182話─脅かされる平和
ザノローア教国での事件から数日後。クァン=ネイドラの各国首脳に凶報がもたらされた。闇の眷属が入り込み、結界の要たる創世神の指輪を奪われたと。
結果、パラディオンギルド本部に各国の首脳が集い緊急会議が行われる。フェダーン帝国代表、クラネディア。ルケイアネス王国代表、クリート。リーヴェディア王国代表、ガンドルク。
ギルドからはグランドマスターとユウが参加し、最後に当事者であるザノローア教国を統治する法王ゼルヘナス。以上の六人によって、指輪奪還作戦の話し合いが行われる。
「……由々しき事態になったものよ。指輪がなければ、いずれこの大地を守る結界が消える。そうなれば、暗域で手ぐすね引いている者らに滅ぼされてしまう」
「しかし、どうやって闇の眷属たちはクァン=ネイドラに入り込んだのでしょう? 悪意ある者は、結界に阻まれるはずなのですが……」
クラネディアの言葉に、クリートが疑問を挟む。再建した王国を束ねる王として一回りも二回りも成長した王子は、聡明な頭脳を得ていた。
「確かに、そこは俺も気になっていた。しかし、今それを気にしても仕方あるまい、クリート王よ。今大事なのは……」
『指輪を奪った闇の眷属たちを見つけ出すこと。そして、指輪を奪い返すことですね』
それに対し、ガンドルクとユウは今それを考察する時ではないと告げる。現在の最優先事項は二つ。姿を消した下手人の捜索と指輪の奪還だ。
ユウたちの発言を聞きながら、沈黙を保っていた壮年の男……ゼルヘナスはすっかり白くなった髪をかきつつため息をつく。
「問題は、目撃者が全員亡くなってしまったことですな。一人でも生きていれば、何か情報を得られたかもしれませぬが……」
「一応、ユウくんのツテでアゼル様に蘇生の炎を融通してもらえるよう要請をかけましたが……届くまでには時間がかかる。それまでどうやって捜索をするかが鍵になりますな」
亡くなった関係者への黙祷を捧げつつ、ゼルヘナスとグランドマスターは考え込む。神殿に勤めていた者をよみがえらせ、証言を得られれば事態が進展するかもしれない。
だが、そう都合よく情報を得られるとは限らない。そうなった場合、暗域に乗り込んでしらみつぶしに捜索するという壮大な作業を行わなければならなくなる。
……暗域に行くことが出来れば、の話だが。
『困りましたね……暗域は今、入り込めない状態になっていますから。下手人を追おうにも、流石のボクでも厳しいですね……』
数日前、シャーロットの元にコーネリアスからとある知らせがもたらされた。穏健派たるコーネリアスと、過激派筆頭のフィービリア。両者の戦争がヒートアップし過ぎたことで、ついに混沌たる闇の意思の堪忍袋の緒が切れたと。
闇の眷属同士による、暗域が滅びかねないほどの大戦争を起こした責任を取らされたコーネリアスとフィービリアは無期限の謹慎処分に処され。
荒廃した暗域が元通りになるまでの間、いかなる部外者も入り込めないよう完全に外界と遮断されてしまったのだ。結果、捜索しに行きたくても不可能な状態になってしまったのである。
「ふむ……現状、八方ふさがりというわけだな。これでは打つ手がないぞ……」
『いや……一つだけ手はある。もっとも、危険な賭けにはなるがな。それでも試してみるか? 諸王よ』
「なんだ、言ってみろ。言うだけならタダだからな」
クラネディアがため息をつくなか、それまで沈黙を保っていたヴィトラが話し出す。ガンドルクが食いつくと、ヴィトラは続きを口にする。
『神殿には、指輪が持っていた護りの力の残滓が残っているはず。それを我とユウが取り込み、体内で増幅させれば……指輪を追跡出来る。理論上は、だが』
「理論上……ですか?」
『そうだ、若き王よ。創世六神が大地を守るために生み出したアーティファクトだ、残滓といえど下手に扱えば我やユウとてどうなるか分からぬ。最悪、命を落とすやもしれん』
「そんな! ダメですよ、そんな危険すぎる策をやるなんて! きっと別の方法が」
『……いえ、クリート王。今は大地の存亡がかかった緊急事態。たとえどんな危険があろうと、手掛かりを得るためになら突き進まなければなりません。ならば、ボクはやります。せっかく平和を取り戻したのに、また奪われるなんて許せませんから』
クリートが反対するも、ユウは首を横に振り力強く答えた。彼にとって……否、彼らクァン=ネイドラの民にとって、ようやく掴み取った平和を奪われる。
そんなことは、許されはしないのだ。新たな敵が現れたなら、その野望を挫き再び平和を取り戻す。それがユウの決意なのだ。
『法王猊下、ボクを神殿に連れて行ってはいただけないでしょうか? 生き返った人々からの証言と合わせて、敵の行方を追う手掛かりになるはずです』
『だそうだ。断ってもムダだぞ? こうなった時のユウは必ずやり遂げるために動く。スムーズに事を運ぶためにも、許可を出しておいた方がいいと我は思うがな』
「もちろん、許可をお出ししましょう。貴方様の協力を得られるのは、とても心強く思います。ユウ様のご尽力、感謝致します」
「危険な賭けにはなるが……我々もユウくんのバックアップを全力で行おう。こちらでも調査を進める、少しでも力になれるようにね」
『ありがとうございます、グランドマスターに法王猊下。ボクの仲間たちにもこのことを伝えて、すぐに教国に向かう準備をします』
こうして、ユウが全面的に指輪の奪還に向けて協力することを表明し会議は閉幕となった。一方、ニムテにあるアパートではシャーロットが父コーネリアスと通信を行っていた。
『いや、迷惑をかけて済まんのうシャロや。わしの謹慎が解けるまで、暗域に他の者らを連れてくるのは控えてもらいたいのじゃ』
「ええ、私もそうした方がいいと考えています。……それにしても、まさか混沌が親衛隊を表層に派遣するとは思いませんでした」
『それだけわしとフィービリアにお冠だというわけじゃな。腹立たしい、フィービリアのせいでいらんお叱りを食らうとはのう』
現在、暗域は闇の眷属以外の種族の出入りが厳しく制限された状態にある。その原因となるのが、混沌たる闇の意思直属の親衛隊たちだ。
かつてコーネリアスが行った【成り上がりの決闘】に敗れ、序列一位の座を明け渡した後王位を退いた元魔戒王、フォルネウスを長とする組織。
その規模は決して大きくはないが、闇の眷属の創造主を守る役目を持つ者たちなだけあって実力者が揃っている。彼らの目をかいくぐり、暗域に入り込むのは不可能。
「親衛隊を送り込むレベルでのお怒りだなんて、お父様ったら何をやったのです? よほどのことがなければ、無期限謹慎などさせられませんよ?」
『まあ、その……な? フィービリアめを奴の支配する階層世界ごと吹き飛ばしてやろうとつい……。イゼア=ネデールを守ろうと、ちと冷静さを欠いてしまったわ』
通信に使っている水鏡越しに、父をジト目で見るシャーロット。とはいえ、コーネリアスの苦い過去思えば批判は出来なかった。そんな彼女に、コーネリアスは申し訳なさそうに謝る。
『本当に済まぬ、シャロよ。幸い、謹慎を言い渡されたのはわしだけじゃ。もしそっちに何か問題が起きたら、詫びとして仲間に手伝いをさせよう。フィービリアの奴が、このまま大人しくしているとは思えぬからの』
「そうですね……。リオ様のおかげで彼女がクァン=ネイドラに張った結界は消えましたが、それ以降何の工作も仕掛けてきていないのに不気味さを覚えます」
『うむ。かつてわしが戦った魔戒王……エイヴィアスほどではないにせよ、奴もまた権謀術数に長けておる。今この瞬間にも、よからぬことを企んでおるじゃろて。警戒するに超したことはない』
この時点ですでに、フィービリアが送り込んだ者たちが指輪を奪っていたのだが……コーネリアスたちはまだそのことを知らない。事件が起きたことを知るのは、もう少し先のこと。
脅かされた平和を取り戻すための新たな戦いの幕が、静かに上がる。クァン=ネイドラの存続か、滅亡か。その結末を知る者は、いない。




