157話─地の底の闇が忍び寄る
一ヶ月と七日に渡る、乙女たちとのバケーションを終えたユウ。長かった休暇に終わりを告げ、あるべき日常に戻っていく……が。
『ええっ!? アストラルをほとんど倒しちゃったんですか!? 憲三さん!』
「左様にごぜぇやす、坊ちゃん。あっしら加藤組の者らや、グレイシーさんや義人さんたちと分担し……ケジメをつけさせてやりましたさぁ」
早速打倒リンカーナイツのための依頼を受けようと、パラディオンギルドに向かったその矢先。ユウはギルドにいた憲三から、とんでもない話を聞かされる。
かつてユウと出会い、共闘したパラディオンや憲三の部下たちの奮戦によって多くの敵がすでに討ち取られたという。もちろん、アストラルも例外ではない。
「ひえー、すげぇもんだな。アタシらがいねえ間にだいぶやってんだなぁオイ」
「アストラルVまでやっけてるトハ、流石のワタシもビックリデスマス。あと何体残ってるかは知りまセンが、敵の大幅な弱体化になりマシタねぇ」
まだユウたちが出会っていないアストラルたち……ナンバーQからUまでの者らを、すでに憲三たちが撃破していたのだ。
ギルド一階に併設されている酒場にて話を聞き、ユウは憲三にお礼を言う。
『ありがとうございます、憲三さん。ボクたちの代わりにたくさん戦ってくれて』
「いえ、これはあっしなりの坊ちゃんへのケジメでさぁ。これぐれぇはやらなきゃ、前回役に立てなかった罪滅ぼしになりやせんからね」
「相変わらず真面目ね、ケンゾウさんは。どこかの誰かさんたちにも見習ってほしいものねぇ?」
「ダレノコトダロウナー」
「ワタシモシリマセンデスマス」
いかにアストラルといえど、一流のパラディオンや数を頼みに押し寄せる荒くれ者たちには勝てず。その数を減らし、ついでにリンカーナイツの下級構成員も大勢倒されたのである。
相変わらずの生真面目さに、シャーロットは感心しつつチェルシーとブリギットを横目で見る。二人は下手くそな口笛を吹きながら目を逸らし、なかったことにしようとしていた。
「ま、この一ヶ月と少しこんな感じだったわけでやすが……いい話ばかりじゃあありやせん。坊ちゃん、ちっとばかし不穏な報告を部下がしてきやしてね……」
『不穏な報告、ですか。それはどういう……?』
「ええ、なんでもリンカーナイツの連中が闇の眷属とつるんでるのを見たってぇ若いのがいやしてね。すでにギルドのお偉いさんにも伝えやしたが、坊ちゃんにも報告しとこうと思い伝えた次第でやす」
だが、喜ばしい報告ばかりではない。憲三からもたらされた報告に、ユウはどこか言いようのない不安を感じる。それは、他の仲間たちも同じだった。
「奇妙な話ね、ほとんどの闇の眷属は暗域を荒らす異邦人を迫害するレベルで嫌っているのに。善良な異邦人ならお父様が引き込むだろうけど、リンカーナイツと組むわけがないし……」
「シャーロット、何か心当たりはないのかい? リンカーナイツと徒党を組みそうな連中の」
話題の中心たる闇の眷属の一人、シャーロットはそう呟き考え込む。ミサキに問われても、そうそうリンカーナイツと組みたがる奇特な存在に覚えがないようだ。
が、しばらく記憶をたぐり寄せていた彼女はふと『とある人物』を思い出す。その人物は……。
「ああ……一人だけそんなことをしそうな方を思い出したわ。序列四位の魔戒王、フィービリア陛下よ。あの人ならやりかねないわ、リンカーナイツと組むなんて酔狂なことを」
「うえ、アイツデスかー。確かにフィービリアならやりかねまセンね」
『二人とも、フィービリアってどんな人なんです?』
疲れたような表情をしたシャーロットの呟きを聞き、ブリギットが心底嫌そうなしかめっ面をする。そんな彼女らに、ユウは件の人物について尋ねた。
「簡単に言えば、かなりの過激派にして原理主義な魔戒王よ。神々と闇の眷属は、古来より続く敵対関係を時勢に関係なく維持するべき。そんなイカレた持論を掲げる……ま、有り体に言えば問題児ってやつね」
「そうデス、そんなデタラメを『ダーク・ルネッサンス』だとかホザいて、せっかくの協調ムードをブチ壊す空気読めないヤローなんデスよ。リオ様からも、億が一にもクァン=ネイドラに出現したら即座に知らせるよう厳命されてマス」
「うげぇ、なんかもう話聞いてるだけで分かり合える気しねえなそいつ……」
シャーロットとブリギットの説明を受け、チェルシーがユウ含む一同の気持ちを代弁する。そんな彼女らに、ブリギットは続けて言う。
もし仮にクァン=ネイドラを守る結界をすり抜け、フィービリアが現れれば即座にリオが動き……大戦争が始まるだろう、と。
「それくらい、フィービリアはカスなんデスよ。なにせ、あのフィニス戦役が勃発シタ時ですら他の王タチに恫喝されるマデ不干渉を決め込んでたくらいデスから」
「呆れましたわね、ノブレス・オブリージュの精神を持ち合わせていないとは。魔戒王とは名ばかり、とんだ愚物ですわね」
「私もそう思うよ。そこまで身勝手な存在、もし干渉してきたら何をしでかすやら……」
『まあ、まず間違いなくリンカーナイツなんて比じゃない大災厄を振りまくでしょう。一応、結界のおかげで侵入は阻まれるとは思いますが……』
ジャンヌが憤り、ミサキが不安を抱くなかユウはそう口にする。創世六神が生み出した結界により、クァン=ネイドラに悪意を持つ闇の眷属……それも、大魔公クラス以上の大物は侵入を阻まれる。
だが、それより下の実力に劣る者たちであれば。フィービリアの小細工によって結界をすり抜け、大地に入り込むことが可能であるとユウは考えていた。
実際、加藤組の若い衆がリンカーナイツとつるむ闇の眷属を見たと報告しているのだ。それが勘違いや見間違いでないのなら、新たな脅威の侵食がすでに始まっている証拠に他ならない。
『ま、ひとまずこの件はギルドの調査待ちということで。フィービリア本人がこの大地に入り込めない以上、今過剰に気にしても仕方ないですから』
「ええ、あっしもそう思いやす。それより、まずは残るアストラル……ひいてはトップナイトを殲滅し、リンカーナイツを滅ぼすための作戦を練るべきだと進言しやす」
「そうですわね、わたくしたちの……あら? ギルドの職員さんがこちらに来ますわね」
一旦闇の眷属についての話を終え、リンカーナイツ掃討をどのように行うかの会議を始め……ようとしたところで。ギルドの受付嬢がユウたちの元にやって来た。
「ユウ様、こちらにおいででしたか。実は冒険者ギルドの幹部より、あなた様への指名依頼が届いていまして」
『ボクへの、ですか?』
「はい、ここ最近リンカーナイツと共に行動している闇の眷属たちがいると冒険者たちから報告があるとのことで。その調査をお願いしたいとのことです。正式な依頼書をお預かりしています、どうぞ」
「なるほど……都合がいいわね、リンカーナイツを狩りつつ同法の魂胆も吐かせられて一石二鳥だわ」
ユウへの手紙を渡し、受付嬢はそう口にする。思わぬ形で先ほどの話と繋がることになり、シャーロットはニヤリと笑う。
「シャーロット、いいのかい? 相手は君の同胞なんだろう? 手を下すのに気が引けるのなら、私たちだけで依頼を遂行するが……」
「ありがとうね、ミサキ。でも気遣いは無用よ。まず間違いなく、お父様と無関係な連中がこそこそしてるんだろうから躊躇する理由はないわ。むしろ、同胞だからこそ気兼ねなく……ね? オホホホ」
「おーおー、こえー顔してんな。よしユウ、アタシの胸の中で恐怖をまぎらわぶべっ!」
「失礼ね、別にユウくんを取って食ったりはしないわよ!」
『あ、あはは……』
同胞と戦うのが嫌ではないか、とミサキに問われたシャーロットは好戦的な笑みを浮かべながら返答した。どこか邪悪な笑みにちょっとユウが引いたのに目敏く気付き、チェルシーが抱き着こうとする。
が、シャーロットのチョップを脳天に食らい撃沈することに。相変わらずワチャワチャしている仲間たちを見ながら、ユウは苦笑いをする。そんななか……。
(ふむ、いろいろとめまぐるしく情勢が動いているな。……そろそろ、我も改めて身の振り方を考えねばなるまい)
ユウの心の奥底で、ヴィトラが一人思考の海に沈む。彼女がどんな答えを出すのか……それはまだ、誰にも分からない。




