164話─決着
グレイガもどきのいた場所に、新たな化身が生み出される。現れたのは、白銀の鎧を身に着けた大柄な人物だ。これまでの二人と違い、のっぺらぼうな顔に銀色の宝石が埋め込まれている。
『その姿……コリンさんから聞きました、確かゼディオだかゾディオだかいう幻影を操る相手でしたっけ』
【……3】
「ソノ、トオリダ……! ボクジシンヲマボロシニカエテシマエバ、オマエノコウゲキナドアタラナイ!」
三体目の化身は、遙か昔……。歴史改変によって消えた、滅びた世界でコーネリアスが戦った悪しき神の子。『幻影神将』と呼ばれた存在だった。
ゼディオもどきの頭部に埋め込まれた宝石が輝き、アストラルZ・オメガの肉体が幻に変わってしまう。このままでは攻撃が通用せず、打つ手無しだが……。
『ええ、確かにそうですね。普通なら、ですが。一つ忘れてませんか? 今のボクは、僅かながら終焉の力……すなわち、アブソリュート・ジェムの特性を操れると!』
「ソレガドウシタ!」
【……2】
カウントダウンが進むなか、ユウは笑う。実体を持たない存在となったのなら、やるべきことは一つ。攻撃が通るよう、実体化させてしまえばいいのだ。
『まだ分かりませんか? こうすればいいんですよ! 【境界のオニキス】パワー解放!
イノセンスマシンガン!』
「ナニヲ……グベァッ!?」
境界のオニキスの力を使い、極限定的な現実改変を引き起こすユウ。そうして、アストラルZ・オメガを実体化させ拳の連打を叩き込む。
超加速によって、嵐のような殴打が次々と打ち込まれていく。その数、僅か一秒で……五千発。魔力を吸収することは出来ても、物理攻撃のダメージは防げない。
【……1】
【……0】
【タイムアウト】
『これでトドメです! こゃーん!』
「グ……バカナァァァァァ!!!!」
タイムアウトを告げる音声が響き、超加速が終わる。攻撃を終え、ユウが着地したのと同時にアストラルZ・オメガの全身が殴打の衝撃であちこちが歪んでいく。
ついに耐えきれなくなり、肉塊が爆ぜ一体化していたラディムが吐き出される。肉片がチリになっていくなか、地に落ちたラディムもまた少しずつチリになる。
「う、ぐ……あ……。なんで、なんでだ……おぞましい実験に耐えて、無敵の力を手に入れたはずだったのに……。僕は、返り咲けるはず……だった、のに……」
『……哀れものですね。お前やリリアルたちに何があって、アストラルに改造されることになったのかは知りません。でも……異形に成り果てて得られる幸福なんて、真っ当なものなわけないじゃないですか』
アストラルに改造されたからか、上半身だけの状態でもラディムはまだ生きていた。とはいえ、じきに息絶える運命であることに変わりはない。
仰向けになり、天を仰ぎながら無念の言葉を呟いているとそこにユウが現れる。憐れみの言葉を口にするユウを睨み付け、ラディムは呪詛を吐き散らす。
「黙れ! ユウ……お前さえ、お前さえいなくならなければ! 僕たちはこんな末路を辿らなくて済ん」
「あら、面白いことをホザくわね。ユウくんから全部聞いてるわよ、自分からユウくんを追い出したくせに……随分ふざけたことを喚くわね」
『シャロさん! そっちも終わったみたいですね、よかった』
「ええ、私以外も敵を倒し終えたわ。安心して、みんなかすり傷一つないから」
あまりにも身勝手なことをのたまうラディムにユウが反論しようとした、その時。連合部隊を殲滅し、ユウの気配を追ってきたシャーロットが現れた。
以前ユウから聞いていたこともあり、すでに倒れている相手がかつて婚約者を捨てた男だと気付いているらしい。
『そうですか、ならよかったです。そういえば、援軍は来ましたか? ボクの方には来ませんでしたけど』
「あー……うん、私たち張り切りすぎちゃってね……。到着前に、敵を全滅させちゃったの。だからみんな帰っちゃったのよね。てへっ」
『て、てへって……』
まだ合流していないチェルシーたちも無事であると知り、ホッと胸を撫で下ろす。ついでに、一向に姿を見ない援軍について聞いてみるも脱力する結果に終わった。
「こら、僕を無視するな! ユウの分際で何イチャイチャし……あぎゃっ!」
「うるさいわね、他のお仲間さんたちがアストラルに改造されてたからもしかして……とは思っていたけれど。これも因果応報というやつね、そのまま朽ち果て死になさい」
ユウとシャーロットが和気あいあいと話していると、置いてきぼりにされていたラディムが喚き出す。が、シャーロットの放った魔力の塊を食らい沈黙する。
理不尽な理由でユウを捨て、少なくない心の傷を与えた相手を助命するつもりはシャーロットに一切なかった。それを知っているユウは、何も言わない。
「ぐ、う……。ん? 女……お前、結婚しているのか。その指輪……」
「あら、気付いたの。これは婚約指輪よ、私とユウくんが契りを結んだ証なわけ」
「!? う、嘘だ! こんな奴に婚約者などいるわけ……」
「ふぅん、信じられないってわけ? それなら……そうね、最後に惨めな現実を思い知らせてから死なせてあげる。それが私からお前に与える罰よ」
痛みに呻くなか、ラディムはシャーロットの左手の薬指に嵌められた指輪に気付く。それがユウと婚約した証であると聞き、呆然としてしまう。
そんなラディムを見て、シャーロットにアイデアが思い浮かぶ。ラディムが死なないよう、ある程度の癒しの魔法をかけて延命させつつマジンフォンで仲間と連絡を取る。
少しして、シャーロットの作り出したポータルを使いチェルシーたちが集まってきた。彼女らに耳打ちし、シャーロットは作戦を伝える。
「さて、そういうわけで。ここに集まった女たちはみーんな、ユウくんと苦楽を共にして……婚約した者よ」
「そ、そんな……。この僕が、ユウなんかに負けた……?」
チェルシーたちは自身の指に嵌めている婚約指輪を見せ付け、ラディムにより強い絶望を与える。一人だけまだ指輪が完成していないブリギットのみ、ホログラムを空中に投影していたが。
「なんかに、トハ失礼な奴デスマス。ムカつくので、くたばるその瞬間までワタシたちとゆーゆーがイチャイチャするトコを見てるといいデス!」
『そうですね、まあ……いいんじゃないでしょうか。たぶん、それが一番いいトドメだとボクは思います』
「ふざ、けるな……! そんな死に方は……うぐ、げほっ! 僕のプライドが、ゆる……さ……ああ、嫌だ……。ユウに、ユウなんかに……何もかも劣ったまま、死んで……」
ユウを抱き上げ、頬ずりするブリギット。一方、誰からも情けをかけてもらえず……羨望と絶望の中で、ラディムは涙を流す。とうとう、完全に心が折れたようだ。
シャーロットにかけられた癒しの魔法による延命も、もう限界が訪れた。少しずつ命の灯火が消えていくのを感じながら、ラディムは愛する者たちに囲まれるユウを見つめる。
「こんな、最期なんて……いや、だ……」
「……死んだようだね。ま、これが運命というやつさ。人はみな、行いに相応しい最期を遂げる。ただそれだけのこと……」
かすれた声で呟いた後、ラディムは息を引き取り……チリとなって消滅した。それを見届けたミサキは、小さな声でそう口にする。これで万事解決……。
『あ、忘れてました! 詳しいところは端折りますが、今ヴィトラがボクから離れて一人で敵と戦ってるんです。手助けしに行かないと!』
「はあ!? なんだそりゃ、何がどうしてそうなったんだよ!?」
『詳しくは向かいながら話します! 気配がするのは……あっちですね、行きましょうみんな!』
……するわけもなく。宇野と戦っているヴィトラのことを思い出し、ユウは慌ててブリギットの腕の中から飛び降りる。仰天する仲間たちにこれまでの経緯を話しつつ、相棒の元へと走っていった。
つい先ほどまで対峙していたラディムのことなど、もはや思い出す価値すらないとばかりに。全員が去った後、かつてラディムだったチリの山が風に吹かれ散っていく。
かくして、身勝手な理由で仲間を捨てた男たちは、みな相応の末路を遂げた。その顛末を哀れんでくれる者は……クァン=ネイドラのどこにも存在していなかった。




