60話─そして不死鳥は灰になった
「……っし、これで襲ってきたリンカーナイツのクズどもは一掃出来たか?」
「ええ、撃ち漏らしがなければね。それにしても驚いたわ、こんなに早くユウくんが戻ってくるなんて。ま、ユウくんが勝つって信じてたから不安はなかったけど」
『ボクもビックリです、シャロさんたちの方も敵を全滅させてたなんて。加勢する気満々だったんですが……』
ユウとユージーンの戦いから、一時間が経過した。大将を欠いたリンカーナイツの部隊は烏合の衆同然だったようで、あっさり全滅していた。
先んじて本隊のところに戻り、戦っていたシャーロットたちはユウの帰還後、お互い顔を見合わせながら苦笑する。戦いの幕引きは、いやにあっさりしたものだった。
「デモデモ、ゆーゆーが二人もトップナイトをぶっ潰したのは快挙デスよ! またまた伝説に一歩近付いたのデス!」
「おう、めでてぇ話だよな。今度こそ完全に消滅したんだろ? あのデカブツは」
『ええ、ギルドの人を連れて行って現場を調査してもらいました。バッチリお墨付きですよ』
戦いが終わってからすぐ、ユウはギルドの職員にユージーンを撃破したことを告げて現場検証してもらっていた。結果、ユージーンの完全撃破が証明された。
永宮久音に続き、二人目のトップナイトを討ち滅ぼしたことでパラディオンギルドの士気はより高まった。リンカーナイツの撲滅に向けて、みな気持ちを新たにしたようだ。
「フッ、喜ばしいね。見てごらんよ、吉報に街の人たちも大喜びさ」
「これは今夜、また大騒ぎね。チェルシーにブリギット、また悪酔いして吐いたりしないように気を付けてよ?」
「お、おう。努力するぜ……一応」
「ミギニオナジデス」
『ぷっ、ブリギットさんカタコトになってますよ』
すでにユージーン討伐の報はガンドラズル全域に広まっており、人々は若きパラディオンの活躍に歓喜していた。またやらかすだろうと、シャーロットは先にチェルシーらに釘を刺す。
「宴の前に、だ。一度休まないかい? ユウくんも疲れただろうしね」
「ええ、ミサキに賛成だわ。パーッと騒ぐのは疲れを取ってから! 宴の最中に倒れたら事だものね」
『そうですね……正直クタクタです。初めてビーストコンバートしたので、体力がもー限界で……』
ミサキの提案により、一度宿に戻って疲れを取ることに。特に、激闘を制したユウはかなり疲れているようだ。そんな少年をチェルシーが背負い、宿に向かう。
「っし、ならアタシが担いでやるよ。眠いなら寝てていいぞ、着いたら起こしてやっからさ」
『ありがとうございます、チェルシーさん。お言葉に甘えて一眠り……あふ』
「おやすみ、ユウくん。ふふ、あどけない寝顔だ。とても愛らしいよ」
チェルシーの広い背中をベッド代わりに、ユウはすやすやと眠りに着く。そんな少年のほっぺたを、ミサキが指で突っついていた。
◇─────────────────────◇
「行けえぇー! ……きゃあっ!」
「これ以上は進ませ……くあっ!」
「フン、次から次へと女どもが湧いて出てきやがる。さっさと死んで退きな、どれだけ来ようが結果は変わらねえからよ!」
クァン=ネイドラの北、雪と氷に覆われた国……ルケイアネス王国。フェダーン帝国との国境にほど近い街道で、戦いが起きていた。
赤い鎧とマントを身に着け、頬に抉れたような傷を持つ男が、襲い来る女性騎士たちを大槍で斬り伏せていく。彼の狙いはただ一つ。ルケイアネス王子、クリートの首。
「怯んではなりません、我ら氷狼騎士団の役目は王子をお守りすること! この身を盾とし、何としてでもクリート殿下を守り抜くのです!」
「ムダだってのによ。どう足掻いても、未開種如きがトップナイトである俺に勝てるわけゃあねえんだ!」
遠吠えする水色の狼が描かれた紋章が着いた、白いサーコートを纏った青い鎧姿の女性騎士たちは敵対者を足止めするために果敢に挑みかかる。
その様子を、騎士団の長に抱えられた幼い王子は涙を流しながら見ていた。主君を守るべく、騎士団長は馬を南へと走らせる。
「リティア、もどってよ! きしだんのみんなが……!」
「殿下、申し訳ありません。私たちの使命は貴方様をお守りすること。そのためならば皆、命を捨てる覚悟を決めています。ここで私たちが戻れば、彼女らの献身がムダになってしまうのです。どうかお許しを……!」
「うう……うぇぇぇん……」
まだ八歳の王子には、あまりにも辛い言葉をかけねばならないことを歯噛みする騎士団の長、リティア。彼女の後方からは、部下たちの断末魔の叫びが聞こえてくる。
「団長、ここは我々に任せてお逃げください! 王子を守り抜き、いつの日にか……我らの、ルケイアネスの民の仇を討ってください!」
「ひい、ふう、みい……あと八人か。もう面倒だな、全員纏めてかかってこい。一気にブチ殺してやるよ、薄汚い未開種をな!」
「やれるものならやってみろ、我ら氷狼騎士団はただでは倒れぬ! お前たち、行くぞ!」
「おおーー!! 副団長に続けー!」
自ら捨て石の役目を負った副団長は、生き残っている部下たちと共にトップナイトに攻撃を仕掛ける。少しでも長く、多く。時を稼ぐために。
(王子……生きて、生き延びてください。貴方さえいれば、ルケイアネスは復興出来る……。我らは、貴方にお仕え出来て……幸せでしたよ、クリート殿下……!)
だが、その想いも虚しく……槍の一振りで、胴を両断されてしまう。薄れゆく意識のなかで、副団長は主の生存を願い……感謝の思いを抱き、息絶えた。
それから少しして、戦いは終わった。騎士団は全滅したが、クリートとリティアを逃がすという役目は果たすことが出来た。その命と引き換えに。
「チッ、吹雪いてきやがったか。これじゃあ追跡は出来ないな、クソッ! 猿以下の未開種の分際で! 俺を苛立たせるんじゃねえよ!」
追跡を阻むかのように吹雪が吹き荒れ、南への道を閉ざす。それが癪に障ったようで、男は腹いせに副団長の遺体を踏み付け損壊させていく。
「クソッ、クソッ! 苛つくぜ、てめぇら未開種のせいで」
「そこまでにしておけ。やってくれたな、神谷悟。オレのプランでは、まだルケイアネス王国を攻めるつもりはなかった。それをよくもまあ、狂わせてくれたな」
「レオンか。何度も言わせるな、そんなのは俺の知ったこっちゃねえんだ。俺はさっさとこの世界に蔓延る未開種を絶滅させてぇんだよ!」
そこに、トップナイトたちのリーダー……レオンが転移魔法で姿を現す。男……悟の行動は予定外のものだったらしく、強い口調で彼を非難した。
一方、悟は悟で逆ギレしレオンにそう反論する。その上で、処刑なりなんなり好きにしろと言い放つ。そんな彼を見て、レオンはため息をつく。
「……まあいい、やってしまったものは仕方がない。だが、ルケイアネス王国を勝手に壊滅させたペナルティは受けてもらう」
「チッ、ふざけんな。俺はな」
「三年前、お前が仕留めずに放置した女がパラディオンとなり我らの脅威になっている。そのツケを払え、今度こそそいつを仕留めて脅威を排除しろ。それが出来なければ、お前をトップナイトの地位を剥奪する」
「……なんだ、未開種を殺せばいいのか。いいぜ、そんなペナルティなら歓迎だ。すぐに殺して首を持ってくる、待ってろ」
レオンにそう答えた後、悟は吹雪の中へと歩き出す。風でマントがめくれ、胸に着けられている白いウロボロスのバッジがあらわになった。
「……俺は未開種どもを許さねえ。善人だろうが悪人だろうが皆殺しにしてやる。絶対にな」
憎々しげな口調でそう呟きながら、悟は吹雪の中を進む。激闘が終わったのも束の間……北の地から、新たなる脅威が現れようとしていた。
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