63話─その怒りは冷たく広がる
悟とアストラルBが撤退した後、ユウはダメージを回復させながらシャーロットたちに連絡を取る。その間、チェルシーはずっと無言で座っていた。
その胸中に渦巻くは、仇敵を見つけた喜びか……はたまた、まんまと逃げられてしまったことへの苛立ちか。ユウは心配そうにチェルシーを見ていた。
「ユウくん、チェルシー! 大丈夫? 命に別状は……なさそうね、よかった」
『ええ、なんとか。ただ、チェルシーさんの様子が……その』
「……アタシなら大丈夫だ、ユウ。あのクソッタレが、どんな意図で撤退してったのかを考えてたのさ。あいつ、多分アタシを誘い出すつもりだ。頭に血が上って追っかけてくると思ってんだろよ」
シャーロットたちが到着し、ユウから一部始終を聞く。そんななか、ずっと黙り込んでいたチェルシーがゆっくりと立ち上がる。
「その手には乗らねえ、万全の態勢を整えてからぶっ殺してやる。エレインの仇討ちを確実に遂行するためにな」
「……意外ね、すぐにでもすっ飛んでいくかと思ってたわ」
「ハン、アタシをただの脳筋だと思うなよなぁ? 安心しろよ、少なくともユウに迷惑かけるような真似はしねえからよ」
『でも、無理はしないでくださいねチェルシーさん。ボクたちは仲間なんですから、支え合っていきましょう?』
「おう、ありがとよユウ。……アタシもやらねえとなぁ、修行。今のままじゃ、あの傷野郎にゃ勝てねえよなぁ……」
シャーロットやユウにそう答えた後、独りごちるチェルシー。悟どころか、アストラルB相手に後れをとる現状では、仇討ちなど夢のまた夢。
ユウがグランザームに鍛えてもらったように、自分もどうにかして強くならなければ。そんな思いを抱きつつ、ニムテに帰る一同。
『ただいま戻りました、任務達成の報告を』
「やや、お待ちしておりました! ユウ様、そしてお仲間の皆さん。いつも平和のために尽力していただき感謝しています!」
「あら? あなたは……新しい騎士団長さん。どうしたの、もしかしてクラネディア陛下のお使い?」
パラディオンギルドに向かい、報告をしようとするユウたち。そんな彼らを、騎士の青年が出迎える。フェダーン帝国騎士団の新任隊長だ。
「ええ、そうなんですよ。……数日前、北のルケイアネス王国から亡命なされた王子とその従者を保護しましてね。彼らに会っていただきたく、急遽ユウ様にご足労願うことになったのですよ」
『北? まさか……ボクたちの戦った頬傷の男と関係が?』
「! すでに出会していたのですか! なら話は早いですね、実は……ほんの少し前、その傷の男に滅ぼされてしまったのです。ルケイアネス王国が」
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「……なるほど。アタシの妹の仇でもあるそのクソ野郎が、たった一人で王国を滅ぼしたってことだな?」
「ええ、見聞を広めるため王都を離れていた第四王子……クリート殿下を除き王族は民諸共皆殺し。王子を守るため、直属の親衛隊もほぼ全滅……胸クソが悪くなる話ですよ、本当」
数十分後、新しい団長……ホロウィンから話を聞いたユウたちはティアトルルに向けてフォックスレイダーとマジンランナーを駆っていた。
ユージーンのガンドラズル襲撃と前後して、神谷悟がルケイアネス王国の首都……サーズダイルを襲撃したらしい。防戦かなわず陥落、そのまま滅亡したとのことだった。
ホロウィンと二人乗りし、話を聞いたチェルシーは怒りを燃やす。自分だけでなく、他にも被害者を出した悟への憎しみがどんどん募っていく。
「あんのクソ野郎……! ふざけたことしやがる、ぜってぇ許さねえ!」
「陛下も同じお心でして、今回クリート殿下からの救援要請にお応えすることを即決したのですよ」
「おう、そりゃいいことだ。そんで、そのためにユウを呼んだんだろ?」
「はい、あのお方なら……奇跡の御子様ならば必ず。ルケイアネスの民の無念を晴らしてくれるだろうと陛下はお考えです」
現在、滅ぼされた首都以外の街とそこにあるパラディオンギルドと連絡が途絶、クリートとその従者リティアしか情報源がない最悪の状態になってしまっている。
流石に全てのギルドが陥落したとは考えていないが、それでも最悪の事態を想定しておかなければならない。チェルシーは腹に力を込め、アクセルを踏む。
「……上等だよ、あの野郎。散々ふざけたことしてくれやがった礼、何倍にもして返してやる」
そう呟き、チェルシーは先頭にいるユウに追従する。それから二日後、帝都ティアトルル……から少し離れた皇族の離宮にユウたちは到着した。
「へえ、緑溢れるいいところだね。うん、小川のせせらぎが聞こえてくるよ」
「ここは歴代の皇帝とその家族が日頃の疲れを癒やしたり、療養のために使っていた場所だ。クリート殿下も、ここで心身を休めておられる」
『可哀想に……家族をみんな殺されてしまったんでしょう? アストラルBと一緒にいたあの男、絶対許しませんよ……!』
クラネディアと合流し、彼女と一緒に離宮を仮の住まいにしているクリートたちの部屋へと向かう。部屋の扉をノックするが、返事が無い。
「おや? 鍵がかかっているな、寝ているのかな?」
「あ、陛下! この部屋に泊まっているお二方でしたら、庭の方にいますよ。クリート様が遊んでいる最中なんです」
「そういうことか、何かあったのかと肝を冷やしたぞ。ユウくん、ついてきてくれ。当離宮自慢の庭へ案内しよう」
『はい!』
が、クリートとリティアは部屋にいなかった。少しでも王子の心のケアになればと、庭で遊んでいるらしい。そのことを通りかかったメイドから聞き、一行は庭に出る。
「みてみて、リティア。あおむし! かわいいよ~」
「そ、そうですね殿下。ですが、あまり私に近付けるのはやめていただきたく……おや? クラネディア陛下!」
「やあ、メイドからここにいると聞いたよ。クリート殿下、多少は調子が良くなられたようで……何よりです」
「あ、こーてーへーか。……そのひとたちは?」
『ボクは北条ユウ、パラディオンギルドに務める聖戦士の一人です。遅ればせながら、殿下の祖国で起きた悲劇を聞き……助けとなるべく、馳せ参じました』
庭で捕まえた青虫を手に乗せ、楽しそうにしていた茶髪の少年……クリートはユウたちに気付き問いかける。ユウが答えると、途端に顔が曇る。
「……どうして」
『え?』
「どうして、みんながしんじゃうまえにきてくれなかったの!? たすけがこなかったせいで、ちちうえが、ははうえが……きしだんの、みんなが……うう、うええ……」
「殿下! ……申し訳ありません、少しお時間をいただきたく思います。殿下を落ち着かせますので」
『あ……はい、分かりました』
自分よりも幼い少年からかけられた言葉が、ユウの心に突き刺さる。ユウにはユウの事情があったが……今はそれを言っても仕方ない。
しばらくリティアがクリートをなだめすかし、ようやく落ち着いた。場所を応接間に移し、話し合いを再開する。
「……ごめんね、いきなりあんなこといって。わかってるんだ、ユウさまにはユウさまのじじょうがあるって」
『……いえ、クリート殿下のお言葉もまた事実です。事後の対応となってしまい、多くの人々が亡くなってしまったこと……申し訳なく思います』
どんなに幼くとも、王族として培った礼節を身に付けているらしい。クリートは先ほどの言葉を詫び、ユウに頭を下げる。ユウもまた頭を下げ、犠牲者へのお悔やみを述べた。
「デモ、なーんか変な話デスね。相手がトップナイトとはいえ、たった一人に王国軍やサーズダイルに常駐してるパラディオンが全滅するとは思えないデスよ」
「それについては、私から話しましょう。あの日、王都で何が起きたのか。あの頬傷の男がどうやって群がる敵を滅ぼしたのかを」
肩まで伸びた水色の髪を持つ、温和そうな雰囲気を醸し出す女……リティアはブリギットの疑問にそう答える。そうして、彼女は語る。
如何にして頬傷の男こと、神谷悟がサーズダイルを滅ぼしたのかを。




