79話─悟の真相
「数年前、俺と愛菜は電車の脱線事故に巻き込まれて死んだ。……はずだったが、何の因果かこの世界に転移してきた。何も分からないまま、俺たちは必死に生きてきた……」
自分を見下ろすチェルシーに、悟は己の過去を語る。口を挟むことなく、チェルシーはただ耳を傾けていた。クイッと顎を動かし、話を続けるよう促す。
「一年も経つ頃には、こっちでの暮らしにも慣れてきた。ようやく新天地でマトモな暮らしが出来る……そう思ってた俺たちを襲ったのさ。未開種の一団がな!」
「ふぅん、なるほど。嘘は言ってねえみたいだな、探知の魔法に引っかからねえし」
「あ? テメェ……いつの間にんなもうぐぅっ!」
「余計なこと言ってる暇があったら、さっさと続きを言え。で、そいつらとの間に何があったんだよ」
チェルシーにへし折れた腕を踏まれ、苦悶の声を漏らす悟。これではどちらが悪人か分かったものではないが、チェルシーにはどうでもいいことだ。
「そいつらは、自分たちを異邦人を排除する団体のメンバーだと名乗った。俺と愛菜はそいつらに拉致されて……ありとあらゆる暴行を受けた。そのせいで愛菜は死んだんだ!」
反異邦人を掲げる団体。その存在は、チェルシーも把握していた。リンカーナイツに与さない者はおろか、パラディオンギルドに協力してくれる善良な者たちまで敵視する厄介な存在だ。
そうした組織が異邦人を迫害すればするほど、大地の民と異邦人の間に軋轢が生まれてしまう。そこからリンカーナイツに加わってしまう者が出ることになりかねないため、そうした組織は確認され次第撲滅されている。
そうした組織に目を付けられ、悟とその恋人は凄惨な被害を被ることになってしまったらしい。こっそりチェルシーが発動させていた嘘を探知する魔法も、それが真実だと告げていた。
「その時から俺は誓った。愛菜の命を奪った薄汚い未開種どもを、この手で根絶してやるってな! 俺は手始めに組織の連中を皆殺しにしてやった。そこからはずっと他の未開種どもを」
「テメェの事情は分かった。過去にやられた仕打ちにゃあ同情するよ。だけどな、アタシやエレインがお前に何かしたか? え?」
「しちゃいねえさ、だがそんなの」
「お前の恋人を殺した連中に復讐するまでは別にいいさ、だがな! どんな過去があったって無関係の人らを殺していい理由になんてならねえんだよ! テメェがやってるのは、その組織の連中と同じことだ!」
これ以上話を聞く必要は無いと判断し、チェルシーは悟を一喝する。至極真っ当な言葉に、悟は何も言い返せない。
「結局のところ、テメェは復讐の連鎖を作り出してるだけだ。大地のあちこちにいるだろうよ、テメェに大切な人を殺されて嘆き、悲しみ、怒りに呑まれた連中が」
「黙れ……黙れ! 俺は何一つ悪くない、悪いのはテメェら薄汚い未開種だ! テメェらさえいなけりゃ、俺は……俺は……!」
「反省する気は無し、か。なら……ここでテメェを消滅させる。もう二度と復讐の連鎖が起こらねえように。キッチリとなぁ!」
【レボリューションブラッド】
悟への情状酌量として、反省しているなら更生のチャンスを与えようと思っていたチェルシー。だが、全くその気がないことが分かりトドメを刺すことを決める。
マジンフォンを操作し、ゆっくりとハンマーを振り上げる。勢いよく得物を振り下ろして、決着をつけようとする。が……。
「これで終わりだ! エレインの仇討ち、今ここで成し遂げる! タイタンズ」
「やめ……!? う、ぐ、ああああっ!! なんだ、身体が……身体が熱い! ぐ、ああああああ!!」
「!? なんだこいつ……まだアタシは何もしてねえぞ、どうなってやがる?」
まだトドメを刺していないのにも関わらず、突然悟が苦しみはじめた。何が起きているのか分からず、チェルシーが困惑しているなか……。
「ダメねえ、サッちゃん。こんな小娘程度に負けちゃうなんてネェ。見込みがあると思って『コレクション』に加えてあげてたケド。こんなていたらくじゃ、もうお払い箱かしラァ?」
「!? なんだテメェ! こいつの仲間か!?」
「し、しょう……!? なんで、俺を……うぐあああ!!」
黒太陽を背に、ベルメザが姿を現した。悟を体内から黒い炎で燃やしつつ、心底失望したような眼差しを向ける。チェルシーは何が起きているのか分からず、困惑するばかりだった。
「お前、こいつの仲間じゃねえのか!? なんでそんなことをする!」
「仲間? 違うわネェ、サッちゃんはアタシのコレクションヨォ。黒太陽に取り込んで作った影……その中でも傑作だったんだけどネェ」
「なに!? あの太陽はこのカスのチート能力じゃねえのか!?」
「そうヨォ? うふふ、アナタもなかなかソソルわネェ。影のお仲間にしてあげたいワァ」
「し、しょ……アガァッ!」
「うるさいわね、せっかくアタシの影人形を使ってリンカーナイツに引き込んだのに……使えないコはもういらなイワ」
驚愕の事実を知り、仰天するチェルシー。一方、瀕死の悟は師に助けを求めるが……返ってきた答えは無情なものだった。黒い剣が現れ、悟へと落下し胸を貫いた。
「大変だったのヨォ? 影人形を使ってニセの反異邦人団体を作るのハサ」
「おい、待てよ。じゃあアレか? こいつを引き込むためにわざわざ回りくどいことをして、恋人を殺したってのかよ!?」
「そうヨォ? 未開種への強~い強~い憎しみを持つコが欲しかったからネェ。回りくどいのは承知でサッちゃんをリンカーナイツに加わるように仕向けタノ」
「……外道が! 降りてきやがれ、テメェもぶっ殺してやる!」
「あ~ら、嫌ヨォ。アタシ、こう見えて忙しイノ。使えないガラクタの処分をしに来ただけよ、探さなきゃいけなイノ。どこかに逃げたルケイアネスの王子ヲネ。というわけで、さよナラ~」
「あっ、待ちやが……ぐうっ!」
ベルメザは漆黒の熱波を放出し、チェルシーが怯んだ隙に飛び去ってしまう。残されたのは、チェルシーと瀕死の重傷を負った悟だけ。
情報の洪水に呑まれ、まだ混乱から抜け出せていないチェルシーだったが……悟の呻き声を聞き、我に返る。再びハンマーを振り上げ、静かに告げた。
「真相がどうであれ、だ。アタシはお前をここで消す。それが……エレインへの手向けだからな」
「もう……がふっ、どうでもいい。俺は……ただの道化だった。師匠に……いや、ベルメザの手のひらの上で踊るだけの……滑稽な……」
「テメェの所業を許すつもりはこれっぽっちもねえ。だがよ……お前とお前の恋人も、あの羽野郎の被害者だってんなら。羽野郎をぶっ殺して無念を晴らしてやる。だから安心して眠れ」
「……こんな俺のために、何故」
「さあなあ、それはくたばった後にテメェで考えな。……タイタンズハンマー!」
鉄槌を振り下ろし、悟にトドメを刺したチェルシー。事切れたのを確認した後、遺体を担ぎ歩き出す。しばらくして、彼女は立ち止まった。
「ここら辺でいいだろ。埋めてやるだけありがたく思え、野晒しは流石に寝覚めが悪くなっからよ」
雑に穴を掘り、悟の死体を埋める。トドメを刺す際、神の血への覚醒は時間切れとなり効果を発揮していなかった。あえて再発動させず、悟に転生の機会を与えたのだ。
「……一度だけ、テメェにチャンスをくれてやるよ。もし本当に輪廻の加護とやらで転生出来たんならよ、今度は……リンカーナイツに入らずに真っ当に生きな」
小さな声でそう呟いた後、チェルシーは妹の眠る霊園がある方角を見つめる。悟は倒したが、それで全てが終わったわけではない。
彼すらも手玉に取り、悪へと落とした真の黒幕たるベルメザを倒すその時まで。チェルシーの復讐はまだ終わってはいないのだ。
「もう少しだけ待っててくれ、エレイン。本当の仇、必ず……殺してやるからさ」
そう口にした後、チェルシーはマジンランナーを呼び出す。魔導エンジンを吹かし、その場を去るのだった。




