153話─ミサキの実家へ
ブリギットとのデートを終え、帰宅したユウ。だが、彼に休憩している時間はない。二番手のデート相手たるミサキに連れられて、ユウはある場所に来ていた。
『ふわー、大きな道場! ここがミサキさんの実家なんですね!』
「ふふ、そうさユウくん。九頭龍剣術道場……と、そこに併設されている孤児院が私の実家なのさ」
訪れたのは、カルゥ=オルセナにあるミサキの実家。そこで暮らす両親に、ユウを紹介するため遠路はるばるやって来たのだ。
「ここはね、私のご先祖様……オボロ様とシエル様の出会いの場所でもあり。偉大なるシュヴァルカイザーことフィル様が、故郷を追われた後で育った由緒ある孤児院なんだよ」
『凄いですね~、なんだか緊張してきちゃいます……』
「そうかしこまる必要はないよ、私の父も母も君を気に入っていてね。すぐに打ち解けられるさ、すでに何回も手紙でユウくんのことを伝えてあるから」
軽く孤児院の紹介をした後、ミサキはその隣に建つ大きな道場へとユウを案内する。門下生たちが稽古に励んでいるようで、中から元気な声が響いていた。
門をくぐり抜け中に入った瞬間、ユウたちの足下に転移用の魔法陣が出現する。ユウが驚いていると、立派な日本式の庭園を備えた屋敷の玄関に移動していた。
「やあやあ、待っていたよミサキ、それに婿殿。それがしはミサキの父にして、九頭龍剣術第八代師範……ネズロだ。これからよろしく」
「そして私はネズさんの妻、夏目妙子よ。おタエちゃんって呼んでくれていいからね、ユウちゃん」
『ゆ、ユウちゃん……?』
「やあやあ、やはり父上に母上でしたか。あの魔法陣を仕掛けたのは。ユウくん、紹介しよう。こちらが私の両親だよ」
玄関には、二人の男女が立っていた。片方は丸を描くように配置された、九つの龍の頭の文様が描かれた白い紋付き袴を来たいかつい大男。
もう一人は、ミサキそっくりのタレ目と濡れ羽色の長い髪が特徴的な優しげな女性。この二人が、ミサキの両親らしい。
「門下生たちに囲まれても困るだろうと思ってな、二人が道場に入ったら起動するように仕掛けておいたんだ。ささ、どうぞ婿殿。中でゆるりと茶でも飲みながら親睦を深めようではないか」
『あ、は、はい! よろしくお願いします、ネズロさんに妙子さ』
「ちーがーうーでーしょ? おタエちゃん! はい、リピートアフターミー。おタエちゃん!」
ユウがペコリとお辞儀し、屋敷に入ろうとしたその時。妙子が頬を膨らませつつ通せんぼし、愛称で呼ぶようユウに伝える。
『え、ええ……?』
「はあ、母上のクセが出たか……。母上、先日手紙で伝えたでしょう。ユウくんと私は、そ、その……め、夫婦になるのだからおタエちゃん呼びはよくないと」
「あら、照れてるの~? か~わいい! いつもは腕が疼くとかかっこもがっ!」
「……それは今は関係ないでしょう、母上。待たせてしまって申し訳ない、行こうかユウくん」
『あ、はい』
余計な一言をポロリする前に妙子の口を手で塞ぎ、強引に屋敷の中にユウを案内するミサキ。下手に追求すれば巻き添えを食うと判断し、素直に従う。
その隣では、ネズロが母子のやり取りを見て笑っていた。いかつい容姿とは裏腹に、ミサキが言うようにおおらかな人物であるようだ。
「どうぞ、我が家だと思ってゆっくりくつろいでね。今お茶とお菓子を持ってくるから待っていてね~」
『ありがとうございます、お、おた……』
「ユウくん、わざわざリクエストに応える必要はないよ。一度おタエちゃん呼びするとどんどん調子に乗るからね、母上は」
「ハハハ、愉快でいい女だろう! さ、お茶が来る前にだ。軽くお互いのことを話しておこうじゃないか。婿殿と打ち解けたいからな」
『ええ、ボクもネズロさんたちと仲良くなりたいと……あ、忘れるところでした。これ、お土産です。良かったら後で召し上がってください』
応接間に通され、ユウはお土産に持ってきたお菓子を渡す。ネズロたちが和菓子を好むとミサキに教えてもらい、羊羹を買ってきたのだ。
「おお、お気遣い感謝致す。後でとは言わず、今いただくとしよう。それがしも妙子も羊羹に目がなくてね。もちろん、婿殿も一緒に食べようではないか」
『いいんでしょうか……? お二人へのお土産なのに』
「ふふ、気にすることはないさ。我が家の家訓が一つ、『ちゃぶ台囲めばそれは友』。遠慮なくいただこう」
お茶を乗せたお盆を持って戻ってきた妙子を加え、ユウたちは和気あいあいとした雰囲気のなかでおしゃべりを楽しむ。セレーナにしたように、ユウはこれまでの冒険について話して聞かせる。
「ふむふむ、なるほど。そうか、婿殿も苦労なされたのだな……。先祖代々言い伝えられてきた、フィル様の人生を思わせるよ」
「そうねえ……でも、それを乗り越える強さを持っているのねえ。うふふ、いいこいいこしてあげる~」
『あ、ありがとうございます…?』
話を聞き終えた妙子は、さりげなくユウの隣に移動して頭を撫でる。少々困惑したものの、悪い気はせずされるがままにしていた。
「やれやれ、母上はすっかりユウくんを気に入ったようだ。ま、こうなるだろうとは思っていたけどね」
「ハハハ、それがしも婿殿と打ち解けられて嬉しく思うぞ! ……ところで婿殿よ、娘との式はいつ挙げるのかな? 日程が決まったら教えてもらえると助かる、何せ嫁入り道具を大量に用意しないとならないからな!」
「父上……以前送った手紙にも書いたはずなのだけれど。リンカーナイツとの戦いが終わるまでは、挙式するどころじゃないと」
『確かにそうですね……。今ある問題を全部片付けてからおいおい、といった感じです』
自由奔放な母親にミサキが呆れるなか、ネズロはいきなり式の日程を尋ねる。だが、ユウもミサキもまだ挙式する時期ではないと考えていた。
最低でもリンカーナイツを一掃し、残党すら残らぬよう徹底的に殲滅した後。可能ならば、背後にいる黒幕……ネイシアを打ち破ってからだと結論を出していたのだ。
「そうか、残念だなあ……しばらく孫の顔は拝めそうにないか」
『すみません、がっかりさせてしまって……』
「なに、気にすることじゃないさ婿殿。しかし、そうさな……。じゃ、代わりにそれがしたちを父上・母上と呼んでもらいたい。これからは家族になるんだ、それくらいはいいだろう?」
「あら、そうね~。おタエちゃんって呼んでもらうのもいいけど、そっちも素敵なことよ~」
孫の代わりに、父や母と呼んでほしいとユウに頼むネズロ。少し恥ずかしがりつつも、ユウは居住まいを正し相手を真っ直ぐ見つめる。
『わ、分かりました。こほん、えっと……父上、母上。ミサキさんは必ず、ボクが責任を持って幸せにします。なので、ミサキさんをボクにください!』
「ちょ、ユ、ユウくん!? そ、そんな頼み込まなくても父上たちはもう認めてくれてるから! だから頭を上げよう、ね? ね?」
そして、深々と頭を下げネズロに向かってそう口にする。ミサキから実家に行くと聞いた時、こうして請願しようと内心決めていたのだ。
当然、それを知らないミサキは普段のクールさもどこへやら。大慌てで顔を上げるようユウに身振り手振りで伝え、その様子を両親に笑われることに。
「わっははは! あのミサキがこんなに慌てるとは! いや、実にいいものを見られた。婿殿よ、顔を上げてくれい! 元より君に娘を託すつもりだ、そんなかしこまる必要はないぞ!」
「うふふふ、礼儀正しい子ね~。道場の子たちに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいよ~」
「はあ、まったく……。実家に帰るといつもこんな感じだ、予想外のことばかり起きるよ。……まあ、ユウくんの男気を見られて嬉しいけど」
そんなこんなで、ネズロたちへの挨拶を無事に済ませたユウは彼らに勧められそのまま泊まっていくことになった。……のだが。ここで一つ問題が起きる。
「やってくれたね……! 私の部屋は掃除の途中で使えないから、客間を二人で使ってくれ……か。ユウくんを連れて帰るって伝えたから、先に仕込んでいたか……!」
『あの、ミサキさん? ボク床の上で寝ますから大丈夫ですよ? 尻尾にくるまればお布団の代わりになりますし……わひゃ!?』
あらかじめ手紙を出していたのが災いし、ミサキはネズロたちに工作する余地を与えてしまった。二人は客間に用意された一組の布団で一緒に寝る羽目になったのである。
ため息をつくミサキに、ユウが遠慮がちにそう告げる。少し迷った後、吹っ切れたミサキはクスッと笑いながら少年の手を取り布団にダイブした。
「いいさ、向こうがそのつもりなら受けて立つさ。存分にイチャイチャして見せつけようじゃないか、ユウくん」
『で、でもボクたちにはまだはや……んむっ!?』
「……ん、ぷはっ。ふふ、おかしなことを言うね。私と君は婚約したんだよ? 一緒の布団で寝るくらいは当たり前さ。……その先はまだ、だけどね」
二人仲良く布団の上に寝転び、ぎゅっと密着する。恥ずかしがるユウの唇を奪い、普段のクールさとは真逆の情熱的なキスをするミサキ。
いつものキザッたらしい口調でユウに語りかける。……最後の言葉は流石に恥ずかしいようで、ユウに聞こえないくらいの小声になっていたが。
「私はね、嬉しかったよ。父上にああ言ってくれたのが。……君となら、比翼連理の翼となれる。ふつつか者だけれど、これからも末永くよろしくね。ユウくん」
『はい! こちらこそずっとずっとミサキさんの側にいますよ!』
そう口にし、二人は見つめ合いながら微笑みを浮かべた。




