187話─取り戻した指輪
『むぐぐぐぐ……! よし、ようやく壊せました!』
「危ないとこだったな、次元乱気流が来るまでもう時間がねえ。裂け目の中に隠れてやり過ごすぞ! とりゃっ!」
それから十分近くかけて、仲間たちの魔力を受け取ったユウはようやくリングを破壊することが出来た。しかし、もう時間がほとんど残されていない。
ゾルネストが作り出した次元の壁への亀裂に飛び込み、身を潜めた直後。凄まじい嵐が吹き荒れ、宙に浮いていたリングの残骸をあっという間に吹き飛ばす。
「おー、ギリギリセーフってとこデスね。間に合ってよかったデス」
『そうですね、ブリギットお姉ちゃん。それにしても、ネイシアの奴……あんなことをしでかすなんて許せませんよ』
『ま、今憤慨しても仕方あるまい。我らの目的は指輪を手に入れることだ。最優先目標を見誤るな、先に進むぞ』
『……分かりました。でも、このままでは済ませません。指輪騒動にケリをつけたら、次はネイシアと魔魂片ルダを倒してやります』
間一髪、危機を凌いだユウたち。ホッと胸を撫で下ろした後、ネイシア……そしてコウキ少年の肉体を乗っ取り現れた、新たな魔魂片の撃滅を誓う。
が、今はそれよりも優先するべきことがある。ヴィトラに諭され、ユウは指輪の捜索を再開する。今度は誰にも邪魔をされず、気配を追って進んでいく。
しばらく時空の狭間を進んだ後、指輪の気配が強まったのをユウは捉えた。それを仲間たちに伝え、注意深く周囲を探る。
『この辺りに気配を感じます。どこかを漂ってるのか、それとも……。とりあえず探してみますね。こゃんっ!』
「ま、十中八九時空の壁の中身に埋まってるんだろうな。時空の狭間に落っこちたものはだいたいそうなるから」
「やけに詳しいデスね。それに、サッキの戦いで腐れ小ジワババアが呟いてたことも気になるデスよ」
『……貴様、意外と耳がいいのだな』
「もっちろん! おシショー様にチューニングされまシタので!」
ユウは適当な場所を撃って亀裂を作り、上半身を突っ込んで指輪の詳細な位置を探る。その間に、暇を持て余したブリギットたちは雑談を始めた。
何やら気になる情報が含まれているため、亀裂の中をキョロキョロしつつユウも耳をそばだてる。
「まあ、暇潰しにはなるし教えておいて損はないか。俺たち精霊騎士は、遙か遠い神世の時代に創造された。とある使命を果たすために」
「とある使命……デスか。それがさっき小ジワババアが言っテタ……」
「ええ、ウォーカーの一族の起源と言える者たち……虚無の民。彼らがグラン=ファルダの境界に開いた次元の亀裂を塞ぎ、未来永劫閉ざす。それが私たちの使命だったのよ」
『だった、か。過去形で語るということは、すでに達成したというわけだな?』
ヴィトラの言葉に、精霊夫婦は頷く。神世の時代から、精霊と騎士たちは戦いを続けてきた。ウォーカーの一族の前身、虚無の民と呼ばれる者たちと彼らが使役する魔獣と。
「グラン=ファルダの果ての果て、神々の住まうエリアから遠く離れた空間に生まれた亀裂。そこを基点に、虚無の民は神域への侵攻を始めたの」
「当然、神々はそんなことを許しはしない。だが、当時は闇の眷属との大戦争の真っ最中でもあった。とてもじゃないが、虚無の民の相手までしてられない。というわけで、俺たちのご先祖様が創られたのさ」
『虚空の亀裂を閉ざすために、か』
「そうよ。当然、闇の眷属に知られれば事態がより混迷を極める……そこで、当時の創世六神は精霊騎士や虚無の民、時空の亀裂に関する全ての情報を最高機密に指定したの」
次元の亀裂は、神々にとってのアキレスの踵。闇の眷属たちに存在を知られれば、どう悪用してくるか分からない。そう危惧した神々は、あらゆる情報を封じ込めた。
そうして、現代になり精霊騎士の一族が亀裂を完全に塞ぐまで……彼らの存在は明るみに出なかった。リオですら、機密指定が解かれた後でようやく知ったのだという。
精霊と騎士たち、彼らの長きに渡る戦いについて。そして今や、暗域にすらもその情報は届き多くの者が精霊騎士という存在を認知していると語った。
『なるほどな。しかし、虚無の民……か。どのような力を持っていたのだ、そやつらは』
「ウォーカーの一族みたいに、並行世界を渡る力は持ってなかったが……別方向に厄介な力を持っていた。【魂絶】と呼ばれる、恐ろしい呪いの力だ」
「何だか禍禍しい響きデスね、聞くだけでブルブルするデス」
「魂絶……それは、虚無の民が我が身と引き換えに成す呪い。魂絶の対象になった者はチリとなって消え、最初から存在しなかったことにされてしまうの」
「書き換えられちまうのさ、世界そのものがな。とはいえ、強い創造の力を持つ神々やその眷属である俺らにゃあほとんど効かねえ。せいぜい数日くらい消失させるのが関の山って」
『あーっ! ありました、見つけましたよ! 時空神の指輪ーっ!』
ゾルネストが話し込んでいるなか、そこに割り込むようにユウの叫びがこだまする。九本の尻尾を忙しなく振りつつ、亀裂の中から戻ってきた。
そんなユウの手のひらに、青く輝くサファイアが嵌め込まれた指輪が一つ。闇の眷属たちから逃れた時空神の指輪を、ようやく回収出来たのだ。
「おお、やりまシタねゆーゆー! これでミッションコンプリートデスよ!」
『やれやれ、これでこんな窮屈な場所ともおさらば出来るな。さっさと帰るぞ、何度も言うが次元の狭間は大地と時の流れが違う。グズグズしていると、クァン=ネイドラ基準で最低でも数年は経ってしまうぞ』
『そうですね、もうここに用はありませんし帰りましょう。ゾルネストさん、イゼリアさん。帰りもよろしくお願いします』
「おう、任せとけ。バッチリ送り届けてやっからよ!」
ネイシアの乱入というハプニングはあったが、無事指輪を回収し帰還するユウたち。だが、彼らは知らなかった。クァン=ネイドラでは、とんでもない事態が起きていることを。
◇─────────────────────◇
『ふう、帰っ……!? なんですか、あのおっきな塔は!?』
『あれは……方角的にはリンカーナイツの本拠地があった方向だな。一体何があったというのだ……?』
ザノローア教国、指輪を奉納していた神殿の入り口に転移してきたユウたち。そんな彼らを待ち受けていたのは、天高くそびえる塔だった。
方角を見るに、かつてリンカーナイツの城があった山地付近に存在しているようだ。禍禍しい気配を放つソレを前に、呆気に取られていると……。
「およっ、しゃろしゃろから電話が来てマスね。……って、なんデスかこの通知の数!? 三百二十八!?」
『ボクの方にもシャロお姉ちゃんからたくさん通話履歴が……あ、今来ました』
「十中八九、あの塔絡みだろうな。早く出てやりな、ボウズ」
服にしまっていたマジンフォンの異変に気付き、ブリギットが確認するとシャーロットから鬼のような電話がかかってきていた。ユウの方にも、大量の着信履歴があった。
二人して驚いているところに、タイミングよくシャーロットからの着信が来る。ゾルネストに促され、ユウは通話を行う。
『シャロお姉ちゃん! ごめんなさい、今戻ってきたところで……』
『ユウくん! よかった、やっと繋がったわ! 大変なことが起きてるの、ユウくんたちが指輪を探しに出てから三ヶ月……』
『え!? ちょっと待ってください、もう三ヶ月も経っちゃったんですか!?』
『これは……まずいな、我の想定よりかなり時間が経っている。精々数週間程度の時間しか経たないと見込んでいたが……』
どうやら、ユウたちが時空の狭間で指輪の捜索及びネイシアとの交戦を行っている間にクァン=ネイドラでは三ヶ月が経っていたらしい。想定より時間が経過していたことに、ヴィトラは焦りを隠せないようだ。
『そうなのよ、それで……ユウくんたちが出発してから十日くらい経った頃にね。ついに攻めてきたの。魔戒王フィービリア配下の大魔公たちが』
『そんなことが……じゃあ、あの塔は』
「そうさ、俺たちの侵略拠点にして大規模転移ポータルってわけだ。遅いお帰りだったなぁ、え? 魔神の末っ子さんよ」
シャーロットからこれまでに何があったのかを聞こうとした、その時。遙か上空から男の声が響き渡る。声のした方を見ると、全身を黒いフード付きローブで覆った人物が浮かんでいた。
「ムム、いきなりのお出ましデスね。フィービリアの手勢め、名を名乗るデス!」
「ククク、いいとも。俺はプラウダー、光明神の指輪を奪った張本人だ。驚いたか?」
闇の眷属の男は、ブリギットにそう答え高笑いする。時空神の指輪を取り戻したのも束の間、新たな戦いが始まろうとしていた。




