146話─襲来! 鏡の王ガンドルク!
『小僧、四時の方角から次の雑魚が来る。さっさと蹴散らしてしまえ!』
『分かっています、これで……こゃーん!』
「ぐへあっ!」
ジャンヌの獅子奮迅の活躍により、義人たちが助け出された頃。ユウは一人、襲い来るオトギマスターズを蹴散らしながら先に進んでいた。
『やれやれ、一発殴って吹っ飛ばすくらいは出来るみたいでよかったです。それも出来ないとなると……マジンフォンの通信が遮断されてる今は打つ手が無くなりますから』
『総大将だけあって、敵も小僧の妨害に全力というわけだ。ククク、どこまで持ち堪えられるのか見物だな?』
『もう、手伝うつもりが無いなら引っ込んでてもらいますよ!』
チェルシーやジャンヌのマジンフォンの故障は、霧を通り抜けた際に起きた偶発的なものだった。だが、ユウのソレは違う。
おとぎの国のどこかにいる黒原の手によって、意図的に通信機能をジャミングされているのだ。ゆえに、誰にも助力を請えない。
ただ一人……ユウ自身に封じられたヴィトラを除いては。もっとも、彼女は『まだ』手を貸すつもりはないようだが。
『フッ、貴様が窮地に陥ったら手助けの一つくらいはしてやろう。土下座をして請えばのはな』
『あ、じゃあいいです。これくらいのピンチは自分で乗り越えるので』
「逃がすか、ここで死……ぐえっ!」
意地の悪い言い方をするヴィトラを心の深層に押し込めつつ、ユウは飛びかかってくる敵に回し蹴りを放ち返り討ちにしながら走る。
仲間と連絡が取れない以上、ユウに出来ることは二つ。スタミナが続く限りおとぎの国を走り回り、シャーロットたちを探す。もしくは、外に脱出することだ。
『ふう、次から次へと敵が……ん? 随分と開けた場所に着きましたね。ここは公園……あれ? 像が無い……台座だけ……?』
幸い、スタミナは誰にも負けない自信があるユウ。敵をふっ飛ばしつつ先へ進んでいると、街中の大きな広場にたどり着いた。
広場の中央にある大きな噴水の側に、黒い台座が設置されている。元は銅像が設置されていたのだろうが、今は空席になっている。
『一体何の像が乗っていたんでしょう? なくなってるのも気になりますね……』
「知りたいか? なら教えてやる、貴様の命と引き換えにな!」
広場に来てから不思議と敵が襲ってこなくなったのもあり、ユウは休憩がてら台座を調べてみようと近付く。そんな少年の元に、聞き覚えのある声が響いた。
嫌な予感を覚えたユウが咄嗟に後方に飛び退くと、一体の巨像が天空から勢いよく落下してくる。その正体は……。
『! その顔、まさか……あなたはガンドルク陛下!?』
「黙れ、汚らわしい異邦人め。我が国の民ではない貴様に陛下などと呼ばれる筋合いなぞないわ! クククク、どうだ? 見違えただろう、この俺の姿を冥土の土産にようく目に刻め!」
水色の巨像……黒原との取引により、おとぎの国の一員となったガンドルクが降り立ったのだ。ユウを抹殺し、パラディオンギルドの戦力を削ぐために。
ただならぬ気迫を漂わせるガンドルクを前に、ユウは思考を巡らせる。俊雄の協力がなければ、おとぎの国の魔力を打ち破ることは出来ない。
(まずいですね、このまま戦うのは不利。一度撤退……なんて、させてくれるわけありませんよね)
すぐにでも広場を脱出しなければ、ガンドルクとの戦いに突入してしまう。本来なら、即座に広場を出る選択をするユウだったが……今回は出来ない。
何故なら、ガンドルク襲来と同時に広場全体が強固な魔法結界で覆い尽くされたのを九つの尻尾で感知したからだ。
「逃げぬのか。結構、なら潔くここで俺に殺されるがいい!」
『そういうわけにはいきません、ボクはここで死ぬわけにはいかないので! ……時間稼ぎくらい、やってみせます! こゃーん!』
これまでの敵の執拗さから見て、結界を破壊するのは一筋縄ではいかないだろうと考えるユウ。それこ、全力で殺しに来るガンドルクを捌きながらなど不可能。
そこで、ユウはひたすら時間を稼ぐことを決めた。結界の存在にシャーロットたちが気付けば、正体を調べるためやって来るはずだと踏んだのだ。
もっとも、分の悪い賭けであることに変わりはない。ガンドルクへの有効打が無い上、シャーロットたちが広場の異変に気付き駆け付けてくれる保障もない。
『たった一人でも戦います! まずはこれでも食らいなさい! イノセンスショット!』
「くだらぬ、今の俺は鏡の王。どんな攻撃も跳ね返してくれるわ!」
『!? た、弾が戻ってきた!?』
それでも、ユウは仲間を信じガンドルクに挑む。ファルダードアサルトを構え、小手調べにと弾丸を放つ。が、弾は相手を貫くことなく跳ね返されてしまう。
反射された弾丸を横っ飛びに避け、自滅は回避したユウ。が、そこにガンドルク本人がショルダータックルを叩き込んでくる。
「隙アリだ! ガーゴイルアバランチ!」
『うぐっ! この質感……それに、さっきの攻撃反射。ただの金属ではありませんね、これは』
「ほう、吹き飛ばされたのに余裕そうだな。本当に苛立たしい……貴様ら異邦人はいつもそうだ。俺を苛つかせてくれる!」
攻撃をモロに食らい吹き飛ばされるユウだったが、空中で身体を一回転させ建物の壁に着地してみせる。そのまま地上に降り、相手から距離を取った。
魔神ゆえの頑強さに助けられ、ほぼダメージを負うことなく考察を始める夢を見て苛立ちを募らせるガンドルク。鼻を鳴らし、再び走り出す。
「二度とそんな余裕を持てないように叩き潰してやる! ガーゴイルアバランチ!」
『おっと、同じ攻撃は二度も食らいません! チェンジ!』
【トリックモード】
『それっ、ファントムシャワー! その鏡の身体、どれだけの反射能力があるのかを確かめてあげましょう! オールシャドウレイン!』
華麗な宙返りで突出を避け、アドバンスドマガジンを装填して八人の分身生み出す。着地後、すかさず新たな技を放つ。
分身たちと共に一斉射撃を行ってガンドルクの足止めをしつつ、反射能力の限界を調べる。
「バカな奴だ、攻撃が激しければそれだけ反射の威力も増すというのにな! 分身ごとハチの巣になるがいい!」
『くっ……! まさか全て跳ね返してくるとは。侮れませんね、その力……!』
が、相手の持つ反射能力はユウの想像を遙かに超えていた。発射した弾丸が全て跳ね返され、分身を消滅させられてしまう。
念のために分身たちより後ろに立っていたユウ本人はハチの巣になるのを免れたが、劣勢に立たされていることに変わりはない。
「反射能力だけではない、今の俺はこんな芸当も可能なのだ! キャプチュードアーム!」
『腕が飛ん……ひゃあ!』
「捕まえたぞ、薄汚い異邦人め。貴様らにはずっと、我が国の民が迷惑を被ってきた。今もそうだ、リンカーナイツなどという組織と貴様たちパラディオンのせいで民が苦しみ、挙げ句の果てにはおとぎの国などというくだらぬ場所に拉致され続けている!」
反撃しようとするユウに向け、ガンドルクは左腕を肘辺りで切り離しロケットパンチを放つ。そのままユウを捕まえ、身動きを封じてしまう。
そうして動けないユウに、鏡の王は異邦人への恨みを吐く。善も悪も関係なく、彼にとって異邦人という存在自体が自国の民にとっての害悪なのだ。
「俺はこの国の王として、どんなに批判されようとあらゆる手を尽くし民を守る義務がある! その一つとして、貴様の首を狩り……王都の門に掲げてくれるわ! 戻れ、キャプチュードアーム!」
『うわっ!』
「食らえい、ガーゴイルギガナックル!」
『がふっ……』
飛ばした腕を引き戻し、肘に装着する直前で手を開く。そして、無防備なユウに必殺こ鉄拳を叩き込んだ。防御することも出来ず、ユウは今度こそ家屋に激突し崩れ落ちる。
『う、げほっ……』
「クロハラから聞いている。貴様にはアンチチートなる能力があると。だが、このおとぎの国にいる限りクロハラの力が上回り……その能力を発揮することは不可能だとな。つまり、貴様は俺になぶり殺される以外に道はないということだ!」
『そうは……いかないんですよ。陛下、確かにあなたの言う通り……パラディオンギルドとリンカーナイツの戦いで、たくさんの迷惑をかけてしまいました』
「分かっているではないか、ならば大人しくその首を」
口から血を吐きながらも、ユウは立ち上がる。そして、真っ直ぐにガンドルクを見据え叫びをあげる。
『でも! だからって全ての異邦人を悪として断罪することは間違っています! 大地の民と共に生きようと、良き来訪者であるために努力している異邦人もたくさんいます! 彼らまで手にかけるのは許されることではありません!』
「ほざくか、小僧! 俺にとって異邦人は全て悪だ、貴様が何と言おうとも。異邦人を絶滅させるためならば、俺は何度でも貴様らへの虐殺をしてやるぞ! それが民のためなのだからなぁ!」
ユウの反論に激昂し、王は少年を仕留めんと走り出す。憎悪に呑まれ、虐殺の徒と化した王を止める。その強い意志が、ユウに変化をもたらす。
『! 小僧の魂と我の力が反応している……? まさか、我の持つ終焉の力を無意識に引き出そうとしているというのか?』
その頃、ユウの心の奥深くに封じられたヴィトラはその変化を敏感に察知し……笑みを浮かべていた。結末を迎えるまで、静観することを改めて決めたらしい。
『クク、面白くなってきた。我が終焉の力と小僧のアンチチートが結び付き、どんな化学反応を起こすか……見届けてやろう。この場所からな』
少年と王の戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。




