154話─チェルシーの決意
「ふー、食った食った! さ、次の店に行こうぜユウ。まだ腹に入るだろ?」
『ええ、まだ食べられますけど……チェルシーさんは大丈夫ですか?』
「おうよ! 流石に魔神ほどじゃあないがアタシも大食いにゃ自信あるんだ。まだまだ腹三分目にもなってないぜ! ハハハ!」
七日に及ぶ、ミサキとのカルゥ=オルセナ観光という名のデートを終えてクァン=ネイドラに戻ってきたユウ。そんな彼は、早速三番手のチェルシーに連れ出された。
それから三日の間、ユウは様々な国の繁華街を彼女と共に渡り歩き……ひたすらに美味しい食事を堪能していた。チェルシーの立案による食べ歩きの旅だ。
「……わりいな、ブリギットやミサキみたいに別の大地に遊びに連れてけりゃよかったんだけどさ。生まれも育ちもこの大地だから、美味いモン巡りくらいしか思い付かなくて」
『そんな、気にする必要ないですよ。むしろ嬉しいですよ、ボク。こうやって、いつもは通り過ぎる街の美味しいご飯を堪能出来るんですから』
フェダーン帝国にあるとある繁華街の外れに位置するカフェで休憩していると、チェルシーが詫びをする。彼女はブリギットやミサキ、シャーロットと違い外の大地にルーツを持つ存在ではない。
そのため、キュリア=サンクタラムやカルゥ=オルセナといった別の大地の知識に乏しかった。なにしろ、以前のダイナモドライバー騒動で初めて別の大地を訪れたくらいなのだ。
「そっか……ありがとよ、ユウ。代わりと言っちゃなんだけど、支払いは全部アタシに任せな! これまでの戦いの報償でガッポリ金貰ってっからな、いくらでも飲み食い出来るぜ!」
『ふふ、それじゃあお言葉に甘えさせてもらいますね。ボク、遠慮しませんよ? チェルシーさんがびっくりするくらい食べちゃいます』
ゆえに、ユウを楽しませるためにチェルシーが考え出したのがこの食べ歩きツアーであった。それを知っているユウは、彼女にお礼を言う。
「ああ、期待してるぜ? ……ただよ、食べ歩きの旅を再開する前に一カ所行きたいとこがあるんだ。一緒に来てほしいんだ、ユウ。アタシにとって……とても大切な場所だからよ」
『とても大切な場所、ですか。ミサキさんみたいに故郷に行く、ってことです?』
「いや、あっこにゃ帰らねえ。とうの昔に親は死んじまってっから紹介する相手もいねえしな。もっと別のところさ、着いてからのお楽しみだよ」
ユウの問いに首を横に振り、チェルシーはどこか寂しげな表情を浮かべる。何となく彼女の行きたい場所を察したユウは、尻尾を伸ばしてチェルシーの手を包む。
優しく尻尾を撫でた後、チェルシーは会計を済ませユウと共にカフェを出る。そして、世界でたった一つしかない、特別な転移石を使いとある場所にユウを誘う。
「さ、着いたぜ。ここだよ、アタシが来たかった場所は」
『ここは……霊園、ですか。ということは……妹さんのお墓参り、ですね?』
「……ああ。エレインにさ、報告してやろうと思って。姉ちゃんに婚約者が出来たんだぞってな。墓はこっちだ、ついてきてくれ」
二人が転移したのは、チェルシーの妹……エレインが眠る墓地だった。かつて、チェルシーはユウたちと力を合わせ妹の仇たるトップナイト、神谷悟を打ち倒した。
仇討ちの報告をした後も、ちょくちょくチェルシーはエレインの墓参りに来ていた。今回は、ユウを連れて。喜ばしい報告をするために。
「よっ、エレイン。今回は間が開いちまって悪かったな、おとぎの国の事件がだいぶ長引いちまってさ。その分、いい報告があるから拗ねないでくれよな」
『これが、エレインさんのお墓なんですね。はじめまして……というのも、何か変ですけど。ボクは北条ユウ、お姉さん……チェルシーさんの婚約者です』
霊園の一番奥に、チェルシーの妹……エレイン・マールセットの墓石があった。生前の彼女が好きだったという菓子を供え、チェルシーは墓石に語りかける。
ユウも墓前に立ち、手を合わせて静かにお辞儀をする。それを見たチェルシーは、少年の頭を撫でながら今は亡き妹へ想いを呟く。
「なあ、エレイン。あの日……お前が悟に殺された時から。アタシはずっとお前の復讐だけを目的に生きてきた。復讐され成し遂げられりゃ、無様に死んでもいい。そう思うこともあったよ」
『チェルシーさん……』
「でもな、ユウやシャーロット、ブリギットにミサキ、ジャンヌ、ケンゾウのおっさんたちに出会って。アタシは変わったよ。復讐を終えたら、人並みの幸福な人生ってやつを歩んでみようってな」
墓の前に座り、チェルシーは静かにそう口にする。悲劇の日からずっと、彼女はたった一人の家族を奪った仇敵を追い求めて生きてきた。
そうした流浪の日々の中で、大切な仲間たちに出会い……チェルシーは復讐を成し遂げた。全てを終わらせることが出来たのだ。
「……エレイン。お前は祝ってくれるかな。アタシとユウの未来を。お前が歩めなかった分まで、幸せに生きることを」
『きっと、祝ってくれると思いますよ。だって、あなたはエレインさんが大好きだったお姉さんなんですから。鎮魂の園で、ボクたちを見守ってくれてる……そんな気がします』
「ああ、そうだなユウ。……そうさ、きっと祝ってくれるさ。エレイン、いつか遠い未来でアタシが鎮魂の園に行った時のために。たくん土産話を用意していくよ。どんなに話しても足りないくらいの、素敵な思い出をさ」
ユウの言葉に頷き、チェルシーは青空を見上げる。雲一つない空に、明るい太陽が輝いていた。爽やかな風が吹くなか、チェルシーは未来の旦那様を抱き上げる。
「そんじゃ、エレインにアタシらの仲睦まじさを見せて安心させてやろうかね。ユウ、アタシとチューしてくれ! ブリギットたちにはやったのに、アタシはダメなんてのは言わせないぜ?」
『ええ!? こ、ここでやるんですか!? 流石に霊園でやるのは場違いなんじゃないでしょうか……?』
「いいのさ、こんな奥の方にゃエレイン以外の墓も無いし。それに、目の前で見せた方がアタシらの愛の証明にもなるだろ?」
『むむ、そう言われると……。分かりました、じゃあ一回だむうっ!?』
「ん、ちゅ! ちゅ! へへ、一回だけだなんてケチなこと言うなよなユウ。アタシらがこんだけラブラブだってのを見せてやろうぜ!」
『ちょ、ま、あああーーー!!!』
いくらなんでも、故人の墓前でキスをするのは躊躇われたユウだがチェルシーに押し曲け承諾する。そんな少年にキスを雨あられを降らせ、何度も唇を奪うチェルシー。
そんな二人を、遙か遠き天の果てから見る者たちがいた。それは……。
「ほい、ってわけでー。あんたのおねーちゃんは愛しのぼーやとちゅっちゅらぶらぶしてるわけだー。いやー、熱いねー」
「姉さん……よかった。私の分まで、幸せを掴んでくれて……」
死者の眠る場所、鎮魂の園。広大な花畑の中に、二つの椅子と一つの机が設置されている。椅子には、二人の女性が腰掛けていた。
片方は、紫のゴシックロリータドレスとミニシルクハットを身に着けた鎮魂の園を司る冥福の女神。闇寧神ムーテューラ。
もう一人は、チェルシーの妹エレイン。机の上に置かれた水鏡を通して、二人はユウとチェルシーの様子を見ているのだ。
「ムーテューラ様、ありがとうございます。姉さんの幸せそうな様子を見られてとても嬉しいです」
「やーやー、こんくらいやんないとユウへのやらかしの罪滅ぼしになんないし。うむうむ、いいことすると気分がすがすがし」
「ムーテューラ様ァァァァ!!! また水鏡を勝手に持ち出して! バリアス様に謝りに行く方の身っふべぇ!」
「おや、スチュパリくんじゃーん。あーしこれからお仕事っからー、代わりにこの遠見の水鏡バリアスに返しといてー。んじゃよろしくぅー」
「ええ……」
かつて転生させたユウを下界に落っことすという大失態をやらかしたことを気にしていたムーテューラは、その償いにとエレインに姉の様子を見せることにしたのだ。
お礼を言われ、ふんぞり返っているムーテューラの元に一羽の鳥が叫び声をあげながら急降下してくる。神々の眷属、神鳥スチュパリオスだ。
勝手に神々のアーティファクトを持ち出したことを注意しに来たのだが、ムーテューラが投げて寄こした水鏡が直撃し撃沈する。一連の出来事を見て、エレインはドン引きしていた。
「あの、いいんですかムーテューラ様。この鳥さん放置してて」
「へーきへーき、あーしが仕事なんはホントだし。後はなんとかしてくれっから。さ、戻ろー」
「え、あ、はい」
「ぐぬおおお……! 毎度毎度鳥使いが荒いぃぃぃ……!!!」
そそくさと帰って行くムーテューラとその後をついていくエレインに、スチュパリオスは恨めしげな視線を送っていた。




