57話─魔魂片を封印せよ!
逃げることなく待ち構えているユウ目掛けて、ヴィトラが突撃する。そして、少年の肉体に入り込み……今度こそ彼の魂を消し去り、身体を奪わんと侵食を始めた。
『今度は我が勝つ、貴様の全てを奪ってくれようぞ!』
『く、う……! 意識が、薄れ……』
『フハハハハ!! 言ったであろう? 我は力を蓄えてきたのだ。二度してやられぬよう準備したのは貴様だけだとでも? とんでもない、我もなのだよ!』
体内に溶け込んだヴィトラによって、意識を奪われはじめるユウ。予想以上の干渉力の強さに、意識を失わないようにするだけで精一杯なようだ。
どうにか踏ん張り、意識がブラックアウトしないよう耐える。ここで気を失ってしまえば、事前に立てた作戦がムダになってしまうからだ。
『く、ボクは……負け、ません……!』
『フン、ムダな足掻きを。今度はより貴様の深い部分まで潜ってやろう、心の領域全てを我が塗り潰してくれる』
片膝をつくユウを余所に、ヴィトラは少年の精神世界を目指す。ユウの精神を完全に掌握し、魂を取り込む形で融合して肉体を奪うつもりなのだ。
肉体に溶け込んだヴィトラは、首尾よくユウの精神世界に到達した。後は隅から隅まで回り、自身の魔力で染め上げれば融合が完了する。
『さて、せっかくこうして精神世界に侵入出来たのだ。この者の記憶を覗き見て破壊してやろう。ククク……』
ユウの魂の力を弱めるため、過去の記憶を破壊しようと目論むヴィトラ。精神世界に入り込んでしまえば、記憶へのアクセスは簡単なことだ。
過去の幸福な記憶を破壊し、ついでに恥ずかしい出来事があれば嘲笑ってやろうと考えるヴィトラだったが、彼女が見たのは……。
『このクズ! お前はどうして普通に話せないの!? お前は戦国時代に名を馳せた北条一門の末裔、なのになんでそんな出来損ないなのよ!』
『あぐっ! ご、ごめ、ごめなさ……』
『謝罪すらまともに出来ないわけ? 小田原の戦いで降伏して切腹したご先祖様のようにお前も腹を切るか!? え!?』
『う、うええん……』
『……なんだ、これは。あのガキ……どんな半生を歩んできたというのだ?』
転生する前の、心の奥深くに封印されていた記憶だった。まるで予想していなかったものを見たヴィトラは、言葉を失ってしまう。
そんな彼女に容赦なく、ユウの辛い記憶が流れ込んでくる。流石の魔魂片も、これには困惑して思考がフリーズしてしまった。
『うぷ、うええ……』
『お前みたいな欠陥品には生ゴミで十分よ。吐いたら自分で掃除しなさい。フン、汚物には汚物がお似合いね』
『うう……』
『何かしら、その目は。欠陥品のクセに反抗するんじゃないわよ!』
『ひぐっ!』
続いてヴィトラが見たのは、ユウが母親によって生ゴミを食べさせられている場面。嘔吐した幼い少年を容赦なく蹴り上げる女を見て、ヴィトラは不快感をあらわにした。
『この女……自分の子にこんな行いをするなど正気か? くっ……思い出したくもないことを、我も想起してしまう……』
胸糞が悪くなる記憶を見せられたヴィトラは、遠い過去を思い出す。彼女がまだ、砕けた魂のカケラとなる遥か昔の時代。
終焉の者が世界の破壊者となる以前。その者もまた、多くの悲しみを背負った存在であった。当時抱いた怒りと悲しみが、今ヴィトラの中によみがえった。
『……バカな、同情しているというのか。この我が、この小僧に。だがどうしても……重ね合わせてしまう、かつての我と』
ユウの記憶に惑わされず、さっさと乗っ取りを進めてしまえばいい。頭では理解していても、ヴィトラは行動に移ることが出来ずにいた。
遠い昔、彼女はユウとは違うベクトルで悲しみを背負っていた。信じていた神々に裏切られ、守るべき故郷を失い……絶望と悲しみを抱いた。
基底時間軸世界から遠く離れた、今は滅び去った並行世界での記憶が今もなおヴィトラを苦しめている。そして、その苦しみがユウへの憐憫の感情を抱かせているのだ。
『我は……いや、我にも譲れぬものがある。そのためには貴様の肉体を貰う! 覚悟せよ、ユウ・ホウジョ……!?』
『ふふふ、かかりましたね。待っていましたよ、お前が精神世界を汚染しようとする瞬間を! さあ、今こそこの力を振るう時! 封魂のランタンよ、悪しき魂を永遠に封じなさい!』
非情に徹し、ユウの精神世界を乗っ取ろうとしたその時。巨大なランタンが出現し、ヴィトラを閉じこめてしまった。驚く彼女の元に、ユウの声が届く。
『貴様、一体我に何をした!?』
『ボクの記憶を見るのに夢中になってる間に準備を完了させましてね、お前を閉じ込めてやったんです。未来永劫出られない、魂の牢獄に』
『魂の牢獄だと? 愚かな、我は魔魂片ヴィトラ。終焉の者のカケラたるこの我を閉じ込められる牢獄など存在せぬわ!』
ユウの言葉を鼻で笑い、ランタンから脱出しようとするヴィトラ……だが、コリンたちが造り上げた牢獄はどれだけ暴れてもびくともしない。
どんなに強大な力を持つ魂でも脱出不可能な牢獄。そこにヴィトラを確実に閉じ込めるため、ユウは二日間ずっと準備してきた。
ランタンを自身の体内に取り込んで精神世界に安置し、わざとヴィトラを誘い込む。そして、相手が乗っ取りを行おうとした瞬間ランタンの中に封じるため。
『意識を失わないよう、ずっと踏ん張るのは大変でしたよ。でも、耐えた甲斐がありました。おかげでお前を』
『……一つ聞かせろ。ここで我が見た記憶。あれは真のものなのか? それとも、我を欺き呆けさせるための罠なのか?』
万全を期し、確実に敵を封じるために弄した索が見事成功したことを喜ぶユウ。そんな彼の言葉を遮り、ヴィトラは問いかける。
『……ええ。あれは本物です。思い出したくもない、転生する前に味わった地獄そのものです。あの痛みが、苦しみが……今もボクを縛り付けているんですよ』
『なるほど、な。腹立たしいことだ、こんなところで貴様と我に共通項を見つけてしまうとは』
『同情してるつもりですか? やめてください、お前にどんな過去があるのかは知りませんが……。ボクの過去はボクだけのもの、お前なんかに触れてほしくありません』
『そうか、まあいい。ユウよ、一つだけ警告しておく。我を永久にこの牢獄に閉じ込めておけると思っているのなら、それは間違いだぞ。いずれ我は抜け出すぞ、この場所を』
『やれるものならやってみなさい。この封魂のランタンだけでなく、ボク自身が無意識下でずっとお前を抑え付け続けます。脱出は不可能ですよ、永遠にね』
『ならば我はここで見届けよう、貴様の行く末とその果てにたどる末路をな』
そう言葉を交わした後、ヴィトラは沈黙し動きを止めた。言葉通り、精神世界で見届けるつもりなのだろう。これからのユウの行く末を。
ユウもまた、精神世界を離れ現実へと戻っていく。意識を覚醒させ、大きく深呼吸して心を落ち着ける。
『ふう、はあ……。一時はどうなることかと思いましたが、これで何とかなりましたね。さて、後は……ユージーンとの決着をつけに行きましょうか』
封魂のランタンと自身の魂の力、二つの相互作用によって誰にも影響を及ぼさずヴィトラを封印する道を選び、やり遂げたユウ。
だが、まだ休むことは出来ない。第二のトップナイト、ユージーンとの決着をつけねばならないのだ。彼と戦っているだろう仲間を探し、ユウは歩き出す。
『待っていなさい、三度目の戦いはボクが勝ってみせます!』
決意を固め、ユウは宿敵を探しに向かった。




