171話─異形、ゼルヴェギウス
「相手の修復能力、どこまであるのか試して差し上げますわ。とうっ! スパイダーレッグ・レイン!」
「グル……ガアッ!」
『ほう、いい蹴りの連打だ。それも、穿つような力強さと狙いの正確さ……かなり獣の力を使いこなしているな』
ゼルヴェギウスが放った右前脚の薙ぎ払いをジャンプして避け、そのまま急降下して八本の脚による蹴りの嵐を浴びせる。ただの蹴りではなく、異邦人の魂たちを傷付けないよう、拘束具にのみ当てる器用さだ。
「グゥ……アアァ……。イタイ、もうヤメテクレェ。これイジョウこうげきシナイデクレェェェ……」
「!? 急に言葉を……きゃあっ!」
『動揺するな、それが奴の狙いだ! チッ、怪物め。声真似とはふざけた小細工を。抑揚が一切ない真似事なぞ、不快な雑音でしかないわ! ドルフィンテール・ハンマー!』
「オオ、わたしノコトバガワカラナイのか。ヤメテクレ、だれもキズツケタクナインダァァァ……」
このまま優勢に……とはいかなかった。突如、それまで鳴き声しか出していなかったゼルヴェギウスが言葉を口にしはじめたのだ。それに驚き、動きが止まったジャンヌを薙ぎ払いで吹き飛ばす。
一切抑揚が無い、ゾッとするような無感情な声にユウと憲三が背筋を凍らせる。怪異が人をおびき寄せるために発する、罠としての声にしか聞こえなかったからだ。
一方、ヴィトラは苛立ちを募らせながらゼルヴェギウスに突撃する。相手が攻撃するよりも早く、左前脚の爪を掴んで巨体を持ち上げてみせた。
『ハアッ! 貴様の身体を構成する拘束具が全て壊れるまで! こうやって叩き付け続けてくれるわ!』
「わたくしも加勢しますわ! やられたらやり返すのがエクテイザー家の流儀でしてよ!」
「……だいぶ荒っぽい攻撃しやすな、やっこさんらは。どっちが悪者なんだか分かんねえでさぁね」
『確かに、心が痛みますが……現状、どうすればあの怪物を倒せるのかが分からない以上はあらゆる攻撃を試すしか……』
水中から飛び上がったイルカが尾ビレを水面に叩き付けるが如く、ヴィトラはゼルヴェギウスを滅茶苦茶に地面に打ち付ける。そこにジャンヌも加わり、ボコボコにしていた。
その様子を見ていたユウと憲三は複雑な表情を浮かべ、成り行きを見守る。せめて、二人の攻勢の中に敵を倒すヒントがあればと観察をしていると……。
『もしもし、ユウくん? 突然ポータルが壊れた上に新しいのを作れなくなってしまったんだけど、そっちで何か起きてない?』
『あ、シャロさん! 実は……』
不意にユウのマジンフォンに着信が入り、シャーロットが状況を尋ねてきた。ゼルヴェギウスにポータルを壊された結果、何らかの力に阻害され新たに生成出来なくなっているらしい。
それを聞いたシャーロットは、ゼルヴェギウスが持つ濁りきった魔力のせいだろうとユウに伝える。おびただしい人数の魔力が混ざり合ったことで、ポータルを機能不全にしているのだという。
『そう、異邦人の魂を糧にして稼働する生物兵器……ね。リンカーナイツの連中、そんなふざけたものを創り出していたなんて許せないわ!』
『今、ジャンヌさんとヴィトラが戦っているんですが……試作機相手ですら、弱点が分からないと決定打が無くて撃破まで至れないんです』
『そうね……私の予想だけど、そのゼルヴェギウスっていうのは大勢の異邦人の魂を内部に閉じ込めているんでしょう? なら、魂を繋ぎ止める核があるはずよ。それを破壊出来れば……』
『それなら撃破出来るかもしれません! アドバイスありがとうございます、シャロさん!』
『ふふ、役に立ててよかった。急いでポータルを再生成出来るよう魔力を浄化するわ、それまで頑張って!』
シャーロットは助言をした後、ポータルの再生を行うため通話を終えた。ユウは大声を張り上げ、ヴィトラとジャンヌにゼルヴェギウスの核を探すよう伝える。
『ジャンヌさん、ヴィトラ! その怪物の核を探してください! おそらく内部に封じ込められてる魂たちのどこかに』
「ダメ、ダメだよぉ……? ワルイコにはァァァ、オシオキだァァァァァ!!」
「坊ちゃん、危ねえ!」
『わひゃっ!?』
その瞬間、ゼルヴェギウスの敵意が明確にユウへ向けられた。身体を回転させてジャンヌたちを弾き飛ばした後、口から青白い炎のブレスを放つ。
間一髪、憲三に抱き上げられその場から退避し直撃を食らうことはなかった。が、相手の攻撃は止まらない。さらに炎を放ち、ユウたちを焼き殺そうとする。
「おっと、これ以上はやらせませんわ! ヴィトラ、わたくしがこの怪物を足止めしますので核を探してくださいまし! 任せましたわよ!」
『いいだろう、我の力があれば核などすぐに見つけ出せる。秒でノされぬよう、精々気張るのだな!』
「フッ、ユウ様の前で無様な姿を晒すようなことはしませんわ。スパイダーレッグ・アンカー!」
いち早く体勢を立て直したジャンヌは空中に飛び上がり、八本ある脚のうち四本をゼルヴェギウスに射出し拘束具に食い込ませた。残る四本の脚を長く伸ばし、地面に突き刺して踏ん張る。
そうして相手の動きを制限している間に、ヴィトラが核を見つけて破壊する作戦だ。ヴィトラは目を細め、ゼルヴェギウスの観察を行う。
(さあ、奴の核はどこにある……? あれだけの数の魂を繋ぎ止めているのだ、外殻となる拘束具だけでは不可能なはず。必ずどこなに核が……む、見つけた!)
ジャンヌがアンカーを引っ張り、無理矢理体勢を変えさせブレスを不発にさせるなか観察を続け……。ヴィトラは核を見つけ出す。核があったのは、拘束具で覆われた頭部だ。
『小僧、核を見つけたぞ。やけに頭だけ分厚く拘束具に覆われていると思っていたが……あんなところにあったとは』
『やりましたね、後は核を壊し』
「サセナイ……みんなモヤシテヤル……!」
『残念、もうゲームセットだ。ダイダルボラスハンマー!』
核の場所の暴かれたゼルヴェギウスは反撃に出ようとするも、もう遅かった。右腕に闇の魔力を宿し、巨大な鉄槌へと変えたヴィトラの攻撃が炸裂する。
頭部を形成する拘束軍を粉砕し、そのまま内部に納められていた核を打ち砕く。身も凍るような断末魔をあげ、ゼルヴェギウスは崩れ落ち動かなくなった。
『やりました、あの怪物を倒しましたよ!』
「ええ、一時はどうなることかと……。む、見てくだせぇ坊ちゃん! 拘束具の隙間から魂たちが……」
「……解放されたのですわね。元の身体へと戻っていくのか、天に召されるのかは分かりませんが……無事助けられてよかったですわ」
魂を封じ込むための力が消え、ゼルヴェギウスの糧とされていた異邦人の魂たちが解放された。ユウだけに聞こえていた嘆きの声が消え、あるべき場所へと魂が還っていく。
『ひとまず、これで危機は凌げました。しかし……リーズ兄弟を倒さない限り、根本的な解決にはなりませんね……』
『そうだ、奴らは二つの計画を成就させてしまった。プロジェクトM、そしてゼルヴェギウスなる兵器の製造。あの兄弟を……いや、リンカーナイツを滅ぼさなければ今日以上の惨禍が訪れよう』
光の粒となって散っていく魂を見上げながら、ユウは呟く。そこにヴィトラが近付き、肉体を魔力に戻しつつそう口にする。
『ええ、レオンは言っていました。今回ボクたちに送り込んだのは試作機だと。つまり、すでに複数体を造る準備が出来ている。……すぐにでも始めないといけません。リンカーナイツとの決戦を』
少年のその言葉には、強い決意が秘められていた。最後の決戦の日は、近い。




