78話─大地に立つ者
再び時はさかのぼる。神谷悟を伴い、転移したチェルシー。彼女が移動した先は、フェダーン帝国の南西部。妹であるエレインの墓所がある、霊園の近くだ。
「なんだぁ、ここは? 随分と寂れた荒野だな」
「こっから東に数キロ歩くと、ポガニ霊園がある。そこに眠ってるのさ、アタシの妹……エレインの亡骸が。テメェをここで始末して、エレインへの手向けにさせてもらう!」
「ハッ、未開種が吠えるじゃねえかよ。え? 無理だな、テメェはここで! 俺の黒太陽に焼き尽くされて死ぬんだ!」
チェルシーはハンマーを構え、悟は遙か空の頂に漆黒の太陽を創り出す。ついに訪れた仇敵との直接対決。今、正当なる復讐が始まる。
【9・6・9・6:マジンエナジー・チャージ】
「行くぜ、ビーストソウル……リリース!」
「来やがれ、妹の元に送ってやるよ! ソルブラストレーザー!」
「ムダだ、んなもん今のアタシにゃ効かねえよ! ビーストアクセル!」
獣へ化身したチェルシーは、太陽光線が降り注ぐ中躊躇なく走り出す。光線が直撃しても、一切傷を負うことなくピンピンしていた。
舌打ちした悟は、相手の突撃を避けつつ思案する。何故チェルシーは光線の直撃を食らっても無傷なのか。その謎を解き明かすべく、脳をフル回転させる。
(あのアマ、どんなカラクリを使ってやがるんだ? ちょっと掠っただけで瀕死になる俺の太陽光線を食らって、無傷なんてのはまず有り得ねえ。必ずインチキの正体を暴いてやる!)
不愉快そうに顔をしかめつつ、悟はチェルシーの攻撃が届かない空中に浮かび上がる。安全を確保し、少しずつ謎を解き明かしていくつもりらしい。
対するチェルシーは、ハンマーで地面を砕き土塊をいくつも作り出す。それらを魔法でコーティングし、強度を確保してから思いっきり上空へスイングした。
「空に逃げたってムダだぜ! アタシは飛べねえけどよおー、こうやってテメェを攻撃する方法はいくらでもあるんだからなぁ!」
「フン、いくら強度を上げたといっても所詮は土くれ! レーザーで破壊するのはワケねえんだよ! ソルメテオレイン!」
「あー、めんどくせ。とっとと引きずりおろしてシバいてやらねえとな」
次々と土塊を打ち上げるチェルシーだが、全て悟に届く前に太陽光線で撃墜され、粉々にされてしまう。心底面倒臭そうに肩を回しつつ、攻撃を続行する。
(いくら異邦人たぁいっても、魔力は無限じゃねえだろ。こっちはシャスティから教わったカス対策がある、どっしり構えて長期戦で行かせてもらうぜ)
チェルシーの方も、理由は違えど悟同様に腰を据えて戦う道を選んだ。彼女の余裕の正体、それは対悟用にシャスティから伝授された守りの秘技だ。
『いいか、チェルシー。大地ってぇのはスゲェもんだ。何があっても揺るぎやしねえ、生命の揺りかごなんだぜ。その力を守りに転用する方法、知りてえだろ?』
『そりゃあ、んなものあるなら飛びつきたいくらいだぜ。でも、ホントにあるのか? そんなものがよ』
『ああ。話を聞く限り、そのカス野郎の能力はヘカテリームとかなり近いタイプだ。おあつらえ向きに、アタシはその手の能力への防御技を長い時をあけて編み出したのさ』
土塊を飛ばすなか、チェルシーの脳裏にシャスティとのやり取りが思い出される。彼女から授けられた力こそ、悟を倒すための守りの要。それは……。
『もったいぶらずに教えてくれよ、頼むよ』
『ああ、よーく聞け! そして驚け! アタシが生み出した防御法、その名も【堅牢なる大地】! 簡単に言やあ、自分の受けた攻撃のダメージを地面に拡散させて無効化しちまう技だ!』
『そんなこと出来んのか!? スゲェな、その技がありゃあのカス野郎にも対抗出来るじゃねえかよ!』
シャスティが生み出した秘技。それは、実体・非実体を問わずあらゆる攻撃によるダメージを地面に逃がし、肩代わりさせることで無力化するというものだった。
原理としては、アースによって落雷の被害から身を守ることと同じ。そのスケールが遙かに大きくなった、ただそれだけのこと。だがそれが、悟と戦うための切り札となる。
「チッ、イライラするな……。あの女、まるでダメージを食らいやがらねえ。なら、少し手を変えてやる! こいつを食らいな、コルナウィンド!」
「ん? なんだ……熱風か? まずいな、吹っ飛ばされるような強風になったらイージスオブアースの効果が切れちまう」
あらかた土塊を消し飛ばしたところで、悟は戦法を変える。太陽光線の代わりに強い熱風を放ち、チェルシーを吹き飛ばしてしまおうと画策し始めた。
ダメージを与えられなくても、突風で吹き飛ばすことなら出来るはずだろうと考えたようだ。相手の戦法変更を受け、チェルシーは少し焦り出す。
イージスオブアースは、身体のどこか一部分でも地面に触れてさえいれば発動出来る。だが、逆に言えばどこも触れていないと効果が途切れてしまうのだ。
(奴を引きずり下ろすまでは、イージスオブアースの特性に気付かれるわけにゃいかねえ。仕方ねえ、魔力の消費がかさんじまうが一気に引きずり下ろしてやる!)
もしイージスオブアースのカラクリに気付かれれば、悟はあらゆる手段を用いて地面から引き剥がそうとしてくるだろう。そうなれば、勝利の可能性は低くなる。
そうなる前に相手を撃墜し、そのまま叩き潰す。魔力の大幅消耗を覚悟の上で、チェルシーは悟を引きずり下ろすため行動を開始した。
「いい加減飛ばれてるのもシャクだ、同じ土俵に引きずり下ろしてやるぜ! アースラントアームズ! ッラァ!」
「ん、なん……!? 土の腕だと!? チッ、もっと上に」
「行かせるか! 翼をもがれた鳥みてぇに無様に墜ちろ!」
チェルシーはハンマーを勢いよく振り下ろし、前方へ伸びる亀裂を生み出す。地面の亀裂が悟の真下に到達した瞬間、裂け目の中から土で出来た二本の腕が現れた。
相手の狙いに気付いた悟は上に飛んで逃げようとするも、もう遅かった。脚を掴まれ、勢いよく地面に叩き付けられる。その瞬間、チェルシーが動いた。
「よお、お帰り。早速だがテメェをぶちのめさせてもらうぜ! ビーストクラッシュ!」
「うがあっ! テメェ、俺の手脚を……げぶぅっ!」
「変な真似出来ねえようにへし負ってやる、痛えだろ? テメェに殺されたエレインはなぁ、もっと痛かったろうよ。なぁ!」
立ち上がった悟の懐に飛び込み、横っ面を拳で殴り付ける。倒れた相手の四肢にハンマーを打ち下ろし、逃亡も反撃も出来ないよう骨をへし折った。
チェルシーのすぐ近くに自分がいるがゆえに、悟は黒太陽を用いた反撃も出来ない。巻き込まれ上等で攻撃をするほど、覚悟が決まっていないのだ。
「テ、メェ……!」
「さーてと、このまま消滅させちまうのは簡単だ。だがよ、それじゃアタシの腹の虫が治まらねえ。なんでエレインを殺した? その理由を聞いてからじゃなきゃ復讐は終わらねえ」
「……話さないと言ったら?」
「指の先から少しずつテメェの身体を引きちぎってその気にさせてやるだけだ。大人しく話した方がすぐ楽になれるぜ? なんでエレインを殺した、言え!」
歯を剥き出しにしたチェルシーに唸られ、悟は観念し話し出す。何故エレインを殺したのか、その理由を。
「……復讐さ。俺の恋人を殺した、テメェら未開種共へのな」
「あ? どういうことだ」
「俺はかつて、恋人……加納愛菜と一緒にこの世界に転移してきた。リンカーナイツとはなんの関係もない、ただの異邦人としてな」
ハンマーを突き付けられながら、悟はチェルシーに語る。何故クァン=ネイドラの民を未開種と蔑み、殺して回るのか。そこに潜む真相は、果たして……。




