161話─魔魂片の叫び
『それじゃあ行きますよ、みんな! 敵の数が数ですから、分散して各自どんどん撃破していきましょう!』
「そうね、ガンドラズルを落とされたら周辺地域にどんな影響が出るか……。急ぎましょう、のんびりしてる時間はないわ!」
『ええ、でもその前に。久しぶりに行きますよ! それっ、【庇護者への恩寵】発動!』
『庇護者への恩寵を与えます。対象の身体能力、スタミナの持続力及び回復力、肉体と精神の治癒力を大幅に向上させます』
「これが噂に聞くユウ様のチート能力! 力がみなぎってきますわ!」
ガンドラズルを包囲している敵を滅さなければ、あっという間に陥落してしまう。固まっていては対応しきれないため、各自別れて行動することに。
ギルド本部を飛び出し、それぞれが適当に選んだ方角に駆け出そうとした瞬間。何かを思い付いたブリギットが大声で叫ぶ。
「いいコト思い付きマシタ! たくさんキルスコアを稼いだら、ゆーゆーにご褒美貰えるってのはどうデス? 士気ブチ上がり確実デスマス!」
「ふふ、悪くないね。じゃあ、ユウくんがトップになったらみんなでご褒美をあげるとしよう。じゃないとフェアだからね」
『あの、ブリギットさんにミサキさん? ご褒美って一体どんな』
「もちろんゆーゆーとの添い寝デス! 一晩中愛の巣でギューギューするのデスよ! というワケでお先に失礼しマース!」
リンカーナイツと闇の眷属の連合軍を最も多く撃破した者がご褒美を貰う。そんなことを言い出したのだ。明確に賛同の声を出したのはミサキだけだが、ユウ以外全員……声なき同意の意思を示している。
言うだけ言って、ブリギットはいの一番に通路を北へ駆けていった。そこに続けとばかりに、シャーロットたちも獲物を求めすっ飛んでいく。
「んにゃろ、さっさと行っちまうとかズリぃぞ! 待ってなユウ、アタシが勝ってくっからよ! いい抱き枕になってやるぜ!」
「あら、抱き枕と言うにはちょっと筋肉質過ぎじゃないかしら? あんまり硬すぎるとユウくんが筋肉痛になるわよ? というわけで私が勝ってもふもふを……うふふふふ!」
「いいえ、最も多くの敵を狩るのはわたくしですわ! 目指せ勝利、目指せ美少年との添い寝ですわあああああ!!!!!」
「ふふふふふ、ふふふふふふふ! ふふふふふ!」
めいめい明らかに邪念しかないやる気をみなぎらせ、大通りを爆走していく。ミサキに至っては、不気味な笑い声を川柳にしている始末だ。
『み、みんな早い……』
『クハハハハ! 英雄色を好むということわざがあるが、貴様はどちらかと言うと色に好まれる側だな。え?』
『その原因が茶化すんじゃありません! しばらく引っ込んでてください!』
唖然としているユウを、大笑いしながら揶揄うヴィトラ。怒ったユウに押し込められ、無理矢理沈黙させられた。気を取り直し、ユウは南東へ走る。
そちらの方角から、ひときわ巨大な魔力反応を捉えたのだ。少年の本能が告げている。そこに敵の総大将……あるいはそれに匹敵する存在がいる、と。
『まったく、次から次へとお仕事が押し寄せてきますね。バケーションでリフレッシュしておいてよかったですよ、ええ!』
そう口にしながら、街に侵入してきたリンカーナイツの構成員たちを蹴散らし進んでいく。途中、各々の理由でガンドラズルにいたパラディオンたちが応戦している場面に遭遇することに。
「いきなり奇襲してくるたぁ、相変わらずお前らは卑怯なもんだな! さっさとくたばりやがれ!」
「そう簡単にやられないわよ、これだけの数がいあがっ!」
『ボクの目の前で、誰も傷付けさせはしませんよ! こゃーん!』
「誰だ、仲間を攻撃……あっ、てめぇは北条ユウ! よくも後ろからげへっ!」
「うるせえな、数で勝ってるくせにビービー喚くんじゃねっつの! ユウ、助かったぜ! こっちはなんとかなる、お前は気にせず先に行きな!」
『分かりました、お気を付けて!』
仲間が勝てるよう敵に背後から弾丸を撃ち込み、アシストしながら先へ進む。数こそ敵の方が多いが、一人ひとりの練度はパラディオン側の方が遙かに上。
何しろ、活躍を続けるユウに触発されてみな鍛錬を積んでいるのだ。その結果、パラディオン全体の質が大幅に向上したのである。
『さあ、先を急がないと。通りの向こうにある気配……ボクの勘違いじゃなければ、多分正体は……』
アブソリュートブラッドのアプリを起動した状態を維持し、ユウは次々と襲ってくる敵の眉間を撃ち抜き即死させていく。そうして先を目指すなか、少年は待ち受ける魔力の主について考える。
相手に近付くにつれ、発せられている魔力が少しずつどんなものなのかを理解し始めていたのだ。ゆえに、ユウはとある確信のようなものを抱く。
(この魔力……かなりの人数が混ざり合っていますが、一番大きな反応はラディムさん……いや、ラディムのソレですね。これまでの例から考えると、彼も……)
「いた! 死ね、ほうじょ」
『あ、邪魔です』
「ぎゃあっ!」
向かう先にある巨大な魔力反応の正体が、かつての仲間……ラディムのものであることに気付いたユウ。リリアルやゴルンザのように、彼もアストラル体に改造されている。
そう考え、走りながら思考を重ねる。以前の二人より、明らかに強大な反応を示している相手とどう戦うべきか策を練っているのだ。
『そう肩肘張ることもあるまい、今の貴様なら並大抵の相手なら赤子の手を捻るように返り討ちに出来よう』
『とはいえ、油断慢心は禁物です。この先で何が待ち受けているか分からない以上、下手を打つ……あ、いいことを思い付きました』
『ほう、なんだ? ま、言わずとも分かるがな。もはや我は貴様の一部のようなもの、思考くらいすぐ読める』
『……なんだか複雑な気分ですね、魔魂片と融合し始めるってことですか? それ』
襲い来る敵を返り討ちにしながら走っていると、不意にヴィトラが語りかけてくる。策を閃くなか、ユウはヴィトラの言葉に不穏なものを覚えた。
『案ずるな小僧、貴様が危惧しているような形で、ではない。むしろ逆だ、我が貴様の魂の一部として取り込まれつつあるのだ。アンコウの雄が、ツガイとなった雌に吸収されるように、な』
『つまり、このままの状態でいると……お前の自我は遠からず消滅する、ということですか』
『そうだ、我が宿す終焉の力の残滓だけが残るだろう。……何故そんな顔をする? 元より我と貴様は敵なのだ、憐れむ必要なぞあるまい』
ヴィトラと融合し肉体を乗っ取られてしまうのではと危惧していたユウだったが、どうやらそうはならないらしい。話を聞き、どこか悲しそうな表情を浮かべる。
『……確かに、元はそうでした。でも、お前にはなんだかんだ助けられてますから。魔夜や黒原たちとの戦いで助言を貰ったり、終焉の力を借りたり……』
『まあ、そうだな。……小僧、後ろから敵が来ている。額を撃ち抜いてやれ』
『はい! こゃん!』
「げはっ!」
最初の頃、ユウとヴィトラは敵だった。フィニスとして復活するため、ユウの肉体を奪い器とするため。邪悪なる魂の欠片が憑依したところから、二人の奇妙な関係が始まった。
当初こそヴィトラによる一方的な寄生と、さらなる侵食を防ぐためのユウの攻防という形だった。が……数多の戦いを経て、その関係は変わってきている。
ユウとヴィトラ、類い希なる運命に導かれた二人の共生関係へ、と。
『……今のうちに言っておこう。小僧、我は貴様に腹が立っている。貴様の心の内に押し込められている間に……我は、安らぎを得てしまった。それが腹立たしくて仕方ない!』
『安らぎ……ですか?』
『そうだ! 我は終焉の者フィニスの魂のカケラ! いずれ完全なる復活を遂げ、基底時間軸世界を滅ぼさねばならぬ! だというのに……我は、貴様と過ごすうちに。今の在り方を……悪くないと、思うようになった』
ヴィトラは語る。ユウやその仲間たちと共に在る日々の中で……フィニスだった頃に持っていた、世界への怒りや憎悪が弱まってきたのだと。
『とんだ笑い種よ、我は……ほだされてしまったのだ。過去に苦しめられながらも、仲間と共に前に進んでいく貴様に。かつて、我が歩むことを諦めた道を……真っ直ぐに往く姿を。誰よりも近くで見続けたがゆえに』
『ヴィトラ……』
『……貴様のせいだぞ、小僧。もう我は……かつてのような怒りも、憎しみも。宿すことは出来ぬ、もう二度と……この魂に』
『なら、これからもボクと共にいればいいじゃあないですか。……薄々気付いていましたよ、お前の変化を。その気になればいつでもボクを乗っ取れるのに、そうする素振りを見せなくなりましたから。ヴィトラ、今のお前は……いや、あなたはボクの』
「ハアッハハハァ! たった一人で私のところに来るとはねぇ! 随分と余裕なようだ、えぇ? ユウ・ホウジョウ!」
思いの丈をぶちまけたヴィトラに、ユウが自身の考えを伝えようとしたその時。ユウの接近に気付いた宇野が、部下たちを連れて攻撃を仕掛けてきた。
『いいところだというのに、邪魔が入りましたか。お前がリンカーナイツの誰なのかは知りませんが、一つ訂正がありますよ』
「ほう、訂正ねぇ。なんだい、してごらんよぉ! それと、冥土の土産に覚えていってもらおうかぁ。私は宇野狂介! 全てのアストラルの生みの親だァ! ハハハハァ!」
『なるほど、お前が……。ま、それは置いといて。訂正しますよ、今ここにいるのはボクだけじゃありません。ボクとその【相棒】! ヴィトラの二人です!』
『! 小僧……。フッ、相棒か。悪くない、むしろ……いい響きだ』
ユウとヴィトラ、正と邪。交わることのないはずの二人の心が通い……今、真の意味で二人は一人になった。無限の勇気を胸に、決戦に挑む。




