144話─守り人は征く
「侵入者め、死……ぐあっ!」
「バカな、何故おとぎの国で……ぎゃあ!」
「オホホホ、わたくしを無力化しようなどとしても無意味ですわ。わたくしにはこの破槍バルファラートがありますの。トシオ様のお力添えが無くとも独力で戦えますわ」
仲間たちが大活躍するなか、ジャンヌは一人襲い来る敵を返り討ちにしつつおとぎの国を進んでいた。目指しているのは、義人隊が行方不明になった草原。
おとぎの国の幹部最後の一人、金太郎が縄張りとしているエリアだ。義人たちが囚われているとすれば、そこ以外にない。そう考えたジャンヌは、目的地を目指す。
「さて、少し休憩しましょう。……まったく、困ったものですわね。先ほどからマジンフォンの通信が出来ませんわ……。わたくしでなければとうにやられていましてよ」
途切れることなく現れるおとぎの国の刺客たちを神器で斬り捨てながら進んでいたジャンヌは、一旦休憩することに。彼女もチェルシーのように、マジンフォンが機能不全に陥っていた。
「……ふう。おかしなものですわね、一人でいることに代わりはないのに。これまでと違って、不安はカケラも無い……。仲間を得るというのは、こんなにも素晴らしいことなのですわね……」
大通りを歩くなかで見つけた、壊れかけの塀に腰を下ろしたジャンヌ。そう呟く彼女の顔には、どこか嬉しそうな表情が広がっていた。
かつて、リンカーナイツの襲撃で全てを失ったその日から。彼女は一人、破槍と大地を守るため戦ってきた。パラディオンギルドに属しながらも、その心は孤独であった。
だが、今は違う。ユウやシャーロット、チェルシーにブリギット……ミサキ。心から信頼出来る仲間たちがいる。それだけで、彼女を蝕んでいた不安や孤独感は消えた。
「さて、そろそろ先へ進みましょう。大手柄を挙げてユウ様たちを喜ばせて差し上げなくては」
そんなこんなで歩みを再開し、僅かに残る義人の魔力を追い……。しばらくして、ジャンヌはたどり着いた。金太郎が支配する地に。
「ほう、これは。新たなパラディオン……フヌゥ、相手にとって不足無しだな」
「あら、わざわざ待っていてくださったんですの? ずいぶんとお暇な方ですのね、来るかも分からない相手を待ち続けるなど」
「いいや、いずれ新たなパラディオンどもが来ることは分かっていたとも。こやつらを救出しに、な。ヌフフフ」
街と草原の境目付近に、巨漢が仁王立ちしていた。筋骨隆々の浅黒い肌……のように見えるボディスーツの上に、金の文字が記された真っ赤な前掛けを身に着けている。
その身長は、目測で二メートルは超えているようにジャンヌには思えた。巨漢……金太郎は笑みを浮かべながら、草原の奥を指さす。
「! あれは……!」
「うぬらの仲間よ。日下部義人と言ったか、奴はなかなか手応えがあったが……我に打ち勝つほどではなかった。うぬは果たしてどうかな?」
そこには、空中に浮かぶ大きな鳥かご型の牢獄があった。その中に、義人と逃げ遅れた先遣隊のメンバーが乱雑に押し込まれているのが見える。
「戦いを始める前に、一つ聞かせてくださいまし。彼らは生きていますの?」
「もちろんだとも。うぬら後続のパラディオンを誘き寄せる生き餌だからな。うぬらは餌を選り好む、屍肉には目もくれぬ……贅沢な奴らよ」
「生きていますのね、ならよかったですわ。もし亡くなられていたら、わたくし一人で外に運び出して蘇生の炎を与えるのは骨が折れますもの」
「ヌフフフ、案ずるな。骨折り損になどならぬ。うぬはここで死ぬのだから!」
お互いに一歩も引かず、相手に不敵な言葉を投げかけ合う二人。しばらくそれが続いた後、もはや言葉は不要とばかりに金太郎が仕掛ける。
巨大なマサカリを召喚し、大上段に構えジャンヌ目掛けて振り下ろす。そのまま敵を叩き潰し、ミンチに変える……つもりだった。
「ヌゥ!」
「ホホホ、わたくしこう見えて膂力には自身がありますの。神器を託されし一門の者として……そんじょそこらの殿方に力負けなど、許されることではありませんので! ハッ!」
「グヌ、ウ! ヌフフフ! 面白い、我をよろめかせるか!」
ジャンヌはバルファラートを頭上に掲げ、振り下ろされたマサカリを受け止める。そして、そのまま軽く力を込めて相手を押し返した。
揺らぐことのない巨躯がよろめき、金太郎は数歩後退することに。だが、彼の顔にあるのは怒りでも驚愕でもなく、歓びの表情であった。
「うぬならば楽しめよう、血湧き肉躍る素晴らしき戦いを!」
「お生憎様、わたくしヨシト様たちの救出が最優先ですので……悠長にあなたと遊んでいる暇はございませんの。淑女は優雅に敵を滅して、迅速に務めを果たしますわ」
「ヌフフフフ、そうはいかぬな! 我は退屈しているのだ、嫌でも付き合ってもらおう! マサカリ断撃!」
強敵が現れたことを喜ぶ金太郎とは対照的に、ジャンヌは冷めた目で相手を見つめる。彼女に与えられた使命は、目の前の敵の抹殺ではない。
極端な話、義人たちを救出してしまいさえすれば金太郎を無視してしまってもいいのである。のだが、そんなプランは現実的ではない。
目の前にいる、戦いに飢えた獣を打ち倒さなければ先へは進めない。ゆえに、ジャンヌはため息をついた後相手の攻撃をバックステップで避ける。
「……はあ。仕方ありませんわね、ならば少しだけお付き合いしましょう。もっとも、勝つのはこのわたくし。あなたを仕留め、ユウ様の寵愛を賜りますわ。うふ、うふふふふ」
「ユウ・ホウジョウ……名は知っている。何人ものトップナイトを打ち破った、真に強きパラディオンにして新世代の魔神。ヌフフ、うぬを倒した後はそやつと戦うのも面白いものだ! マサカリ薙ぎ嵐!」
「ふふっ、捕らぬ狸の皮算用などおやめなさい? 往々にして、そんな空想をする者は……叶う前に散るものですから! ブレイカブルスピア!」
「ヌフッ! ククク、いい一撃だ。うぬもまた素晴らしい……!」
金太郎はユウのことを知っているらしく、少年との戦いまで所望する始末。そんな相手が踏み込みながら放つ凄まじい勢いの薙ぎ払いをジャンプで避け、槍を投げるジャンヌ。
「愚かな、己が唯一の武器を投げるなど笑止千万! 掴んで砕き……むぐっ!?」
「あら、知りませんでしたの? この手を離れたバルファラートの速度は、わたくしの意思一つで自由自在。そう簡単にキャッチ出来ませんわよ? オホホホホ!」
空いている左手を伸ばし、投擲されたバルファラートを掴もうとする金太郎。が、指がかかる直前、槍が急加速して相手の手をすり抜けた。
そのまま金太郎の左鎖骨付近に直撃し、突き刺さる……が、筋肉という名の強靱な鎧に阻まれ致命傷には至らない。ジャンヌは槍を操り、手元に引き戻す。
「ヌフッ……。やるな、今のは我の不覚。潔く己の不甲斐なさを認めよう。だが、次はこうはいかぬ。同じ手は二度通じぬと知れ! マサカリ疾風閃!」
「あら、そちらも投げますの? ならば両断して差し上げましょう! ハアァァ……気刃金剛斬!」
傷を癒やすため、今度は金太郎が大きく背後に跳躍する。もちろん、相手の追撃を防ぐためマサカリを投げながら。
ジャンヌはバルファラートに魔力を込め、穂先を薙刀のような長大な刃に変形させる。そして、迫り来るマサカリを両断してみせた。
「ほう、切り裂くか! オリハルコンに匹敵する我がマサカリを!」
「エクテイザー家直系たる者、これくらい出来なければ即刻破門されますわよ? わたくし、ユウ様のお仲間としては一番日の浅い新参者ではありますが。……純粋な実力ならば劣ることはない。そう自負していますのよ」
真っ二つにされたマサカリが自身の両脇を超え、すっ飛んでいくのを横目にジャンヌは不敵な笑みを浮かべる。
神器の守り人たる一族、その最後の一人として……誇りを胸に。今、強敵に挑む。




