82話─緊急事態! まさかの疑惑!?
「おおう、こりゃすげえ。入った途端本棚の群れがお出迎えかよ」
「そりゃあそうさ、ここの名物だからね。さあ、こっちだ。行こう」
フォルネシア機構へと足を踏み入れたチェルシーとミサキ。彼女らを出迎えたのは、遙か高く……天井までそびえ立つ無数の本棚であった。
初めて訪れたチェルシーは、その威容に圧倒されていた。そんな彼女の肩を指で叩いて我に返しつつ、ミサキはエントランスの中央にあるカウンターに向かう。
「やあ、失礼。ここに行けば望みの場所に案内してもらえると聞いて来たんだけれど」
「いらっしゃいませ、ようこそフォルネシア機構へ。……おや、大地の民が機構を訪れるとは。珍しいこともあるものですね、実に数百年ぶりのことです」
「おう、そういう前置きはいいんだ。アタシら人を探してんだよ、ここの職員をさ」
円形のカウンターの中で書類に目を通していた案内係の女性に声をかけ、手早く目的を達成しようとするチェルシー。そんな彼女に、案内係は問う。
「当機構の職員、ですか。かしこまりました、どなたをお呼び致しましょう?」
「デズリング・Yって奴を呼んでくれ。千里眼を用いたもの探しの達人だって聞いてる」
「……失礼ですが、その情報を一介の大地の民がどこで得たのです? 我々観察記録官……それも上級の存在を貴女方が知り得るはずがないのですが」
シャスティから聞いた件の人物の名を告げて、呼んでもらおうとするチェルシー。が、案内係の表情がいきなり険しくなる。不穏な物言いに、チェルシーもミサキもタジタジだ。
「うおっ、いきなりんな殺気出すなよ! シャスティから聞いたんだよ、シャスティ! アンタも知ってるはずだろ!? ネクロ旅団の!」
「その話が本当なのか、こちらで連絡を取り調査します。それまでの間、お二人には……」
「おや、なにかな。ここは完全中立地帯だと聞いてるよ、まずは話し合いで」
「問答無用。全観察記録官に告ぐ、機密保持事案発生。容疑者二名を拘束し牢へ投獄せよ」
慌てて弁明するも、聞き入れてもらえず二人は集まってきた機構の職員たちに捕まってしまう。そのまま塔の地下にある牢へ連行され、ブチ込まれてしまった。
流石にこの展開は予想しておらず、かつ下手に反撃して死傷者を出せば冗談抜きで消されかねないため大人しくお縄につく羽目に。
「これよりネクロ旅団に連絡し、貴女の発言が真実であるかを確認します。もし真実であれば、貴女の望みは叶うでしょう」
「……仮に、だ。もし真実じゃなかったらアタシらはどうなる?」
「偉大なる魔神、リオ様にご協力いただきアブソリュート・ジェムを用いた現実改変により存在を『なかったこと』にします。機構の機密を大地の民に知られるわけにはいきませんので」
「これはまた……ハハ、物々しい措置だね」
もはや完全に敵対者として扱われている現状に、ミサキは乾いた笑みを浮かべる。案内係たちが去った後、二人は顔を見合わせため息をつく。
「……なぁーんでこうなるやら。くっそ~、シャスティの奴……次会ったら一発殴る!」
「これは完全に予想外だよ。観察記録官の情報が、まさかここまで秘匿しないといけない機密事項だとはねえ」
「まったくだ、こりゃあもうお手上げだ。はええとこ出してくれんのを期待するしかねえよなぁ……はあ」
広いとは言えない牢の中で、ため息をつくチェルシーたち。それから一時間ほど経った頃、先ほどの案内係が一人の人物を連れて戻ってきた。
ねずみ色のフード付き法衣を身に纏い、顔は深く被ったフードによって見ることは出来ない。シワだらけの手と、かろうじて見える白くなった顎ヒゲで老人だとミサキは判断する。
「確認が取れました、どうやら貴女方の発言は真実だったようですね。手荒な真似と無礼をお許しください」
「おう、分かりゃいいんだ。で、そのじーさん? が……」
「左様。儂がデズリング・Y。フォルネシア機構とその主、時空神バリアスに身を捧げし上級観察記録官。そなたら、儂に何用かな?」
「探してほしい奴がいるんだ。そいつはとびきり危険で邪悪で、大勢の人間を死に追いやり……今もまだ、新しい犠牲者を出そうとしてやがる。最悪の事態になる前に、探し出したいんだ! 奴を……ベルメザを!」
「ご老人、私からも頼む。漆黒の翼持ちし堕天使は、罪無き者たちを呪われた黒き太陽で焼き……」
「これこれ、そういっぺんに言うでない。ふむ……そちらの大柄な方、近くに。そなたの記憶を少し見せてもらうぞ」
案内係の謝罪を受けた後、チェルシーは老人に向かって訴える。ベルメザを放置しておけば、再び多くの命が犠牲になってしまうのだと。
ミサキも加わり陳情するも、話が長くなりそうだと判断したデズリングによって強制的に打ち切られた。彼に呼ばれ、鉄格子のすぐ側に立つ。
そんなチェルシーの額にしわくちゃになった手を伸ばし、そっと触れるデズリング。その際、彼の顔が上がり……チェルシーはフードに隠された老人の顔を見た。
老人の両目があるべき場所には……ぽっかりと空洞が広がっていた。
「!? じいさん、目が……!」
「これか? そなたが気にする必要はない、儂は目が無くとも全て『視えて』おるよ。バリアス様より賜りし、この千里眼でな」
驚くチェルシーにそう答えた後、デズリングは彼女の記憶をたどる。そうして、ベルメザについての情報を得た老人は目を見開き集中し始める。
すると、空っぽの眼窩の中に魔力で造られた金色の瞳が現れる。全てを見透かすかのような視線に晒され、チェルシーは息をするのも忘れて佇む。
ミサキや案内係が見守るなか、デズリングは千里眼の力を用いベルメザの居場所を探していく。しばらく捜索を続け、ついに……。
「うむ、見つけた。ベルメザといったな、かの者は今暗黒領域におる」
「暗域に? 妙だね、何故リンカーナイツのメンバーが闇の眷属たちの住む場所に……」
「そんな理由なんざどうでもいいだろ? 大事なのは、暗域のどこにいやがるのかってことだ。じいさん、具体的に暗域のどこにいるか分かるか?」
明らかになったベルメザの所在。彼は今、闇の眷属たちの住まう大地……暗域に身を潜めているようだ。異邦人とはいえ、人間が足を踏み入れてタダで済む場所ではない。
何故そんな所にいるのかを訝しむミサキに対し、チェルシーは詳細な居場所さえ分かればそれでいいようだ。彼女に問われ、老人は答える。
「その者は今、暗黒領域の第十八階層世界におるようじゃな。濃い闇の瘴気が渦巻く、序列第三位の魔戒王フィービリアが支配する地じゃ」
「だいぶ下の方にいるね……。よりによってフィービリアのところに潜り込んでるのは参ったね、乗り込むのも一苦労だよこれは」
ベルメザがいるのは、暗域の最深部に近いエリア。それも、闇の眷属を束ねる王たちの中で三番目の強さを持つ者のテリトリーにいるらしい。
難しい顔をするミサキに、チェルシーが尋ねる。交渉なりなんなりをして、ベルメザを引き渡すよう魔戒王に依頼出来ないのかと。だが……。
「無理だね。フィービリアは魔戒王の中でもバチバチの過激派として有名なのさ。穏健派である序列一位のコーネリアス様と、序列二位のアルハンドラ相手に引けを取らない強さも兼ね備えているんだ」
「つまり、交渉は無理ってことか?」
「無理じゃな、かの者は神々や大地の民を見下しておる。根絶のためなら、リンカーナイツと手を組む……いや、駒として使い潰すことも平然とやるじゃろうて」
「ふーん……結構ヤベぇ奴だな。あの羽野郎、なんでそんな奴のとこにいるんだ?」
ベルメザの居場所は掴めた。だが、そこに乗り込む……あるいは引きずり出す手段を考えなければならない。次の難題の出現に、頭を悩ませるチェルシーとミサキなのだった。




