156話─最後のバケーション
ユウと仲間たちのバケーション、その最後を飾る一週間がやって来た。大トリを飾るのは、ユウの最初の仲間たるシャーロット。
シャーロットがデートの舞台に選んだのは自身のもう一つの故郷。イゼア=ネデールの空に浮かぶ娯楽都市、メルカニオラだ。
『わあ、リヴドラス以外の天空都市は初めて見ました。ここもたくさんの人がいますね、シャロさん!』
「ええ、何せお父様があらゆる娯楽を詰め込んだ歓楽の都としてお造りになられた場所だもの。昼夜の関係なくいつも大賑わいなの」
勝手知ったる故郷なら、ユウを楽しませてあげられる。そう判断したシャーロットは父に頼み、メルカニオラでのデート許可を貰ってきた。
そうして二人がやって来たのは、街で一番の規模を誇るリゾートプール。早速水着に着替え、ユウとシャーロットは水のレジャーを楽しむことに。
『シャロさん、その水着とても似合ってますよ。いつも以上に綺麗です!』
「ありがとう、ユウくんの水着も似合ってるわ。そのゴーグル、とっても可愛いわね。よく似合ってる」
『えへへ、ありがとうございます』
シャーロットが着ているのは、落ち着いたダークグレーのパレオ。布地には赤い山羊座のシンボルマークがワンポイントとして刺繍されている。
一方のユウは、ハイビスカスの鼻が描かれた白い水遊び用の丈の短いパーカーと青い短パンタイプの水着を着ていた。頭にちょこんと付けた水中ゴーグルは、狐耳が付いたデザインをしている。
「さあ、どのプールから入る? 今日はユウくんが目いっぱいワガママを言っていい日だから、遠慮はいらないわ」
『うーん、うーん……。あ、じゃあまずはあっちの波のプールに行きたいです!』
「ええ、分かったわ。それじゃあ行きましょうか、はぐれないように手を繋いで……ね?」
シャーロットと手を恋人つなぎにしながら、ユウは好奇心を刺激されたプールエリアへ向かう。大きな波が発生するプールで頭から水を被ったり。
流れるプールにて大きなイルカ型の浮き輪に乗ってどこまでも流されてみたり。本物そっくりの大型水鉄砲を借りてシャーロットと水撃ち合戦を楽しんだり。
一切の遠慮をせず、ひたすらに遊び倒していった。しばらく遊んだのち、昼食の時間になり二人は飲食店が並ぶエリアにやって来る。
『わひゃー、お昼時なだけあってたくさん人がいますね。ご飯を食べられるまで結構時間がかかりそう……』
「ふふ、それなら問題ないわ。とっておきのお店が一件あるの、こっちについてきて」
ちょうどランチタイムということもあり、どのお店も人でごった返している。とてもではないが、すぐに食事にありつけるような状態ではない。
たくさん遊んでお腹の虫が大合唱しているユウを連れ、シャーロットは飲食店通りの奥へ進む。少しして、最奥にある小さな海の家風の食事屋が見えた。
『あれ? ここのお店だけ空いてますよシャロさん』
「ええ、このお店は認識阻害の魔法でわざと隠してあるのよ。知る人ぞ知る名店としての格を保つために、ね。本当にごく一部の限られた人だけのためのお店なのよ、ここ」
『ほへえー、そこまで入念に隠さなくちゃいけないお店……どんなご飯があるのか楽しみです!』
他の店と比べて、明らかに人の出入りが少ないのを見てユウは疑問を口にする。返ってきた答えに、少年はワクワクしながら店の中へと入っていく。
「いらっしゃいませ、お二人様……あら、シャーロット様! こちらにお越しとは珍しいですね」
「ええ、今日は未来の旦那様とデートに来たの。せっかくだから、ここでランチでも……と思って」
「なるほど、かしこまりました。では、品書きをお持ちします。あちらの席でお待ちください」
中に入ると、人の良さそうな中年女性に出迎えられる。どうやらシャーロットと顔馴染みのようで、親しげに話をしている。
ユウたちが席に着くと、メニュー表が手渡される。そこに記されていたのは……。
『えーと……オムライスにハンバーグ、焼きそばにたこ焼き……。なんだか、見てるだけで不思議と懐かしくなっちゃいますね。いつもシャロさんたちに作ってもらってるのに』
「そう、そうなのよユウくん。このお店はね、遠い過去に戻ったように懐かしの味を楽しめる隠れた名店なの。いわゆるお袋の味ってやつね、それを堪能するために作られたのよ」
『お袋の味……。ママがたくさんいるので、一人に絞りきれないですね……』
シャーロットの説明を聞き、どこかズレたことを呟くユウ。そんな彼の頭を撫でながら、シャーロットは昼食を何にするか吟味し始める。
最終的に、ユウはお子様ランチを。シャーロットは焼きそばを食べることになった。
『もぐもぐ……。むむ、確かにシャロさんの言った通りです。なんだか懐かしい味がします! とっても美味しいです!』
「よかった、気に入ってくれて。私もね、このリゾートに来た時たまーにこの店で食事するの。……ノスタルジーな気分に浸りたくなる時って、あるから」
食べたことがないはずなのに、懐かしい味がする。そんな不思議体験にはしゃぐユウを見ながら、シャーロットは焼きそばをすする。
食事を終え、二人は再びプールでの水遊びに興じる。砂場エリアで巨大な砂の城を作ってみたり、巨大なウォータースライダーで滑り降りたり……。
『ふう~、たくさん遊びましたねシャロさん。水遊びは気持ちいいです!』
「私も楽しかったわ。本当、子どもの頃に戻ったみたい」
夕方、一通り遊び終えた二人は人気のない広場で休憩していた。人も少なくなり、賑わいが消えていくのをどこか寂しげな気持ちでユウが見ていると……。
「ね、ユウくん。あなたに渡したいものがあるの。チェルシーたちより遅くなってしまったけど……あなたのために造ってきたわ。この婚約指輪を」
『わあ、とっても綺麗! でもシャロさん、いつの間に指輪を?』
「ユウくんが他のみんなとデートをしてる間に用意してきたの。素材の調達にちょっと骨が折れたけど、その分いい出来になったと自負しているわ」
ユウの頬を指でつつき、自分の方を向かせるシャーロット。そして、魔法で呼び出した婚約指輪を愛しの少年に手渡す。
彼女が造ったのは、艶やかなアメジストが嵌め込まれた銀色の指輪。悪しきものを退ける力を持つとされる、闇の眷属を象徴する宝石だ。
『シャロさん……ぐすっ。ありがとうございます、ボク……とっても嬉しいです』
「ええ、私も……この日を迎えられて本当に嬉しい。あの日、すぐにでも応えてあげられればとどんなに悔やんだことか……」
『そんな、気にしないでください。この指輪、ずっとずっと大切にします。ボクがおじいちゃんになっても……なるんですかね? ボク』
「ふふ、それはどうかしら。きっと、いつまでも愛くるしくて格好いい男の子のままかもしれないわね」
うれし涙を浮かべ、指輪をぎゅっと握り締めるユウ。ベンチで並んで座り、そんな少年の頭を撫でていたシャーロットは不意にその手を下にスライドさせる。
ユウの顎に指をかけ、顔を自分の方に向けさせる。そして、お互いに見つめ合い……どちらからともなく、唇を重ねた。
「ん……。これで、みんなとのキスをしたかしら? うふふ」
『えへへ……なんだか、改めて考えるとちょっと照れくさいですね。みんなとちゅーするって』
「じゃあ、ユウくんが慣れるまでたくさんキスをしてあげる。あなたの心に悲しみが入り込む隙がないよう、心を私の唇で覆い尽くしてあげるわ」
こうして、少年は乙女たちと本当の意味で結ばれた。愛する婚約者に身体を預け、ユウは幸せを噛み締めるのだった。
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「わー、ここがメルカニオラ一の巨大プールだって! 楽しみだね、ルビィお姉ちゃん! みんな!」
「ああ、このような施設に来るのは初めてだからな。共に楽しもうではないか、キルトよ」
「せやせや、徹底的に遊び尽くすんが礼儀っちゅうもんやで!」
ユウとシャーロットがプールを堪能し、イゼア=ネデールを去った翌日。入れ違いになるようにして、かつて共に戦ったサモンマスターたちが観光にやって来る。
だが、そこで始まるのが楽しい思い出作りではなく、血に塗れた惨劇だったことをのちにユウはキルトに聞かされることとなる。
だが、今はまだ……ユウとキルトの運命が交わることはない。それは、遠い先のことなのだから。




