176話─獣を討つは騎士の誉れ
「I'll show you my trump card. Release the limiter placed on this gauntlet and unleash the power of the perfect beast!(見せてやるよ、俺の切り札を。この篭手にかけられたリミッターを解除し、完全なる獣の力を解き放つ!)」
【BEAST POWER ALL COMBINE】
怒りに駆られたシュナイダーは、リングを回しこれまで使用していなかった七つ目のアイコン……ドクロのマークをセットする。すると、ドス黒い魔力が溢れ出す。
『なんとおぞましい……。かつて我がフィニスだった時ですら、ここまでの禍々しい魔力は宿したことがないぞ』
『……それ、結構ヤバいですよね? ボクたちにとっても、シュナイダーにとっても』
哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、水生生物、虫たち。本来ならば、これら六種類のうち三種類までしか併用することが出来ないリミッターが掛けられていた。
だが、その制限を解除することで思うがままに生物たちの力を複合的に宿し、操ることが出来る。それはユウとヴィトラにとって凄まじい脅威だが、同時にシュナイダーへのリスクもある。
『ああ。奴が振るっているのは、人の身で宿していい力ではない。我の見立てでは、逃げ回っていれば勝手に生命力を使い果たして自滅するだろう。だが……そんな決着は望むまい?』
『もちろん! ……前回の戦いの時から、シュナイダーの攻略法はもう見えているんですよ。でも、ああまでなると……実行するのは骨が折れますね』
神ですら手を出さない……否、出してはならない禁忌の領域へと踏み込んで代償が無いはずがない。リミッターとは、装具の使用者を守るためのものでもあるのだから。
ユウとヴィトラが話をしつつ攻める隙を窺っていたその時。シュナイダーの腹が大きく膨らみ、裂けた。そして、そこから槍のように鋭い寄生虫が無数に飛び出す。
「If you release the limiter! You can do tricks like this too! Don't let it pierce you and die, Paraskus Javelin!(リミッターを解除すれば! こういう芸当も出来るんだよ! 貫かれて死ぬがいい、パラスクスジャベリン!)」
『うひっ、気持ち悪い! こんなのしばらく夢に出ちゃうじゃないですか! フルバーストレイン!』
『まったく、実におぞましい。本家本元の魔神たちがいかに健全な力の使い方をしているかよく分かるものだ』
次々と飛来する寄生虫を、ユウはしかめっ面をしながら撃ち落としていく。その間に、シュナイダーは次の攻撃の準備を完了させていた。
「Don't do it, but what about this one? Jackknife Scratch!(やるな、だがこいつはどうだ? ジャックナイフ・スクラッチ!)」
腹を元通りに再生させ、間髪入れず左腕の肘から先を変化させつつユウへ迫る。獅子や鷹、コモドドラゴン……様々な生物の爪を織り交ぜた歪な刃が、少年を襲う。
『まったくもう、そろそろ仕込みをしたいのに!』
「I don't know what you're planning on doing, but you can't make me do it, right? Get chopped to death by these claws, Yuu Hojo!(何をするつもりかは知らないが、やらせるわけないだろ? この爪で切り刻まれて死ね、ユウ・ホウジョウ!)」
『ふむ、頭に血が上りすぎて忘れているようだな。敵が小僧だけではないことを! ミラージュボディ・イリュージョン!』
「You... Aah!(てめぇ……ぐあっ!)」
爪による猛攻をバヨネットで受け流し、どうにか凌ぎ切ろうとするユウ。だが、怒りのラッシュは切れ目がなく反撃への仕込みに移ることが出来ない。このままでは押し切られることになるだろう。
……ユウが一人だったら、だが。完全にキレたシュナイダーは、すっかり失念してしまっていた。倒すべき敵は、ユウの中にもう一人いるのだということを。
ヴィトラが溜め込んできた終焉の力を解放し、一瞬だけ仮初めの肉体を創り出してシュナイダーへと叩き込む。たったそれだけでよかった。一瞬の時間を稼ぐためには。
『ありがとう、ヴィトラ! チェンジ!』
【ブロックモード】
『そおれっ、インビジブルドーム! からの……もう一回チェンジ!』
【クイックモード:アルティメットアクセラレイション】
一瞬の隙を突き、ブロックマガジンへ切り替えたユウは頭上へと弾丸を放つ。すると、弾丸が拡散して降り注ぎ、複数の見えない壁がドーム状に配置された。
それを確認したユウは、再度マガジンを切り替え……超加速モードへ突入する。ここからが、彼と彼女にとっての正念場だ。
【……10】
「Are you trying to finish me off with an accelerated rush? That's too bad, I can see it now. Your movements accelerated time!(加速させたラッシュで俺を仕留めようってか? 残念だったな、今の俺なら見えるんだよ。時を加速させたお前の動きがな!)」
跳躍したユウは、不可視のドームの中を跳び回りながら斬撃の嵐を放つ。が、魔神をも超える獣の力を得たシュナイダーは全ての動きを視認し、防御が可能になっていた。
「うおおお、すげぇ! 何やってっか分かんねえけど、シュナイダー様が対応出来てるのは分かるぜ!」
「頑張ってー! そのまま返り討ちにしちゃえー!」
「ユウくん……何を狙っているの? このまま時間切れになったら……!」
文字通り目にも止まらない二人の戦いを、観衆はエキサイトしながら見守る。その間にも、刻一刻とクイックマガジンの効果時間が過ぎ去っていく。
【……4】
「Hahahahaha! What's going on, what's going on, you haven't even landed a single effective blow on me yet! No matter how strong you are, you won't be able to defeat me in the end(ハハハハハ! どうしたどうした、まだ一撃も俺に有効打を与えられていないじゃねえか! どれだけ強がったところで、結局俺に勝つことは)」
『出来ますよ、シュナイダー。この戦いのお前の敗因は二つ。一つはあまりにも慢心が過ぎたこと。もう一つは……このガントレットそのものです! ダウンダウンスラッシャー!』
「What are you idiots saying──!?(バカめが、何を言って──!?)」
超加速をもってしても、ユウは自分に勝てない。そう思い込んでいたシュナイダーの目が、驚愕に見開かれていく。ユウが放った一撃が、確かに捉えるのを見た。
シュナイダー自身ではなく、ガントレットに取り付けられたリングへと。そして、渾身の一撃が──リングを両断した。
【……0】
【タイムアウト】
『前回の戦いから、ボクは見抜いていました。ガントレットの要がそのリングだと。獣の力を制御するキーパーツを失えば……お前はどうなるでしょうね? シュナイダー』
「Hey, sama...you! ! ! ! I had no idea this was what I was aiming for from the beginning... U-g-aaaaaaaaaaaaaaaaaaa! ! ! (き、さま……貴様ァァァァァ!!!! まさか、最初からこれを狙っていたの……う、ぐ、ああああぁぁぁぁ!!!!)」
リングを破壊されたことで、シュナイダーは力の制御が不可能となった。リミッターを解除していたのが仇となり、即座に獣の力の暴走が始まる。
観戦していたリンカーナイツのメンバーに動揺が走るなか、ただ一人歓喜の声をあげるシャーロット。
「凄い……! ユウくん、こんな作戦をやり遂げるなんて! 勝てる……これでもう勝利は揺るがないわ!」
体内から湧き上がる破滅的な魔力が、内側よりシュナイダーを破壊していく。こうなればもう、自壊してしまうのも時間の問題と言えよう。
「Just kidding, eventually...! Only you... I'll take you with me! ! ! !(ふざけ、やがって……! お前だけは……お前だけは道連れにしてやるぅぅぅぅぅ!!!!)」
『フン、最後の足掻きか。くだらぬ、引導を渡してやれ!』
『ええ、これで……終わりにします!』
破れかぶれになったシュナイダーは、ユウを道連れにしようと最後の攻撃を繰り出す。バヨネットを煌めかせ、ユウはトドメを刺すべく腕を振るう。
ユウとシュナイダー、二人の左腕がぶつかり合い火花を散らす。そして……。決着の時が、訪れる。
【アブソリュートブラッド】
『……文字通り、これで終わりです! デッドエンド! ストラァーーッシュ!!!』
「Will I… lose? I got the ultimate power...I should have, but...(俺が……負ける? 究極の力を手に入れた……はず、なのに……)」
左腕を振り抜き、シュナイダーを両断しつつ駆けるユウ。斜めに切り裂かれたシュナイダーは、胴体にユウの紋章を刻まれ……呆然としていた。
「Oh...my...god...」
最期にそう呟き、銀色のチリとなって崩れ去る。銀と銀、熾烈な戦いを制し敵を討ち取ったのは……ユウだった。




