、不気味な黒太陽が顔を覗かせていたことに。
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「あラァ、感じるわネェ。アタシが留守にしてる間に、王国に入ってきたネズミちゃんの気配がたぁくサン。うふふふ」
その頃、暗域の深部に潜んでいるベルメザはユウたちパラディオンがルケイアネス王国にやって来たのを察知していた。邪魔なネズミを排除すべく、黒太陽を起動させる。
「レクペルちゃん、聞こえるかしラァ? そっちにネズミがたぁくさん入り込んだの、黒太陽とアストラルIを使って始末してちょうだァイ?」
『かしこまりました。影人間たちはどれほど使えば?』
「好きなだけ使っていいわヨォ。たくさん始末出来たラァ、不甲斐ないさっちゃんの代わりにトップナイトに推薦してあげるから頑張りなさァイ」
『全力で任務を遂行致します、吉報をお待ちください』
長距離通信用の魔法石を使い、クァン=ネイドラにいる部下に指示を送るベルメザ。通信を終えた後、灰色の雲に覆われた街を歩いていく。目指す先にいるのは……。
「まったくもう、レオンちゃんも人使いが荒いワァ。でもま、任された以上はやらなきゃネェ。魔戒王フィービリアとの同盟締結に向けて、ネ」
新たなる波乱の芽が植えられつつあることを、ユウたちはまだ知らない。




