70話─炎と水の超越者
ユウやブリギットがヘカテリームやリリンにしごかれるなか、同時にチェルシーたちも死天王との修行を開始する。百戦錬磨の英雄だけあって、一筋縄ではいかない相手だ。
「オーホホホ! それでは始めましょう、このわたくしに鍛えてもらえることを光栄に思ってくださいませ!」
「……そうね、お手柔らかにお願いするわ」
シャーロットがやって来たのは、豪華絢爛な舞踏会の会場を模した訓練エリア。初っ端からテンションの高いアンジェリカに辟易しつつ、愛用の弓を構える。
無い胸を張って高笑いしていたアンジェリカも、ここからは真面目モードだ。懐から燃え盛る炎のシンボルが埋め込まれた赤いネクロクリスタルを取り出し、目の前に掲げた。
「わたくしが司るは炎の厄災。猛る炎は数多の命を灰にし、その中より新たなる命の萌芽をもたらすのですわ。さあいきますわよ、ネクロソウル・リボーン!」
「! 凄い熱風……これが噂に聞くネクロ旅団死天王のパワーなのね……!」
アンジェリカが自身の胸にネクロクリスタルを埋め込んだ、次の瞬間。熱風が彼女を包み込み、その姿を徐々に変貌させていく。
炎のような赤い紋様が走る腕が左右二本ずつ増え、武道着が赤地に銀のラインが走るトーガへと変わる。その姿はまるで……。
「なんだっけ、知り合いの異邦人から聞いたことがあるわ。その姿……そうそう、確かテラ=アゾスタルにある阿修羅像とやらにそっくりね」
「オーホホホ! 腕が増えてお得ですわ!」
三面でこそないが、アンジェリカが変じた姿は日本等で見られる仏像の一つ……阿修羅像によく似ていた。本人的には、腕がいっぱいあればお得という理由でこの姿になったらしい。
「もちろん、その阿修羅像についても知っていましてよ。かの像の特徴を後付けし、わたくしはさらなるパワーアップを遂げたのですわ!」
「それは楽しみね、なら早速見せてちょうだい! ディザスター・アロー!」
「よろしくてよ、では刮目してご覧なさい! ペルソナチェンジ、【冷血の鉄仮面】!」
闇の矢が飛来するなか、アンジェリカは顔に右手をかざし横に振る。すると、頭部に変化が現れた。髪が長く伸び、目付きが切れ長になり大人びた顔になった。
さらに、両の頬に氷の結晶のような紋様が浮かび上がる。雰囲気もこれまでと異なり、落ち着き払った大人のソレとなり……。
「フッ、そのような矢……わたくしには効かなくてよ」
「え!? ちょ、直撃したのに!? それにその顔は……?」
「阿修羅像について学び、その果てにわたくしが会得した能力……【トライペルソナ】によるもの。三つの仮面を切り替え、その特性を活かして戦うのですわ」
「なるほどね、その顔の特性は……頑強な防御力ってとこかしら! 今度はダメージを与えてみせる、ディザスター・アロー【破壊】!」
冷静に解説するアンジェリカ目掛けて、シャーロットは第二矢を放つ。今度は破壊力を高めた、とっておきの一撃だ。これなら通ると思っていた、が。
「ええ、その通り。それもただ硬いだけではありませんことよ。このように飛び道具を反射も出来るのですわ! アイアンリフレクト!」
「そんな! 私のとっておきが……」
「ノンノン、今回の鍛錬の目的をお忘れになられたのかしら? わたくしが鍛えるのは貴女の格闘技術。さあ、武器を置きなさい。手取り足取り、教授して差し上げますわ」
「……そうね、私もそのつもりでここに来たんだし。いいわ、学べるものは全部学ばせてもらうわよ!」
相手に怪我をさせないよう、わざとあらぬ方向に矢を跳ね返すアンジェリカ。自慢の攻撃を防がれて意気消沈するシャーロット。
だが、すぐにやる気を取り戻し弓を虚空に消す。そんな彼女を見て、アンジェリカは口元に手を当て慎ましやかな微笑みを浮かべるのだった。
◇─────────────────────◇
「さて、準備はいいかな? ミサキ殿。余の鍛錬は甘くないぞ、覚悟しておくのだな」
「ふふ、楽しみだね。どんな修行に……ん? なんだい、この水のリングは」
「それは余の魔力を込めた枷のようなものだ。平たく言えば重りだ、身体を鍛えるには負荷をかけるのが一番だからな」
ところ変わって、草原を模した訓練エリアではアーシアとミサキの修行が行われていた。水のリングをミサキの手脚に嵌め、その効果を説明する。
透明だった水のリングが紫色に染まり、ズシッと重くなる。手を水平に伸ばすのもやっとなほどの、結構な重さがミサキを襲う。
「む……思ってた以上に重いね。これは刀を振るのが大変……おっと!?」
「ほう、避けたか。完全に虚を突いたつもりだったが、素晴らしい反射神経だな」
「酷いね、今心臓狙っていたね? 避けなかったら死んでいるよ?」
「安心しろ、死んだら蘇生させるだけだ」
「……君たちネクロ旅団の生死観はだいぶぶっ飛んでるね。死にすぎて感覚が麻痺してるのかい?」
リングの重さに驚くミサキに、いきなり槍を突き出すアーシア。咄嗟に避けるも、完全には回避出来ず服がちょろっと切れてしまった。
ジト目で文句を言うミサキに、アーシアは平然とそう答える。あまりにもかけ離れた価値観に、ミサキは呆れ返ってしまう。
「否定はせん、我ら死天王は多くの死と蘇生を繰り返してきたからな。どうしてもそこで甘えが出てしまう。特にこういう鍛錬の時ならなおさら、な」
「とか言いながら連続で突くのはやめてくれるかい? 流石に怒るよ、私の腕に宿る白炎で焼き尽くしてあげようかな!」
「ほう、面白い。ならこちらも少し本気を出すとしよう」
アーシアは話をしながら、容赦なく突きを繰り返す。そろそろ避けられなくなってきたため、ミサキは抜刀し反撃の構えを取る。
それを見たアーシアは、望むところだと笑いながらネクロクリスタルを取り出す。しずくのシンボルが入った青色のソレを、己の胸に埋め込む。
「余が司るは水の厄災、荒れ狂う濁流は全てを押し流し万物を母なる海へ還す。そして新たなる命を生み出し、輪廻を続ける! ネクロソウル・リボーン!」
直後、アーシアの足下から渦巻く水が現れ身体を覆い隠した。ミサキが斬りかかるも、別の場所に転移して逃げてしまう。
「先ほどの趣向返しというわけかな? 面白い娘だ、気に入ったぞ」
「! その姿……フッ、私の腕に宿る暗黒邪炎竜ほどではないが。なかなかイカす姿じゃないか」
少しして、水が弾け飛びアーシアの姿があらわになる。下半身がイルカに、水色の髪はメデューサのように無数のウミヘビになっていた。
魚鱗を思わせる青色のスケイルアーマーを身に付け、トライデントに変化した槍を構える姿はまさに海を支配する女王……そう呼ぶのに相応しいものだと言えよう。
「……その竜とやらを見てみたいものだな。本当に存在しているのなら」
「残念だったね、私の施した封印はとんでもなく強いんだ。もう二度と現世に現れることはない、私が生きている間はね」
「……なるほど。そういうことにしておこう」
すでに旅団に在籍している異邦人から中二病の概念を教えられていたアーシアは、ミサキの言動から彼女もソレではないかと疑う。
上手くはぐらかされてしまったため、とりあえずは不問にすることに。今はそんな問答よりも、彼女の修行が最優先なのだから。
「さあ、来るがよい。言っておくが、余の姿を見て地上なら楽に勝てるだろうと思わぬことだ。この姿でも、空中を泳ぐことが出来るのでな」
「へえ、それは面白いね。まるで牙の魔神……クイナ様みたいだ」
「あやつか。あの者の戦闘スタイルは、この姿で戦う時の参考になっているよ。……さ、ムダ話はここまで。ネクロ旅団死天王が一人アーシア、参る!」
ユウやブリギットに続き、シャーロットとミサキも修行を始める。偉大なる死天王たちとの鍛錬を終えた時、彼らは何を得ているのか。
その答えは、いずれ出る。
面白いと感じていただけましたら、ブクマ・評価等していただけると嬉しいです。




