81話─一つ終わった先のこと
悟一味との戦いから、三日が経過した。ユウたちはパラディオンギルドにベルメザの情報を提供し、要警戒人物として指名手配してもらうことにした。
悟撃破の翌日にシャーロットがギルドのデータベースを照会した際、ベルメザのデータが存在していないことが分かったからだ。ギルドですら正体を掴めない危険人物、油断は出来ない。
「さて、果報は寝て待てっつーけどよ。実際どうするよ? こっちから探しに行くか?」
「行ったところで、手掛かりが何も無い状態じゃあ無駄骨になるだけだと思うよ。雲を掴むような話さ、正体不明の異邦人を追うなんてね」
『ええ、ですが……やっぱりこう、何もしないで待つというのも歯痒いですね……』
現状、ユウたちにベルメザの元にたどり着くための材料は何も無い。相手を追うにしても、一つも手掛かりがなければ時間をムダにするだけで終わるだろう。
これからどう動くべきかを考えていた、その時。ユウのマジンフォンに着信が入る。誰からの着信だろうかと見てみると、義人からだった。
『あ、もしもし? どうしたんですか、義人さん』
『やあ、ユウくん。パラディオンギルドからルケイアネス王国の生存者捜索の任務が出されてね。どうだい、現地集合して生き残りを探してみないかなぁ?』
『生存者の捜索、ですか……。そうですね、まだ地下で怯えながら暮らしてる人たちがいるはずです。喜んで協力しますよ』
『そうか、助かるよ。任務の参加者には専用の転移石が配布される、それを使って三日後にサーズダイルで合流しよう』
『分かりました、準備しておきますね!』
義人から共同任務の誘いを受け、その場で快諾するユウ。ベルメサを追うのも大事ではあるが、人命救助もまたパラディオンの大切な仕事。
特に、ユウは身をもってジョルジュらのような地下への避難者と接している。他の街やサーズダイルの地下にも、まだ生存者がいるかもしれない。
「なんだって? ユウ。電話の内容は」
『はい、義人さんからルケイアネス王国の生存者捜索をしないか? と持ちかけられたので快諾しました。きっと、まだ王国のあちこちに黒太陽の脅威から生き延びた人たちがいると思うんです』
「デスデス、ワタシもソー思いマス。ワタシの第六感が告げてるデスよ、まだ助けを求めてる人タチがいるって」
「そうね、取り残されたままじゃいずれ餓死してしまうわ。そうなる前に見つけ出してあげないとね」
ブリギットやシャーロットは、ユウと同じく生存者捜索に向かうつもりでいた。一方、チェルシーとミサキはというと……。
「なあ、生存者探すのはユウたちに任せてもいいか? アタシとミサキはベルメザについて調べてみるからよ」
『いいですけど……アテはあるんですか?』
「……一つだけある。私が武者修行の旅に出る時、リオ様が困ったことがあったらこれを使えと渡してくれた、使い捨ての転移石がある。英知が集う歴史の集積地……【フォルネシア機構】へ行くための、ね」
「! フォルネシア機構……昔、お父様から聞いたわ。そこには、総ての大地の歴史が書物として編纂され、保管されているって」
「ああ、そこに捜し物の達人がいるってシャスティから聞いてさ。今こそ、その人の力を借りるべきなんじゃねえかって思ったんだ」
ベルメザの所在を暴く手掛かりを得られるかもしれない。であれば、チェルシーらの別行動を咎めるつもりはユウたちには無い。二グループに別れ、それぞれ行動することに。
「デモ、いいんデスか? ミサキ。機構に行くための転移、そうそう手に入る代物ではないデスよ」
「いいのさ、元々私にはほぼ無用の長物だったからね。こうして使い道が出来たんだ、喜んで使わせてもらうさ」
「っつーことで、羽野郎のことはアタシらに任せてくれ。ルケイアネスでの任務、頑張れよユウ!」
『はい! 一人でも多くの生存者を見つけられるよう頑張ります!』
こうして、ユウたちの目標は決まった。それから三日後、ユウとシャーロット、ブリギットは遙か北へ。チェルシーとミサキは遠い別の大地へと向かう日が来た。
防寒着に身を包み、サバイバル用のあれこれを詰め込んだ大きなリュックサックを背負ったユウたちはアパートのエントランスでチェルシーらを見送る。
『頑張ってくださいね、チェルシーさんにミサキさん! 情報を手に入れられるように祈ってます!』
「サンキュ、ユウ。そっちも気を付けろよ、リンカーナイツのカス共やアストラルが襲ってくるかもしれないからな」
「そんな連中、私とブリギットが叩き潰すから安心して。ユウくんにはかすり傷一つ付けさせないから」
「デスデス、悪者はみんななます斬りにしてやるデスよ」
「フッ、頼もしい限りだね。私たちがいなくても上手くやれそうだ。それじゃ、行ってくるよ。成果を期待していておくれ」
言葉を交わした後、一足先にエントランスを出るチェルシーとミサキ。懐から取り出した転移石を天に掲げ、ミサキは口上を述べる。
「我は望む。神々の英知が集う、古の書庫へ至らんと。大いなる賢者よ、今我を導きたまえ。数多の知と歴史の揺りかご、フォルネシア機構に!」
「おおっ、石が光り出した! 今の呪文が発動用のキーワードなんだな!」
「いや? 今のは私の趣味さ。別に言わなくても掲げれば起動するよ」
「紛らわしいことすんなよ! 思わず感心しちま……うおっまぶしっ!」
重々しさと神々しさを兼ね備えた口上に感心するチェルシーだが、何の意味も無いと知り思わずツッコミを入れる。そんなことをしている間に、転移が起動した。
眩い光に包まれ、目を閉じる二人。光が収まった後、まぶたを開けると……無数の小さな小島が浮かぶ、天の彼方へと移動していた。遙か遠くに、天を衝く塔が見える。
「アレが見えるかい? あの塔がフォルネシア機構、私たちの目的地さ」
「ほー、あれがか! 想像の五倍はデケえじゃねえか! ……で、どうやってあそこに行くんだ?」
「このまま進めばいい。光の階段が私たちを導いてくれるよ。もっとも、よこしまな心を持つ者が進むと永遠に階段を登り続けることになるけどね」
「侵入者対策ってわけか。ま、アタシらなら問題ないだろ。よっしゃ、行こうぜミサキ!」
ミサキの説明を受け、一歩踏み出すチェルシー。すると、小島のフチから塔のある巨大浮島へ向けて光の階段が伸びていく。それを踏みしめ、先へ進む二人。
「おー、すげぇいい眺めだな。ユウも連れてくればよかったなー、この景色を見せてやりたかったぜ」
「そうだねぇ、さぞかし大喜び……ん? 待つんだチェルシー、誰か降りてくる。まさか……」
「お? なんだってんだ、んな神妙な顔し」
「大地の民よ、神聖なるフォルネシア機構に何用で足を踏み入れる? かの地はいたずらに訪れていい場所ではない。汝らの目的はなんだ?」
眼下に広がる雲海を眺めながら、しばらく階段を登る二人。話をしているなか、ミサキが階段の先に人影を見つけた。彼女が訝しむなか、その人影が一瞬で目の前にワープしてくる。
長く伸びた雪のように真っ白な髪で目元を多い、緑色の法衣を着た女がチェルシーとミサキの前に立ち塞がる。
「うおっ!? ビックリした、いきなり目の前に来るなよ! 驚いて落っこちるとこだったろうが!」
「そんなことはどうでもよい。まずは私の問いに答えよ。汝らは何の用があって機構を目指す? 事と次第によっては、上級観察記録官たるこの私……エシュリーズ・Lが」
「ああ、なるほど。偉大なる上級観察記録官よ、お初にお目にかかります。私の名は夏目ミサキ、悪しき者を討つための手掛かりを得るべくこの地に足を踏み入れたのです」
「……ふむ。その言葉、偽りは無いようだ。よかろう、ならばついてくるがいい。歓迎しよう、大地の民よ。英知の守り人の一人としてな」
僅かな敵意をチラつかせながら問うてくる女……エシュリーズに、ミサキがフォルネシア機構を訪れた理由を話す。少しの沈黙の後、エシュリーズは頷き指を鳴らす。
すると、塔の入り口へと全員が瞬間移動していた。チェルシーが驚くなか、静かに歓迎の言葉をかけるエシュリーズ。ゆっくりと正門が動き、塔への道が開かれた。
「あいにく私は忙しい、中に入ったら案内係に尋ねるがよい。汝らの望む知識の眠る書庫へ案内してくれるだろう」
「あ、お、おう。ご丁寧にどうも」
「されど、一つ心に留めておくがいい。ここには開かれてはならぬ禁忌の書物もある。それを手に取ることがないように。もし手に取れば……分かるな?」
「き、肝に銘じておくぜ……」
「結構。では私は失礼する、ヴォルパールに頼まれた資料の制作をせねばならぬのでな」
エシュリーズに脅され、ぎこちなく頷くチェルシー。伝えるべきことを伝え終えたエシュリーズは、一足先に塔の中に消えた。
気を取り直し、チェルシーとミサキもフォルネシア機構へ足を踏み入れる。ベルメザの手掛かりを得られるかもしれない人物と出会うために。




