148話─黒幕現る
ユウが身構えるなか、一冊の絵本が飛んでくる。表紙にも裏表紙にも、何も記されていない。ユウの目の前、数メートル手前で停止した本がゆっくりと開く。
そうして、いつかの時のように飛び出す絵本形式で黒原を模した紙人形が飛び出してくる。以前と違い、黒原は静かな声で少年へ語りかける。
「まったく、君とその仲間は随分と私の国を滅茶苦茶にしてくれたものだ。せっかくおとぎの国を創造したというのに、民を大勢殺してしまうとはね」
『黙りなさい、黒原修一。お前のせいで、リーヴェディア王国の人たちがどれだけ被害を被ったか。そっちから出向いてきてくれたのはありがたいことです、探しに行く手間が省けましたからね』
「フッ、都合がいいのはこちらも同じさ。わざわざガンドルクを殺さず、役に立たない状態で側に置くなんてねえ! 自ら枷を嵌めるなど愚かなものだ! 食らえ、フライング・ブック・リッパー!」
互いに殺意を込めたやり取りを交わした直後、黒原はページをめくって武器を実体化させる。絵本から飛び出してきた四つの手裏剣が、ユウ……ではなくガンドルクを狙う。
『陛下を殺すつもりですね、させませんよ! チェンジ!』
【トラッキングモード】
『それっ、 チェイスバレット!』
アドバンスドマガジンを取り替え、複雑な軌道を描く手裏剣に追尾する弾丸を四発放ち撃墜する。すでに戦う力を失ったガンドルクは、ユウに礼を言う。
「小僧……! 済まぬな、助かる。……まだ体力が回復しきっていないか……。万全ならさっさと逃げられるものを」
『いや、逃げたとて奴が部下を差し向け貴様を殺すだけだ。大人しく小僧に守られておくがいい、それが一番安全だ』
「? なんだ、どこから声が……?」
『後で説明します、今は……ん、この気配!』
肉体を元に戻してはもらったものの、まだユウとの戦いで消耗した体力が回復しきっておらず満足に動けない。それを悔しがるガンドルクに、ヴィトラがぶっきらぼうな口調で告げる。
黒原が手裏剣をさらにバラ撒いてくるなかで、ユウは見知った気配が近付いてくるのを察知する。少しして、漆黒の矢が空を裂き絵本を襲う。
「っと! フゥン、お仲間の到着か。案外早かったねえ、ここまで結構距離があるんだけど」
「ユウくん、お待たせ! あなたの気配がした方角に真っ直ぐ移動してきたわ。おかげで間に合った……ってところかしら」
『シャロさん! 無事でよかったです! ……にしても、だいぶ汚れてますね?』
「ええ、まあ……最短距離を突っ切るためにいろいろ無茶したから。全身ハチミツまみれになっちゃって」
飛来する矢をかわし、黒原は呟く。最初に現れたのは、シャーロットだった。ユウの目論見通り、彼の気配に気付いて合流するため移動してきたのだ。
……ヘンゼル及びグレーテルと戦ったお菓子の森を突っ切るため、無理矢理踏破したことで全身ベトベトになってしまっていたが。
「ん!? そこにいるのはガンドルク王! 何故あなたがここに?」
『今忙しいので超端折ると、陛下と和解しました! シャロさん、ボクの代わりに陛下をお願いします! こゃーん!』
「うわっ! こら、離せ! 絵本を閉じられたら攻撃出来ないだろう!」
『ええ、だろうと思って飛び付いたんです。さあ、ボクと一対一の対決をしなさい! ここじゃない広い場所でね!』
『シャーロットよ、こちらは気にするな。貴様は他の仲間と先に脱出していろ』
ユウとやり取りしながら矢を数本放ち、新たに飛んでくる手裏剣を撃ち落とすシャーロット。その最中、ガンドルクの存在に木附町仰天することに。
敵の攻撃処理で忙しいため、簡潔に王がいる理由を伝えた後ユウは絵本に飛びかかる。そして、無理矢理本を閉じて両手で抱え走り出す。
戦えないガンドルクの側にいれば、不測の事態が起きた時圧倒的に不利な状況に追い込まれてしまう。なら、そうなる前に敵を遠ざければいいと考えたのだ。
「仕方ない、ユウくんをサポートするのよヴィトラ! もし寝首を掻いたら後で仕留めてやるわよ!」
『フン、そんな姑息な手は好まぬ。小僧の肉体を奪うのは、もっと相応しいシチュエーションで、な。クククク』
遠ざかっていくユウの背中……正確には少年の内に封じられたヴィトラへそう叫ぶシャーロット。からかうような口調でそう答え、ヴィトラは沈黙した。
「……やれやれ。どこまで信用出来るやらね。さ、ガンドルク王。ユウくんに頼まれた以上は、あなたをこの国の外まで連れていくから安心して」
「そうか、なら……頼む。俺はあの少年に救われたのだ、ここで死ねば彼の努力が無意味になる。外まで案内してくれ」
「あら、驚いた。あんなに私たちを嫌ってたのに、どんな心境の変化があったのやら。まあ、それは脱出してから聞くわ。さ、行きましょう。立てるかしら?」
ガンドルクを連れ、シャーロットは元来た道を引き返す。その心の中では、すっかり態度を変えた王への興味が渦巻いていた。
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「いい加減離してほしいものだな、いつまで私を抱きしめてるつもりなんだい?」
『本当なら【破壊のアメジスト】を使って、このまま粉砕してやりたいですが……。まだ使いこなせてなくて、ボクまで爆散しそうなのでそれは勘弁してあげます。その代わりこうしちゃいます! テイルドリル!』
一方、仲間を巻き込まないよう手頃な広場を探し走り回っていたユウはちょうどいい公園を見つけた。そこに飛び込みつつ、尻尾の一つを伸ばし槍のように硬化させる。
そこに絵本を叩き付け、ブチ抜いて黒原を仕留めてやろうとする……が。不穏な気配を薩長した黒原は絵本のフチを鋭い刃に変え、本を振動させてユウの手から逃れる。
『いてっ!』
「危ない危ない、これでもう自由の身だ。ここまで私を怒らせたんだ、無事に帰れると思うな! 招待してやるぞ、我が城に。そこを貴様の墓標にしてやる!」
『わっ! 本から腕が……ひゃああ!』
『ククク、これで敵の本拠地に乗り込む手間が省けたな、え? 小僧』
『まあ、それもそうですね。ものは考えようってやつです、このまま黒原を返り討ちにしてやりましょう!』
『その意気だ、さあゆけ小僧!』
「ふん、勝てるつもりでいるなんてバカな連中だ。このおとぎの国で私は無敵だ! それを教えてやる!」
ユウの手から逃れた絵本が勢いよく開き、大きな城の切り絵か飛び出してくる。そこから伸びる無数の手がユウを掴み、絵本の中に潜む黒原の元へ誘おうとしてきた。
ヴィトラの言葉に頷き、ユウは身を任せ本の中に引きずり込まれていく。少しして、気が付くとユウは城のメインホールの中に移動していた。
『ここは……。なるほど、ここが決戦の舞台というわけですか』
「その通り。ようこそ、我らリンカーナイツの宿敵よ。君の相手はまず、彼らがしてくれる。行け、我がしもべたちよ!」
『小僧、気を付けろ。気配が三つ来る!』
城の奥へ続く廊下から、黒原の声が響いてくる。直後、廊下から三つの影が飛び出してきた。現れたのは犬、猿、雉……に極めてよく似た大型のモンスターたちだ。
『この組み合わせ……前にミサキさんに聞きました。確か、桃太郎というお話に出てくる主人公のお供たちですね!』
『我も聞いていたが、桃から人が生まれるなど聞いたこともない。まったく、テラ=アゾスタルの昔話とやらも大概ぶっ飛んでいるものだ』
「余裕だねえ、君たち。このお供三体は私が力を注いで強化した個体だ。簡単に勝てると思うな!」
襲ってくる三体のモンスターの猛攻をかわしつつ、そんな会話をするユウとヴィトラ。それを見た黒原は、モンスターたちにさらなる猛攻を仕掛けるよう指示を出す。
「このおとぎの国では我らは無敵。ガンドルクを倒した時のようにいかないぞ!」
『あ、見てたんですねあの戦い。ふふ、それでもなおそう言うということは……自信があるわけですね。でも残念、ボクたちの方が……もっと強い! 終焉解放! 吹き荒れろ、境界と破壊の嵐よ!』
「なっ……!?」
ユウは自らの肉体に眠る終焉の力を呼び覚まし、おとぎの国の魔力を打ち消す。間髪入れず破壊の力を解き放ち、黒原のお供三体を消し炭にしてみせた。
(バカな……!? 小僧の出力が上昇しているだと!? 今回、我は一切手を貸していないというのに。この成長速度は想定外だ! この戦い、まるで経過が予想出来ぬぞ!)
一瞬で勝敗が着いたことに黒原が驚愕し、ユウが得意気に胸を張るなか。ヴィトラは一人、予想を超えるスピードで終焉の力を使いこなしつつあるユウに怖気を感じていた。
(……前言撤回、事と次第によっては我が制御の手を貸さねばならぬな。万が一にも暴走などすれば、小僧と共倒れになる……それだけは避けねば)
おとぎの国の戦いは、どこか不穏な気配を孕みながら……ド派手な一撃をもって幕を開ける。




