167話─終わりの始まり
宇野率いる大部隊との戦いから、七日が経過した。ユウはニムテにあるアパートで憲三から追加の調査報告を受けていたが、その表情は険しいものだった。
『なるほど……やはり闇の眷属たちの狙いは結界の破壊ですか。それに加えて、リンカーナイツが……』
「ええ、パラディオンギルドに所属しているか否かを問わず、各地で異邦人を攫っていると若い衆から報告がありやして。……実を言うと、うちの連中からも被害が出てるんでやすよ。リンカーナイツの奴ら、何を企んでるんだか」
闇の眷属たちに加え、新たに観測されたリンカーナイツの不可解な動き。これまで、リンカーナイツが中立の立場にいる異邦人を攻撃することはほとんどなかった。
いずれ考えを変え、リンカーナイツに加わるだろうとネイシアに期待され、強力なチート能力を与えられた者が複数いるからだ。彼らを敵に回さぬよう、これまで干渉はなかった。
だが、その不文律がこの七日で破られたと憲三は語る。胸騒ぎを覚えたユウが敵の狙いについて考えていると……。
『ふむ、リンカーナイツどもが何を企んでいるのかならある程度は分かるぞ。もっとも、全てを知っているわけではないが故に不完全な情報だがな』
『それでもいいです、教えてくださいヴィトラ。リンカーナイツは異邦人を攫い、何を目論んでいるんです?』
『……数年前のことだ。先日始末したウノとかいう男の話をたまたま聞いた。異邦人の魂を燃料に動く、究極の生物兵器がなんたらかんたらと喚いていたな』
ヴィトラが会話に加わり、リンカーナイツの企みについて断片的な情報を口にする。あまりにもおぞましい内容に、ユウと憲三は鳥肌が立つ。
「異邦人の魂を……!? そんなけったいなことを考えてやがったんですかい、敵さんは」
『ああ。だが、当時の技術では完全なものにはならぬということで一旦研究を凍結し……代わりにアストラルシリーズのひな形となる研究が始まったのだよ』
『当時の、ということは……。今の技術ならそのおぞましい兵器を完成させられる、という可能性もあるわけですよね?』
『……否定は出来ん。この数年で、リンカーナイツの技術力は飛躍的に向上してきた。特に、兵器を造り出す技術の発展は目覚ましいものだった。今この瞬間にも、産声を上げているかもしれん』
ヴィトラの話を聞き、ユウは理解する。リンカーナイツが異邦人を攫い始めたということは、すでに生物兵器を完成させる目処が立ったということなのだろうと。
ならば、その計画を挫き……残るトップナイトも含め完全に滅ぼさなければならない。そう決意し、憲三に伝える。ギルドの意向に関わらず、リンカーナイツ殲滅に向けて動くと。
『情報が揃いきってはいませんが、だからといって必要な情報が集まるまで待っていては手遅れになります。すぐにでも始めないと、リンカーナイツとの決戦を!』
「……お止めしても無理でやしょう。分かりやした、ギルドの方にはあっしから……? なんでやしょ、急に外が騒がしく」
「ユウくん、ケンゾウさん! 大変、大変なことがあったの! 悪いけど、すぐにギルド本部に来て!」
こうなったユウを説得するのは無理だと判断し、協力を表明する憲三。その時、買い物に出ていたはずのシャーロットが大慌てで戻ってきた。
今し方していた話と無関係ではない。そう直感で判断し、ユウは憲三に待機していてくれるよう頼み、ワープマーカーを使ってガンドラズルへ向かう。そこで待っていたのは……。
『クライヴさん!? どうしたんですか、こんな酷い傷……』
「ユウ、か。来てくれたんだな、よかった。どうしても、君に……伝えないといけないことがあるんだ」
医務室に案内されたユウを、傷だらけになったクライヴが出迎えた。全身に包帯を巻いており、ところどころ血が滲んでいる痛々しい姿をしている。
『一体、何があったんです? それに、伝えたいことって……?』
「つい二時間くらい前のことだ。オレとヨシトの二人でリンカーナイツを倒して回っていた時に……襲われたんだ。トップナイトを名乗る男に。そいつにやられて、ヨシトは……うぐっ!」
ベッドから起き上がる体力も残っていないらしく、クライヴは身体を横たえたまま弱々しい声でそう口にする。そんな彼に、ユウはひとまず追加の治療を施すことに。
『クライヴさん、無理をしないでください。ヒーリングメイル……だけじゃ不安ですね、不快かもしれないですけどちょっとだけ我慢してくださいね。シャロさん、コップとお水を持ってきてください』
「ユウくん、何をするつもりなの?」
『ボクの身体に流れる魔神の血には、エルダードラゴンのソレと同じくあらゆる怪我や病気を癒やす力があります。水で希釈しないと眷属になってしまうので、そのままは与えられませんが治癒効果は変わりません』
「そういうことね、分かった。ちょっと待ってて、すぐに持ってくるわ」
説明を受けたシャーロットは、医務室を出てコップと水を調達してくる。ユウは親指の腹を噛み切り、コップに注がれた水の中に血を一滴落とす。
すると、水がファルダ神族に連なる者の証である綺麗な金色に染まった。魔力で作ったストローを添え、クライヴの口元に持って行く。
【1・8・2・4:ヒーリングメイル】
『どうぞ、ヒーリングメイルと合わせればすぐに回復するはずですよ』
「く、う……ありがとう、ユウくん。おかげで傷があっという間に治ったよ。……なんて喜んではいられない、ヨシトのことを伝えないと」
『落ち着け、あの男がどうしたというのだ』
「……トップナイトを名乗る男にやられて、魂を奪われたんだ。今は別の部屋で寝かされてるが……回復の見込みは無いそうだ」
「そんな……あのヨシトが負けるなんて。その自称トップナイト、かなりの手練れのようね」
ユウの血入りの水を飲み、あっという間に快復したクライヴ。礼を述べた後、改めて義人に何があったのかを告げた。ユウが驚きで固まるなか、シャーロットが呟く。
「ああ。正直言って……あいつに勝てるビジョンがまるで浮かばなかった。魂を奪われたヨシトを連れて逃げるだけで精一杯だったよ」
『トップナイトか。小僧たちが倒したのが四人、残るは三人……戦ったのが男だというのなら、相手はリーズ兄弟のどちらかだな』
「そうだ、そいつは自分の名をシュナイダー・リーズだと言ってた。……不気味な男だったよ、本家本元の魔神のように獣の力を操ってた。それも複数のだ。厄介なチート能力をも」
『なに? あり得ぬ、シュナイダーのチート能力は全く違うぞ。魔神のように獣の力を操るだと……?』
クライヴたちを襲った敵の正体を知っているようで、ヴィトラがそう口にする。もっとも、残る三人のうち一人はフィービリアの不興を書い見せしめに殺されているが。
悔しそうに呟くクライヴの言葉に、ヴィトラが解せぬといった口調で返事をする。言い知れぬ不安を覚えたユウは、シャーロットと顔を見合わせる。
『凄く嫌な予感がします……。シャロさん、チェルシーさんたちを呼び戻しましょう。骨休めを中断してもらうというのは申し訳ないですが、そうも言っていられません』
「……そうね、そのトップナイトを名乗る男が襲撃してこないとも限らないもの。すぐ連絡するわ、ユウくんはどうする?」
『一旦ニムテに戻って、憲三さんと合流します。憲三さんも転生した異邦人ですからね、そのシュナイダーというのに狙われる可能性が非常に高いので』
宇野たちとの戦いでの疲れを癒やすため、出掛けている仲間たちを呼び戻すことに。シャーロットが連絡を取っている間に、ユウはニムテに戻ることに。
『……気を引き締めてかかれ、小僧。我の予想ではあるが、恐らく今回の件……シュナイダーだけではない。奴の兄レオンも一枚噛んでいると直感が告げている』
『ええ、油断はしません。何事もなければいいんですが……そうもいかないでしょうね』
医務室を出て、ワープマーカーのある棟へ向かうユウ。その胸の中で、不安が大きな渦のようにうごめいていた。




