72話─太陽への腕試し
「まずは私から行くわ、みんなは下がってて!」
「おう、んじゃお手並み拝見といくぜ!」
鮮やかなオレンジ色の太陽が、湖畔の広場を模した訓練エリアの空に昇る。真っ先に挑むのは、アンジェリカとの修行で苦手な近接戦闘を学んだシャーロット。
指をクイクイ曲げ、かかってこいと挑発してくるヘカテリームに相対した彼女は、深呼吸してから闇の魔力を練り上げる。これまでのように、弓を呼び出すと思いきや。
「アンジェリカさんから教わった妙技、見せてあげる! 出でよ、フレイムディスロック!」
「黒い炎……面白い魔力の使い方ね」
「やった、あれこそファイヤーシャーロットだよ!」
「ありゃなんだ……棍棒? にしちゃ小さいな」
シャーロットが呼び出したのは、ドラムスティックほどの大きさをした闇の棒が二本。黒々と燃える炎のスティックを構え、ヘカテリームへ走り出す。
「行くわよ、磨き上げた格闘技術を見せてあげる!」
「来なさい、この攻撃を避けられたらの話だけれど。ソルライトレーザー!」
「太陽光線くらい、防ぐのは訳ないわ! ストライクパリィ!」
降り注ぐレーザーを、なんとシャーロットはスティックで弾いてヘカテリームの方へ向きを変えてしまった。これには魔女も目を見開き、驚きをあらわにする。
「まさか反射してくるなんてね、流石の私も予想外よ」
「とか言いながら、さらっと透明になってレーザーを避けてるじゃない。全く、当たってくれてもいいんじゃないかしら?」
「そんな甘えはダメよ。さ、他の三人も見てないでかか」
「それじゃ、遠慮なく。どうだい? 見違えるほど早くなっただろう。水の重りを使った訓練の賜物さ! 九頭龍剣技、弐ノ型……天風廻天独楽!」
「くっ! その技……思い出すわね、オボロのことを。彼の技、しっかりと受け継いだようね。フッ!」
「っと、褒めてくれるのは嬉しいけど……次がスタンバイしてるよ、バトンタッチさ」
シャーロットの反撃を難なくかわしたヘカテリームの背後から、突如としてミサキの声が響く。スピードをさらに磨いた彼女が、瞬間移動もかくやの速度で回り込んだのだ。
そのまま挨拶代わりに、先祖伝来の技をヘカテリームの背中に叩き込む。流石に二連続で意識の外からの攻撃はかわせず、魔女はどこか喜びを覚えつつよろめく。
「オー、なら次はワタシの番デス!」
「いいえ、私のターンよ。ヘリオスシールド!」
「おっと、これは……なるほど、光のバリアか!」
「私のフレイムディスロックで壊せるか試してもいいけど、ここはブリギットに見せ場を譲るわ! さあ、やっちゃいなさい!」
「ムダよ、ソルライトレイン!」
ミサキからの流れを受け、ブリギットが動こうとした瞬間。ヘカテリームは太陽の力を自身に注ぎ、ドーム状のバリアを展開して身を守る態勢に入った。
その状態で太陽光線を連射し、シャーロットたちを攻撃する。全員が回避に徹するなかただ一人……ブリギットだけが、仁王立ちして攻撃を迎え撃つ。
「フッフッフッ、リーリーパイセンのビリビリ修行でパワーアップしたワタシにエネルギーや魔力系の攻撃はもう無力デス!」
「なら、最大火力でぶっ放してもいいわね? 食らいなさい、コルナストリーム!」
「うおっ!? なんつー熱さ……逃げろブリギット、これはマジでやべぇって!」
「問題ないデスマス。あの雷ババアに仕込まれた新ギミックがあれば! ワタシは屁でもねーのデス! エレクトロアーマー展開!」
最大パワーの光線が発射されるも、ブリギットは不敵な笑みを浮かべたまま動かない。体内に施された機巧を稼働させ、全身に青白い電撃を纏う。
リリンとの修行……という名の改造によって新たに施された、魔力やエネルギーを吸収してしまう電撃の鎧が展開されたのだ。
「ふおおおおお!! エネルギー充填デース!」
「な、なにあれ……!? ブリギットの身体が成長してる!?」
「アタシよりデカくなってやがるぜ……いろいろと」
太陽光線をたっぷりと吸収し、己の肉体を増強するエネルギー源に変換したブリギットは凄まじいパワーアップを果たす。三メートルを超える巨躯となり、さらに胸も著しく成長した。
「くっ……!」
「くっ……!!」
「くっ……!!!」
「くうっ……!!!!」
「フフハハハ!! ワタシを恐れひれ伏すがよいデース!」
結果、シャーロットやヘカテリーム、チェルシーやミサキが精神的な敗北感を受けることに。誇らしげなブリギットは、ひとしきり自慢した後反撃に出る。
「伝説のスーパーブリギットになったワタシのパワー、見せてやるデス! ほあたーっ!」
「!? 私の太陽が……粉々に砕けた!?」
全身に力を溜め跳躍、渾身のサマーソルトを放って太陽を粉砕してみせたブリギット。大量の魔力を帯びたことで、非物質的存在も物理で破壊出来るようになったのだ。
「おー、こりゃすげぇ……って、まだアタシが修行の成果出してねーだろ! 先に太陽ぶっ壊しちまったら意味ねーだろがよえーっ!」
「んー……よくあることデス!」
「よくあってたまるか!」
一回賞賛するチェルシーだったが、すぐにツッコミを入れる。まだ自分の修行の成果をお披露目出来ていないのに、太陽が無くなってしまっては意味がない。
「安心なさい、私の魔力は無尽蔵にあるわ。すぐに二つ目を作るから、スタンバイしておきなさい」
「お、そりゃありがてえ。お前ら見とけよ、アタシが得た新しい力をよ!」
「ええ、それなりに期待しとくわ」
女たちの修行が盛り上がるなか、死天王に拉致されていったユウはというと……。
『はー、はー……。も、もう動けないです……精も根も尽き果てました……』
「やれやれ、少しシゴき過ぎたか? だが余たちを相手に無傷を通したのは賞賛に値するな、褒美に美味い水を飲ませてやろう」
「うむ、ここまでの機動力は並のノスフェラトゥスやスケルトンには不可能。流石、魔神の一族に名を連ねるだけのことはある」
四人が一斉に襲ってくるなか、ひたすら攻撃を捌く瞬間的な判断力や反射神経の訓練を行っていた。苛烈な波状攻撃に、もうヘロヘロだ。
だが、その甲斐あって自分の実力を死天王に認めさせることは出来た。疲労困憊ながらも、ユウはにへっと喜びの笑みを浮かべる。
「……なあアンジェリカ、リリンってショタには露骨に優しくなるよな。これがアタシらだったらよ、もうヘバッたのかって煽られまくってる頃だぜ?」
「鬼の雷ババアも可愛らしい子どもには勝てアバーッ!」
「……シャスティはともかく。貴様はいつまで経っても一言多い悪癖がなくならないなぁ、え? 駄嬢」
『ひえっ……』
ヒソヒソ小声で話していたアンジェリカに、文字通り雷が落ちた。アーシアに差し出された水を飲んでいたユウは、容赦ない制裁に恐れおののく。
「案ずるな、お前にはこんな真似はせん。もしやろうものなら、あの一万年猫ババアがガチな戦争を仕掛けてくるからな。そこまでは私は望まん」
『ね、猫ババア……』
「奴……アイージャとは初めて会った頃からお互いババアババアと罵りあう仲でな。ま、一種のコミュニケーションというやつだ。これがあやつと私なりの……な」
『な……なるほど?』
「あまり深く考えなくていいぞ、ユウ。リリンもアイージャも、お互い相手を信頼してはいる。いるからこその苛烈なスキンシップが……おや?」
休憩がてら、ユウの母親の一人……アイージャと自分との関係を話すリリン。そんななか、来訪者が一人。四肢を切り落とされ、ダルマになったアストラルコンビを持ってウィンゼルがやって来たのだ。
「やあ、数日ぶりですね。ご覧の通り、被害が出る前に捕まえてきましたよ」
『それはありがたいのですが……なんでこんな姿に?』
「いやね、こいつら何度殺してもすぐ復活しちゃうんですよ。頭にきたんで、手脚をぶった斬って声帯も潰して連れてきたんです」
「……アンネローゼに似てきたなぁ、お前。その敵への容赦のなさ、あいつそっくりだぜ」
ユウはウィンゼルガアストラルの特性に苦労するかもしれない、と考えていたがここまでのことをするとは思っていなかった。
ある意味容赦のないやり方に、またしてもおののくことに。その隣では、黒焦げアフロヘアになったアンジェリカを突つきながらシャスティが呆れていた。
『ま、まあ経緯はとにかく。被害が出る前に捕まえられてよかったです、ここからはボクが処理しますからもう大丈夫ですよ』
【モータルエンド】
「むが、むぐぐ……!」
「アガアグ……!」
『それじゃ、ひと思いにあの世に送ってあげます! えいっ!』
ウィンゼルの手で再生機能を封じる処置を施されたアストラルCとDは、何の抵抗も出来ずユウによって処された。その様子を見ていたリリンは、興味深げにマジンフォンを見つめる。
「面白い装具だな、前に持ち帰ったサモンギアも味わい深いものだったが……いつか、その装具もいじくり回してみたいものだ」
「へっ、いじるっつっても専門チームの連中にいつも丸投げじゃねえか。キカイオンチのリリンおばあちゃアバーッ!」
「貴様も一言多いな? シャスティ」
『あ、あはは……』
今度はシャスティが処され、雷を落とされる羽目に。修行もいよいよ大詰め、ユウたちが大成するまでもう少しだ。




