141話─雪と灰の決戦場
リーヴェディア王国民を引き連れ、おとぎの国からの脱出を目指すチェルシー。そんな彼女に、パラディオンギルドの特設作戦本部籠もりナビゲートする俊雄。
俊雄の目の前にあるデスクには、ユウ一行それぞれの現在の様子が空中に投影されている。マジンフォンを通し、それぞれが置かれた状況をチェック出来るように。
「ふう、これでシャーロット殿とチェルシー殿は問題ありませんな。他の方々はまだ敵とは接触して……」
「よお、邪魔するぜ。上層部からの差し入れだ、空いてるとこに適当に置いとくぞ」
「ややっ、グレイシー殿! これはかたじけない、出来れば左側に置いていただけると助かりますぞ! 右側は拙者のマイスウィートエンジェルの居場所ですからな!」
「へーへー、そこのフィギュアっつったか……それに触るなってこったろ? 要は。オレにゃあ理解出来ねえな、人形を可愛がるなんざ何が楽しいんだか……」
俊雄が独り言を呟いていると、部屋の扉が開きグレイシーが入ってくる。ギルド上層部から俊雄への差し入れである軽食とコーヒーが乗ったトレイをデスクに置き、やれやれと肩を竦める。
彼女の視線の先には、デスクの右側に鎮座する高さ十八センチほどの美少女フィギュアがあった。俊雄が異邦人の職人に創ってもらった特注品である。
「む、であれば拙者がいろいろと教えて差し上げましょうぞ。オタク道は奥深く楽しいものですぞ、さあグレイシー殿もエンジョ」
「おい、ミサキとやらが映ってる映像から警告音出てるぞ。敵と出会ったみたいだぜ、援護してやれ」
「ふむ、承知! それでは任務に戻りましょうぞ!」
危うくオタク沼に引きずり込まれそうになるも、ミサキが敵と接触したことでグレイシーは難を逃れた。俊雄が映像に向き直ったのを見届け、こっそり退出していくのだった。
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「やあ、君は……見たところ、このおとぎの国とやらの住民みたいだね。名前を教えてくれるかな?」
「フン、部外者……それもパラディオンギルドに与する者に教える義理なぞない。黒原様に侵入者の排除を厳命されているのだ、ここで消えてもらうぞ」
その頃、ミサキはおとぎの国に広がる雪原エリアにて新たなる敵と対峙していた。相対するは、白い着物を着た鋭い目付きの気の強そうな美女。
登場人物が該当しそうなおとぎ話に心当たりがなかったミサキが問うも、けんもほろろに拒絶され返答は返らず。代わりに抹殺宣言を受けることに。
「ふっ、そうかい。ならその言葉、そっくりそのままお返しするとしよう。消えるのは君さ、名も知らぬ美女よ。さあ……俊雄さん、準備はいいかな? 戦闘開始だ!」
『承知! とはいえ、相手の正体も能力も不明ですからな……ではこうしましょう! セイヤッ!』
相手の正体がまるで分からないため、俊雄は少し考え込んだ後どの作品の力をミサキに与えるか決める。必要なのは、相手が何をしてきても対応出来る万能性。
そう判断した彼が、ミサキに力を与えようとする……が。その動きを見た瞬間、女は目で追えない速度で走り出す。
「貴様らとかぐや姫たちとの戦いを私が知らぬとでも? その厄介なチート能力、使わせはせぬ!」
「速い……! でも残念だったね、すでに……変身は終わっている!」
「! 消え……くっ!?」
浦島太郎同様、すでに俊雄の能力を把握している女は発動前にミサキを仕留めようと目論んでいたようだ。神速の貫手を放ち、心臓を貫こうとする。
が、手を突き出した時にはすでにミサキの姿が消えていた。直後、女の背後から声が発せられ……同時に背中に衝撃が走り吹き飛ばされる。
「ふう、危ない危ない。あと少し遅かったらやられていたが……すでに一度、醜態を晒しているからね。これ以上無様は見せられないのさ」
「貴様……!」
着地した女が振り向くと、そこには服装が変わったミサキがいた。全身を包む青いボディスーツの上に、赤いスカートと白いブーツを身に着け。
背中には、襟の立った金色のマントを羽織っている。胸に刻まれたLのプレートが、陽光を浴びて輝いていた。
『今回は敵の能力が分かりませんからな、趣向を変えて最強のアメコミヒーローの力を与えましたぞ!』
「アメコミ、ね。母から聞いているよ、地球にあるアメリカという国の漫画だとね」
ミサキが変身したのは、アメリカンコミックに登場する正義のヒーロー。その名は『ルーン』。ヒーローたちのチーム『ジャッジメント・ソサエティ』を率いる最強の英雄だ。
「フン、日米対決とでも洒落込むつもりか? いいだろう、所詮貴様はガワを借りただけのまがい物。存在そのものをおとぎの国の住人に変換した私に勝てるわけがない!」
「ガワだけ……ね。確かにそうだ、そちらの言うことも一理ある。しかしね、力に酔うためだけに己を捨てるような真似をする方がよほどおかしいと……私はそう思うよ」
「!? そんなバカな、私の貫手が効かないだと……!?」
ミサキが着ているのはボディラインが浮き出るほど薄いボディスーツ、簡単に貫くことが出来る。そう思っていた女だが、その目論見は崩れ去った。
必殺の貫手はボディスーツを貫くことが出来ず、傷一つ付けることも叶わなかったのだ。女が動揺するなか、ミサキが反撃に出る。
「次はこちらの番だ、マグナムレーザー!」
「ぐうおっ!」
ミサキが力を込めると、額に金色の目の模様が浮かび上がる。そこから放たれた金色のレーザーが女の胸に直撃し、再び遠くへと吹き飛ばした。
「ふむ、思っていた以上に威力があるね。相手の耐久力はそれ以上なようだけど。今の感覚、奴を仕留め切れてはいないようだ。随分とタフな敵だよ」
『あー、ミサキ殿。申し訳ないのですが、拙者少し席を外しますぞ。ブリギット殿も敵と相見えたようでしてな、そちらにも力を貸さねばなりませぬので』
「ん、分かった。なに、安心しておくれ。油断しなければ遅れを取ることはないさ。ブリギットやユウくんたちのこと、頼んだよ」
『デュフフ、拙者にお任せですぞ!』
頭では与えられた力の強大さを理解していても、実践するとなれば話は別。少しずつ慣らしていこうと考えていた矢先、俊雄がそう言い出す。
分断されているブリギットが、少し遅れて接敵したらしい。そちらのフォローに回る旨を伝えた後、ミサキへ語りかける声は消えた。
「さあ、やるとしよう。……ヒーローの悪党退治、か。ふふ、まるでご先祖様になったような気分だ」
そう呟き、ミサキは吹き飛んでいった女を追って飛んでいった。
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「ムムムムム、どこに行ったデ……へぶぅ!」
「ははは、どうしたよデカブツ! そんなデカいもんぶら下げてるから、足下が見えねのーのか? そりゃあ!」
「べふぁっ! グムー、人をバカにするとは無礼ナ奴デス! ゼッテー見つけ出して踏み潰してやるデスマス!」
その頃、ブリギットさおとぎの国の深部にて一人悪戦苦闘していた。彼女が送り込まれたのは、活火山の麓にある棄てられた街。
火山灰が降り注ぐなか、彼女は目に見えないほど小さな敵と戦っていた。その正体は……。
「ムダだって。おとぎの国の幹部が一人、この『一寸法師』には勝てないよ。かぐや姫たちを倒したくらいで浮かれてるようだけど、そんなんじゃあここで死ぬのがオチさ!」
「浮かれてる? 何を言ってるデス、その程度で浮かれテるようなアンポンタンだと思ったら大間違いデスよ。……見切った、ヘヤッ!」
「ぐえっ! チェ、流石に動体視力が追い付いてきた……ってとこかな?」
一寸の名に相応しいミニマムサイズの刺客は、降り注ぐ火山灰に紛れブリギットに攻撃を叩き込む。攻撃の瞬間だけ質量を増大させることで、ダメージを与えられるようにしているのだ。
何度も突撃を食らいつつ、持ち前のタフさを活かして耐えていたブリギットはようやく敵の攻撃パターンを見切る。飛び上がってきた一寸法師を殴り付けて撃退してみせた。
『ブリギット殿、お待たせしましたぞ! ここからは拙者が支援致しまするぞ~!』
「オヨ、としとし! 助かるデスよ、あのチビ人をサンドバッグみたいにしてきやがるデスマス。いい加減鬱陶しかったところなのデスよ」
俊雄との通信が繋がり、ブリギットはそう口にする。話している間に突撃してきた一寸法師を避けつつ、新たな能力が授けられるのを待つ。
「シャクなことデスが、としとしの協力が無いとこいつらは倒せないデスからね。特別強くてぷりちーなのを頼むデス!」
『承知しましたぞ、それならば魔法少女などは……いや、ここはさらに一捻り加えましょうか! そいやっ!』
ブリギットのリクエストを受け、俊雄は新たなビデオテープを彼女にセットする。果たして、ブリギットが変身したものは……。




