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155話─ジャンヌは愛を我慢しない

 ブリギット、ミサキ、チェルシー。三人の仲間たちとのデートを終え、バケーションも折り返し地点を過ぎた。四人目の相手となるジャンヌに連れられ、ユウはフェダーン帝国の首都ティアトルルに来ていた。


「さ、まずは街にお買い物に行きましょうユウ様。ディナーをいただくレストランはドレスコードがありますので、相応しい服を買わねばなりませんわ」


『ドレスコードのあるレストラン、ですか。なんだか緊張しますね、そういうお店に行くのは久しぶりなので……』


「ふふふ、そう不安がる必要はありませんことよ。これからの七日間はわたくしが手取り足取りエスコートしますわ。全てわたくしにお任せくださいませ」


 元フェダーン帝国の貴族であるジャンヌがデートの舞台に選んだのは、慣れ親しんだ帝都だった。御家再興を果たすまではかつての領地には戻らない、という決意もあっての選択だ。


 そんな彼女に連れられ、ユウは帝都でも特に有名な服飾店に足を運ぶ。富裕層御用達、その中でも特にエクテイザー家と縁の深い名門店へ。


『ひゃ!? このスーツ、一着で金貨百枚もするんですか!?』


「ホホホ、ユウ様がお召しになられるのですもの。これくらい高級なものでなくては失礼というものですわ。さ、皆さん! ユウ様に似合うとびきりのスーツを仕立ててくださいませ!」


「ハッ、かしこまりました! お嬢様のためにも全身全霊をかけて臨ませていただきますよ!」


『あーれー!』


 久しぶりとなる顔馴染みの令嬢の来店に、店の店員たちは大喜びだ。気合いを入れ、ジャンヌのオーダーに応えるべくユウを店の奥へ連れ去る。


 そこから採寸を始め、様々な行程を経て世界に一着しかないユウ専用のオーダーメイドスーツをしたてあげていく。もちろん、対になるジャンヌのドレスもだ。


 二時間が経った頃、一足先にジャンヌのドレスが仕上がった。激しく燃え上がる炎を思わせる、情熱的なオレンジ色のドレスだ。耳にはパールをあしらったイヤリングを付け、アクセントにしている。


「お嬢様、よくお似合いですよ。亡くなられた旦那様たちが見たら、どれほどお喜びになられたか……」


「ええ、そうですわね。……と言いたいですが、やはり不安ですわ。不出来な娘でしたが、今のわたくしを見て……父や母、兄はどう思うでしょう……」


「お嬢様……」


 仕上げ立てのドレスを纏って戻ってきたジャンヌに、店員が声をかける。相手に答えつつも、ジャンヌはどこか寂しげに笑う。


 今の自分は、神器を継ぐ者として……エクテイザー家最後の一人として家族に恥じぬ存在になれたのか。今の彼女に、答えは出せなかった。


『ジャンヌさん、お待たせしました。どうですか? おかしなとこ……ジャンヌさん?』


「な、なんということでしょう……! 完璧ですわ、パーフェクトですわ、ビューティフルですわ!!! ああ、今わたくしの前に天使……いえ、神の子が降臨しましたわ!」


 どこか気まずい雰囲気が漂うなか、スーツを仕立て終えたユウが戻ってきた。すでに完成したスーツを着ており、どこか恥ずかしそうにモジモジしている。


 少年が着ているのは、青い蝶ネクタイが付いた白いスーツだ。艶のある礼服を身に着けたその佇まいは、名家の令息と呼べるだろう。


 ……それを見ておかしくなったジャンヌにユウや店員が困惑する。そんななか、突然表に出てきたヴィトラが騒ぎ立てるジャンヌに腹パンを叩き込んだ。


『まったく、小僧に花を持たせてやろうと引っ込んで寝ていれば。うるさくてかなわん、さっさと静まれ』


「おぶ、こっほぉ……! も、申し訳ありませんでしたわ。少々エキサイト……ガクリ」


『ジャンヌさん、大丈夫ですか?』


『心配する必要なぞあるまい、このテの女がタフなのは貴様自身がよく知っていよう? なあ小僧』


『まあ、それはそうなんですけど……』


 崩れ落ちてプルプルしているジャンヌを心配しているユウに、ヴィトラがそんなことをのたまう。一瞬、母の一人エリザベートを思い出しユウは苦笑した。


 彼女が言った通り、少しの間身悶えた後ジャンヌは気合いで復活した。せっかくのデートがお流れ、は彼女のプライドが許さないのだ。


「ふっ! かーつ! ですわ! 少々アクシデントがありましたが……ま、今は置いておきましょう。やるべきことは山積みですわよユウ様、次はレストランに行く際身に着けるバッグを購入しに向かいますわよ!」


『あの、そんなにお金を使って大丈夫なんですか? ボクが全部支払っ』


「ノープロブレムですわ! わたくしパラディオンとしての活動でかなりの財を成しましたのよ。これくらいの出費は痛くもかゆくもありません! それに、未来の旦那様のために湯水の如くお金を出すのが我が一族の美徳でしてよー! オーホホホホホ!」


『……うるささは変わらんな。聴覚を遮断してから寝直すか』


 心配するユウにそう告げた後、そのまま小脇に抱え服飾店を出るジャンヌ。心の深層に引っ込んだヴィトラは、変わらぬ喧しさに辟易しながら二度寝を始めた。



◇─────────────────────◇



「さ、着きましたわ。今宵はこちらでディナーを楽しみましょう、ユウ様」


『はい! 想い出に残る晩餐にしましょう、ジャンヌさん』


「ふふ、そうですわね。さ、ここに段差がありますからお気を付けくださいまし」


 それから数時間後、夕日が落ち始める頃。ユウとジャンヌはあらかじめ予約してあった帝都一の高級レストランにやって来た。


 他の利用客は皆、フェダーン帝国の名のある貴族たち。それぞれが煌びやかに己を着飾るなかでも、ユウたちの輝きは劣らない。


「おや、あそこにおられるのは今話題のユウ・ホウジョウ殿ではないか!」


「あら、本当。珍しいわね……隣にいるご令嬢はどなたかしら?」


「むむむ、あんなに綺麗なお嬢さんを連れてディナーとは。英雄の優雅な休日、といったところであろうか」


 他の客たちの注目の的になり、ユウは恥ずかしくなってしまい尻尾を自身に巻いて中に隠れてしまう。その愛らしい姿に、食事に来ていた貴族令嬢たちが熱っぽい視線を向ける。


『うう、なんだか恥ずかしい……』


「気にすることはありませんわ、ユウ様。こんなにも美しく着飾った姿を隠してしまうなんてもったいありませんわ、皆様にも見せて差し上げましょう?」


『わ、分かりました。でも恥ずかしいので……席までエスコートしてください』


「ふふ、かしこまりましたわ。小さな未来の旦那様」


 そうして仲睦まじさを存分に見せつけながら、二人は予約してある席に向かう。二人が座ったのは、レストランの最奥にある席だ。


 着席してしばらくしたのち、料理が順番に運ばれてくる。帝国最高峰の料理人たちが仕上げた料理に舌鼓を打ち、楽しげに語らう。


『ふう、ご馳走様でした。とても美味しくて夢中で食べちゃいました』


「ええ、見ていてとても気持ちのいい食べっぷりでしたわ。わたくし、とても幸せな気持ちになりました」


『ボクもです。ジャンヌさんと一緒にいると、なんだか安心出来るんですよ。きっと、いつもボクを笑顔で見つめてくれているからなんだろうなって。そう思います』


 食後のデザートを楽しんだ後、二人は店内に流れる音楽を聴きながら言葉を交わす。穏やかな微笑みを浮かべていたジャンヌは、ユウの言葉に目を丸くする。


「……ふふ。なら、わたくしはこれからもずっとユウ様に笑顔を見せていきますわ。たくさんの笑顔に溢れた、素敵な人生をプレゼントする。それがわたくしの役目ですから」


『ありがとうございます、ジャンヌさん。ボクもずっと、あなたを支えていきますよ』


「あら、では早速一つお願いしたいことがありますの。ユウ様、少しこちらに身を乗り出していただけませんこと?」


『? はい、どうし──!?』


 向かい合って座っていたジャンヌは、ユウを手招きする。彼が身を乗り出した瞬間、レストラン入り口に視線誘導の魔法を放った。


 他の客や店員がそちらに意識を向けた、次の瞬間。ジャンヌも身を乗り出し、ユウにそっとくちづけをする。淡雪のように優しいキスを。


『じゃ、ジャンヌさん……?』


「うふふ。わたくし我慢はしないタイプなんですの。ユウ様を愛おしく想う気持ちが強すぎて、つい……キスをしたくなりました。お許しくださいます?」


『え、あ、ひゃ、ひゃい! ぼ、ボクは全然平気であうあうあう……』


 誰も見ていなかったとはいえ、まさか公衆の場でキスをされるとは思わず真っ赤になってしまうユウ。イタズラが成功した子どものようにウィンクしながら、ジャンヌは笑う。


 尻尾を忙しなくパタパタさせながら、ユウはひたすらあうあう言っていた。

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― 新着の感想 ―
1番新参だけども頭のレベルはエリザベート並か(◡ω◡) 付き合い出しは甘々でもその内、攻めと受けハッキリして来ると(٥↼_↼)
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