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149話─おとぎの国の終焉

「我がお供が一撃で……!? くっ、参ったものだ。君はどこまでも……私の計画を狂わせてくれる。実に腹立たしいよ」


『そうですか、ありがとうございます。ところで、いつになったら姿を見せるんですか? ボクとしては、いつでも相手出来ますが』


「そうか、なら見せてやろう。おとぎの国での私の姿を!」


 犬、猿、雉。三体のモンスターを瞬殺したユウが挑発すると、廊下の奥から足音が響いてくる。少しして、黒原がついにその姿を現した。


 黒を基調とし、暗いピンク色のラインが走る陣羽織を身に着け。頭部には武者が被る和風の兜が装着されている。顔には般若の面が付けられ、素顔を隠している。


「神州最強、泣く子も黙る鬼殺しの英雄……桃太郎の力を得た私に敵はない。さあ、その首を貰おうか。北条ユウ!」


『流石に敵の総大将なだけあって、さっきのお供たちとは比べ物にならない力を感じますね……。いざ勝負! といきたいところですが、一つ聞きたいことがあります』


「ほう、なんだ? 冥土の土産に答えてやろうじゃないか」


 背中に桃の絵が描かれた羽織をなびかせながら、腰に提げた刀に手を伸ばす黒原。そんな彼に、ユウは問いたいことがあると口にした。


『何故あなたは……こんなことをするのです。おとぎの国を生み出し、罪のない人々を引きずり込んで苦しめて。そうした悪行のせいで、クァン=ネイドラの民だけでなく罪無き異邦人までもが憎しみの連鎖に呑まれ苦しんでいるんですよ!』


「苦しみ……か。そんなもの、私や一部のオトギマスターズはよく知っているさ。北条よ、聞け。私はね……地球にいた時、戦災孤児だったんだ」


『え……?』


 怒りを込めて、ユウは尋ねる。何故こんな凶行に及び、人々に無用の苦しみを振り撒いたのかと。そう問われた黒原は、自身の過去を語る。


「私の生まれた国では、脆弱で腐敗した政府と横暴な反乱勢力の争いが長い間繰り広げられていた。そんな国で生きてきた私は夢を見てきた。争いの無い国で生きる……そんな儚い夢を」


『そんなあなたが、このおとぎの国を創り出すチート能力を与えられて転生した……と』


「そうさ。お前に分かるか? 長い間踏み付けにされ、いつ命を奪われるかも分からない恐怖に怯え続ける日々の疎ましさが! 争乱に巻き込まれ死んだ私は、あの日……ネイシア様の前で誓った! 次の人生では安らぎの元で生きるのだと!」


 そう叫びながら、刀を抜きつつ走り出す黒原。目にも止まらぬ速度で刀を振るい、ユウを両断せんと先制攻撃を仕掛けた。


 対するユウは斬られる寸前で大きく跳躍して攻撃をかわし、身体を捻りながら銃撃を黒原の背中に叩き込む。


「フン、効かないなこんな弾は!」


『やっぱり、そう簡単にはダメージを与えられませんか。……黒原、あなたが苦しみに満ちた前世を生きてきたのは分かりました。でも……』


「でも、なんだ? 私の行いは認められないとでもほざくか? ハッ、いつもそうだ。持てる者はいつだって……私のような持たざる者の苦しみを理解しようとしない! だからそんな奴らの安らぎを奪い、我が物にしてやると決めたのだ。この国を侵食したように!」


『そんなやり方は間違っています! あなたの力は、正しく使えば誰も傷付けることなく楽園を創ることも可能でした。でも、あなたはそうしなかった。人から幸福を、安らぎを奪うという安易な道へと堕ちたから!』


「それの何が悪い? 所詮この世は弱肉強食なんだよ! 弱い者は強い者に全てを奪われ安らぎを得られない、それが世界のルールだ! ピーチストラッシュ!」


 黒原に弾丸を連射しつつ、問答を続けるユウ。彼と言った通り、使い方を変えれば黒原のチート能力は誰も傷付けることなく役立てることも可能だった。


 だが、内戦によって荒んだ国で生きてきた黒原の精神はねじ曲がり……そうした発想をすることが出来なくなってしまったのだ。叫びをあげながら、黒原は再びユウに斬撃を見舞う。


『ビーストコンバート! 相手が刀を使うなら、バヨネットで対抗します!』


「ほう、やるねえ。いいさ、なら剣戟での勝負といこうか。私は負けない、お前を倒してこの国をさらに拡げる! そうして、私だけの安らぎを手に入れるんだ!」


『……フン、くだらぬな。先ほどから聞いていれば、まあつまらぬ泣き言を垂れるものよ。小僧の方が、貴様なぞよりも壮絶な一生を送り死んだというのに』


 拳の魔神から銃の魔神へと姿を変え、刃を交えんとするユウ。緊迫した状況のなか、沈黙を保っていたヴィトラが唐突に口を挟む。


「……なんだと?」


『なんだ、聞こえなかったか? 貴様、前世はいくつまで生きた?』


「十九までは生きたさ、それがどうした!」


『あの、ヴィトラ? いきなり何を』


『小僧は黙っていろ。フン、十九か……小僧の四倍近くは生きたわけだ。そこまで生きられたというのに、随分と根性のない腑抜けだな!』


『ちょ、勝手に身体を動かさないでくださいよ!? こいつはボクが倒すんですから!』


 黒原の言葉が気に障ったのか、突然罵声を浴びせるヴィトラ。しまいには、ユウの身体を乗っ取り自ら手を下そうとする始末。


 ユウが無理矢理主導権奪い返し、黒原に斬りかかった直後。少年は自身に起きたとある変化に気付く。


(奴を挑発し、動きを鈍らせるついでに貴様が終焉の力を暴走させぬようリミッターをかけておいた。感謝しろ、小僧。大一番で自爆なぞされてはたまらんからな)


(なるほど、そういうことでしたか。感謝しますよ、ヴィトラ)


(礼は奴を仕留めることで示せ。さあ、あの根性無しに引導を渡してやれ!)


 どうやら、ヴィトラは黒原の言葉に怒ったのではなくユウがアクシデントにより終焉の力を暴走させてしまわないよう手を打つため芝居をしたらしい。


 体内で渦巻く終焉の力が少し弱まったのを感じ取ったユウは、感謝しつつ黒原の攻撃を捌く。相手の顔は見えないが、凄まじい怒りを覚えていることはすぐ見て取れた。


「おのれ……! 以前、魔魂片は生かして回収しろとレオンには言われたがもう知ったことか! 私を侮辱する者は殺す! 二度と安らぎを得られぬように! 惨たらしくな! ジャッジメントブレード!」


『来なさい、その言葉そっくり返してあげますよ! 例えどんな悲劇的な過去があろうとも。自分のためだけに他者を平気で害する……そんな存在を! ボクは絶対に許さない! デッドエンドストラッシュ!』


 ユウと黒原、二人の刃が交差しぶつかり合う。数分に渡って鍔迫り合いが続くなか、一進一退の攻防を制したのは……。


『ぬうううう……! やあっ!』


「! 我が愛刀が砕け……ぐあっ!」


 ──怒りに燃えるユウだった。桃太郎に化身した黒原の持つ刀を粉砕し、そのまま致命の一撃を叩き込む。だが、僅かに身体をズラした黒原はかろうじて急所への攻撃を避けてみせた。


「くっ、おのれ……! やってくれたな、私は…、まだ死ねないというのに。あの日々で得られなかった安らぎを……この手で、掴むまでは!」


『……得られる方法はありましたよ。あなたの持つチート能力を人々のために使う。ただそれだけで……あなたは、満たされることが出来たのに』


「人のため……だと? ……そういえば少し前、お前の母親だったか。魔夜という女がいた頃聞いたよ。お前の前世を」


 とはいえ、武器も失い戦闘続行は不可能。その場に座り込み、血を流しながら黒原はユウを見上げる。少しずつ歩み寄りながら、ユウは無言で相手の言葉を待つ。


「……聞かせてほしい。何故お前は他者を思いやれる? お前だって、私のような苦しみに満ちた前世を生きて死んだ。なのに」


『そんなのは決まっています。前世が悲惨だったからこそ……ボクは、苦しむ人々を放っておきたくない。救いを求める人たちを、少しでも多く助けるのが……二度目の人生を生きる意味なんだって。新しい家族の元で学んだからです』


「ははっ、そうか。……参ったな、そりゃあ私が勝てないわけだ。自分のことしか考えていない私が、より多くを救おうとするお前より優れているわけなどないのだから……」


 凜とした声で告げたユウを見て、黒原は自らの敗北を認めた。兜と面を外し、真っ直ぐに少年を見つめる。


「私の負けだ、北条ユウ。さあ、トドメを刺すがいい。トップナイトを討つ栄誉をお前に与えよう」


『ほう、案外潔いところがあるな。小僧、こやつはこう言っている。遠慮なく殺してやるといい』


『……いいえ、ボクは彼を殺しません。彼のしたことは、死によって裁かれるような軽い罪ではありませんから。生きて贖罪し、苦しみながら償いなさい。それが、この人に相応しい罰です』


 黒原を始末するよう進言するヴィトラに、ユウは首を横に振る。良くも悪くも、死という罰は一瞬で終わる。だが、それでは黒原への裁きたりえない。


 生という苦しみをもって、長きに渡り償わせるべき。それこそが相応しいのだと、少年は判断したのだ。


『それに、もうそろそろトップナイトからリンカーナイツの内情をいろいろ聞き出したかったところですし。クァン=ネイドラの平和を取り戻すには、リンカーナイツの滅亡が不可欠ですから』


「……ふ、はは。予想よりしたたかだな、本当に……厄介なものだ。いいさ、苦しむことには慣れている。情報を吐いたら始末される可能性の方が高いだろうが……敗者は勝者に従うもの。お前の提示した罰を受け入れよう」


『なんだ、つまらん。だが……情報を吐かせるために生かすのはいいアイデアだ。褒めてやるぞ、小僧』


『本当は、ボクの中に居候してる誰かさんに洗いざらい話してもらうのが一番楽なんてすけどね~?』


『それは無理な話だ。我はリンカーナイツの最重要機密を教えられていないし興味も無いからな!』


 おとぎの国での戦いが終わり、黒原の捕縛によって幕を閉じた。大笑いするヴィトラにため息をつきつつ、少年は願う。


 この戦いの終わりから、大地の民と異邦人が分かり合うためのきっかけがうまれますように、と。

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辛く傷つく事は誰もが望まない物だが(ʘᗩʘ’) それすら知らないのは人ですらない(⌐■-■)
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