68話─魔女と超越者
「さあ、行きますよ。ウォーカーの門を作ってイゼルヴィアに」
「え、ウォーカーって……確かリオ様たちと敵対してるヤベー連中だろ? なんでそいつらの力を使えるんだ?」
「僕のご先祖様がウォーカーの一族だからですよ。あ、安心してください。リオ様からはウォーカーの力を使う許可をもらっているので」
「そっか……なら安心、なのかな?」
そんなやり取りをした後、ウィンゼルは黄金色に輝く丸いゲートを作り出す。ウォーカーの一族が用いる、並行世界を渡る力。
かつてリオたち魔神一族が根絶した、ウォーカーの一族の旧世代最後の生き残りであるフィルから受け継いだ大切なものなのだ。
門を通り、ウィンゼルはユウたちをもう一つの大地へと誘う。くぐり抜けた先には、巨大な建造物がそびえ立ちその威容を見せ付けていた。
「オー、これが噂に聞く【ルナ・ソサエティ】の本部デスか。想像よりデカいデスねー」
「なんだそりゃ。ユウ、知ってるか?」
『はい、パパたちから話だけは聞いてます。カルゥ=イゼルヴィアには、大地を統治する魔女たちの組織があるって』
「ええ、彼女たちは遙か遠い昔からこの大地を守護しているそうです。まあ、ご先祖様が生きてた頃は酷く腐敗してたそうですけど」
巨大な建造物を見上げるユウたちに説明しつつ、中に案内するウィンゼル。正面ゲートを通り、足を踏み入れた彼らを出迎える存在があった。
「お!? なんかすげぇのが歩いてんな。キカイの兵隊か!」
「ああ、あれはシルバリオ・スパルタカス。三百年前、ソサエティと敵対していたレジスタンスがジェディン様の手を借りて作り出したんだ。自律機動型のマキーナをね」
「へえ、ってことは中には誰もいないのね」
「そうさ、ナカに誰もいませんよってわけだ。ふふふ」
「……ミサキの振ってくるネタは異邦人じゃねーと分からねーな、うん」
銀色の鎧兜と盾で武装し、背に翼を生やした騎士のような姿をしたインフィニティ・マキーナ。そのスタイリッシュな姿に、ユウは尻尾をブンブン振る。
なんだかんだで、彼もまだまだかっこいいものに憧れるお年頃なのだ。そんな彼らを連れ、ウィンゼルはソサエティ本部の中を進む。
「さあ、着きましたよ。ルナ・ソサエティを支える大幹部……【月輪七栄冠】の執務室に」
「ずいぶんと物々しい部屋ね。どんな人たちがいるのかしら」
「そんなに身構える必要はありませんよ。今は七人のうち二人しかいませんから」
「おや、また誰か『遠征』に出ているのかい? ゼル」
「そうなんだよ、ミサキ姉さん。基底時間軸世界から侵入してくるウォーカーの一族たちを叩き潰すのに、みんな忙しいんだ。さて、ムダ話は終わり。中に入ろう!」
魔女たちは魔女たちで、厄介事を抱え込んでいるらしい。ウィンゼルとミサキの会話からそれを察し、どこも大変だと同情するユウなのだった。
「失礼します。ヘカテリーム様、今お時間ありますか?」
「あら、ゼル。財団のところに行っていたはずなのにどうし……! ミサキ、久しぶりね。里帰りしてきたの」
「ええ、お久しぶりですヘカテリーム様。相変わらずの美貌、羨ましく思いますよ」
「いいのよ、そんなお世辞は。ところで、そちらの方々は?」
「実はですね……」
部屋の中では、一人の女が書類を書いていた。燃える炎のような長い赤い髪をヘアバンドで束ねた、柔らかな物腰の人物だった。
ヘカテリームと呼ばれた女は、ウィンゼルやミサキからユウたちのことを聞かされる。彼らの来訪理由を知り、ヘカテリームは小さく頷いた。
「そういう事情であれば、私たちが快く協力させてもらうわ。ちょうど今、カルコート地区にある演習場にネクロ旅団も来ているし。彼らにも力を貸してもらいましょうか」
『協力してくれてありがとうございます、ヘカテリームさん!』
「ふふ、貴方を見ていると思い出すわ。あの日、自分を犠牲にして二つの大地を救った小さな英雄のことを。その真っ直ぐさ、とても好感が持てるわ」
「僕もユウさんたちの力に」
「いえ、貴方には任務を与えるわゼル。どこかに逃げていった、そのアストラルとかいう不穏分子を見つけ出して消しなさい」
「あー、ですよね。分かりました、後始末はちゃんとやりますよ。つよいこころ軍団を使って探してきます」
「頼んだわよ、この三百年ずっと見てきたけど……変わらずウォーカーの一族の脅威が続いてる。これ以上厄介の種を増やしたくはないの」
ウィンゼルも修行に協力……とは残念ながらいかなかった。大破して逃げていったアストラルコンビの撃滅を、ヘカテリームに言い渡されたからだ。
「なあ、一つ聞いてい……おごっ! い、いいですか?」
「あら、なにかしら?」
「ヘカテリーム……さんって、何歳なんだ……ですか? まさかホントに三百年生きてたり……?」
話が進むなか、チェルシーがヘカテリームに質問をする。が、いつもの調子で砕けた口調を使おうとしたため、シャーロットに足を踏まれ訂正する羽目に。
悶絶しつつ言い直し、相手の答えを待つ。凄く小さな声で『テメェ後で覚えとけよ……』とシャーロットに耳打ちするも、華麗にスルーされた。
「ええ、そうよ。私たちルナ・ソサエティの魔女は不老長寿の魔法を使って長い時を生きているの。知識の散逸を防ぐためにね」
『ほえー、そうなんですか。じゃあ、フィル様やアンネローゼ様と直接の知り合いなんですか?』
「そうよ。まあ、彼から聞いているとは思うけど最初は敵同士だったの、私たち。……さ、油を売るのはおしまいよ。私が演習場に連れて行ってあげる、ついてきて」
書類作成をやめ、ヘカテリームはユウたちを連れて執務室を出る。ここからはウィンゼルとは別行動になるため、一旦彼と別れることに。
廊下を進み、バルコニーに出たヘカテリームは演習場へ直接繋がるワープゲートを作り出す。ユウたちに声をかけ、部下やネクロ旅団のいる目的地へ向かう。
「さ、ついたわよ。ここがルナ・ソサエティとギアーズ技術財団が共同で使っている演習場よ」
「オー、とんでもなくデカいデス。キュリア=サンクタラムにある魔神用の演習場と、どっちが広いデスかねー?」
「広さなら負けないわよ? 設備の充実っぷりは流石に負けるけど」
ミサキ曰く、テラ=アゾスタル風に言えば、演習場は東京ドーム三つ分の広さを誇るらしい。中ではすでに、魔女たちとネクロ旅団の者たちが模擬戦闘を行っていた。
「む、ようやくお偉いさんが……お? ユウたちではないか、何故ここに?」
『お久しぶりです、アーシアさん。無事サンダーソード作戦成功したみたいですね、聞きましたよ』
「ああ、理術研究院の奴らに一泡吹かせてやった。それにしても珍しい、貴殿らがここに来るとは」
『ええ、実は……』
演習場の入り口から一番近い場所でネクロ旅団の戦闘員、ノスフェラトゥスを指揮していたアーシアが真っ先にユウたちの存在に気付く。
部下たちに声をかけ、一旦模擬戦闘を休憩しつつユウたちの話を聞く。彼らの来訪目的を知り、ヘカテリーム同様協力することを表明した。
「仇討ちのために実力を磨きたい、か。その意気やよし! 素晴らしい上昇志向だ、気に入ったぞ」
「へへ、ありがてぇことだぜ」
「その心意気に応じて、我らネクロ旅団死天王がユウ以外の四人の相手をしよう。ユウの相手はアゼル……いや、彼も彼で忙しいか」
「なら、私が相手をしましょう。月輪七栄冠最強を誇る『太陽』の魔女が力を貸すわ」
『! 太陽……はい! よろしくお願いします!』
魔女やノスフェラトゥスたちとの邂逅を果たしたユウと仲間たち。神谷悟を打ち倒すための修行が、ついに始まろうとしていた。




