139話─向けられる憎悪
時は少しさかのぼる。シャーロットがヘンゼル・グレーテル兄妹の住むお菓子の家を発見する少し前。チェルシーは一人、街の中を歩いていた。
「くっそ~、あの霧め……。おかげでユウたちとはぐれちまった。霧のせいで通話機能が使えねえし、どうやって合流すっかな……」
霧に呑まれた影響でマジンフォンに不具合が発生し、仲間との通話が出来ない状態になってしまっていた。一時的なものとはいえ、いつ直るか分からない。
俊雄との通信も不可能な以上、敵に見つかることは死を意味する。おとぎの国の住民に発見されてしまわないよう、慎重に歩を進めていると……。
「……て……。……けて……」
「んん? 気のせいか? なんか声がしたような」
「す、けて……たすけ、て……」
「いや、気のせいじゃねえ。どこだ? 助けを求める声……。ん、こっちだな。もしなしたらヨシトんとこの奴かもしれねえ!」
教会のある地区に足を踏み入れたチェルシーの元に、かすかに助けを求める声が聞こえてくる。耳を澄ませ、声の出所を探り歩き回っていると……少しして、見つけ出すことが出来た。
「おいおい、縁起でもねーぞ。墓の下から声なんてよ……とりあえず助けるか! フンッ、オラァッ!」
声が聞こえてきたのは、教会に隣接する墓地からであった。全力を込めて墓石を押し、ズラすチェルシー。墓石の下に空間があり、そこにリーヴェディア王国の住民が囚われていた。
「ああ、よかった! 助けが来てくれた! ずっと叫んでて喉ガラガラだよお……」
「ヨシトんとこのパラディオンじゃなかったか……ま、生存者を見つけられたんだからヨシとすっか。あんた、どうしてこんなところに押し込められてたんだ?」
「パラディオン……? まさかあんた、あの薄汚い異邦人たちの仲間か! クソッ、ぬか喜びだったな……」
墓の下から助けられた青年は、チェルシーがパラディオンギルドの一員であることに気付き不満を漏らす。内心イラッとしつつ、チェルシーは平静を保ち声をかける。
「あんたなあ、助けてもらっといてそれは失礼じゃあねえか? いや、リーヴェディアの連中が異邦人を嫌ってるのは知ってるけどもよ。それにした」
「うるさい、異邦人の手先め! ガンドルク陛下は常々俺たちに説いてくださってるんだ。異邦人は全て悪、そんな奴らに与する大地の民もロクな奴じゃないと!」
「……あ? いくらなんでもよ……そこまで言われて笑ってられるほど、アタシは聖人じゃあねえんだ。霧の外に逃がそうと思ってたが気が変わった、また墓の下に戻してやる」
が、悪意に満ちた罵声をかけられ流石に堪忍袋の緒が切れる。手を出すわけにはいかないため、墓の下に戻して放置することにしたようだ。
「ああ、こっちだって望むところだ! クソッ、気分が悪い。あんただって同じ大地の民のはずなのに、なんだって異邦人なんかの味方をするんだ!」
「てめぇ、いい加減に……あぶねえ!」
「うおっ!?」
あまりの傍若無人な物言いに、やっぱり一発ブン殴ってから戻して……と考えていたチェルシーの耳に、かすかな風切り音が届く。
直後、殺気を感じ取ったチェルシーは青年を押し倒し飛来してきた『なにか』から身を守る。飛んできたなにかは、頭上で弧を描き元来た方向へ戻る。
「あーらら、避けられちゃった。まあいいかあ、どうせここで死ぬ運命に変わりはないからねえ」
「てめぇ、ナニモンだ? 名乗りやがれ!」
「ふふふ、僕は浦島太郎! このおとぎの国を守る幹部の一人さ! そして今投げたのは僕のお供、亀ちゃん!」
チェルシーが気配のする方を見ると、そこには釣り竿を肩に担ぎ浮遊する亀を侍らせた年若い青年がいた。青年……浦島太郎は名乗りを上げ、ニヤリと笑う。
「あ、あいつだ! あいつに捕まって俺たちはみんな墓の下に押し込められたんだ!」
「もー、違うって。これは墓じゃなくて玉手箱! 何度もそう説明したよね!? まあいいや、言っても分かってくれなさそうだし。それにしても、困るんだよねぇ」
「何が困るってんだよ。言ってみな、ききながしてやっから」
「おとぎの国の住民候補をさ、玉手箱に入れて黒原様に献上する予定なのに……そうやって逃がされるのがさ! ちょうどいいや、パラディオンも取っ捕まえて献上してやる!」
どうやら、青年を含むリーヴェディア国民を捕らえ墓石に押し込んでいたのは浦島太郎のようだ。担いでいた釣り竿を振り、糸で繋がれた釣り針をチェルシーに飛ばす。
「そぉら、スナイプスフィッシング!」
「ッチ、こんな時だっつうのに! おいお前、走れるか? ここから逃げるぞ!」
「え? な……」
「ああもうしゃらくせえ、担ぐ! 置いてくのもそれはそれで後味わりぃからな!」
「ちょ、ま、おおおおお!?」
身体を仰け反らせ、チェルシーは飛来する釣り針をかわす。とはいえ、第一撃を避ければなんとかなる状況ではない。
俊雄のチート能力による恩恵を受けられない以上、おとぎの国の住民に対抗することは不可能。今のチェルシーは逃げることしか出来ないのだ。
直前まで罵詈雑言を浴びせてきた相手とはいえ、流石に置いていくのは矜持に反すると青年を担ぎ上げ走り出す。そんなチェルシーを、ゆっくり浦島太郎が追う。
「あはは、鬼ごっこかい? いいよお、気が済むまで逃げなよ。この教区エリアは僕の庭みたいなもの、目を瞑ったって追い着けるもんね」
「ハッ、言ってろ! 余裕コイてる間に逃げ切ってやるぜ!」
余裕しゃくしゃくの浦島太郎を振り切るべく、チェルシーは墓地を抜け通りを走っていく。ある程度離れ、もう大丈夫だろうと考えるが……。
「あ、そうそう。何処まで行ってもムダだからね? 僕の釣り糸は空間を超えてどこへでも届くから! フィッシングリンクスラッシュ!」
「ぐあっ! クソッ、あの野郎インチキしやがる! 舐めやがって、絶対逃げ切ってやらぁ!」
「うおあああ!! 揺れる! 揺れるぅぅぅぅぅ!!」
次の瞬間、家の壁を突き抜け浦島太郎が放った釣り針が襲いかかる。咄嗟に避けたものの、腕にかすり切り傷を負ってしまう。
小バカにしたような声を聞き、チェルシーのやる気が燃える。何がなんでも相手の鼻を明かしてやろうと、ひたすら全力疾走で逃げていく。
「ウオラアアアア!! 故郷のオーガ一の俊足! 見せ付けてやるぜぇぇぇぇ!!」
「うおおおお!! は、はや……おい、待て! そこの道を左だ、そっちに……」
「出口があるのか!?」
「いや、墓に入りきらなかった街の連中が押し込められてる倉庫があるんだ! 俺はあんたと逃げるなんてまっぴらだね、それくらいなら倉庫で仲間と丸まってる方がマシだ!」
「ハァ!? てめぇこんな時まで……いや、その情報は感謝するぜ。ついでに倉庫に捕まってる連中を解放して逃がす! おりゃあ!」
この期に及んで世迷い言を抜かす青年に呆れつつ、チェルシーは倉庫を目指す。どれだけ嫌われようとも、パラディオンたる彼女の使命は一つ。
リンカーナイツに苦しめられる者たちを救う。それが、彼女の在り方。全力疾走をしばらく続け、倉庫の前にたどり着く。
「ふう、ふう……。結構遠かったが、無事着いたな。んじゃ早速……あよいしょ!」
「あんた……なんでだ? なんでそうまでして俺たちを助けようとすんだよ? 異邦人に与する悪人のクセに」
「……一つ言っておくぜ。異邦人だからって、皆がみんな悪人じゃねえ。そうやって思考停止するのが一番よくねえんだ……よっと!」
凄まじい威力の蹴りで、倉庫の扉を閉ざす南京錠を破壊するシャーロット。青年の問いに答えつつ、脚で扉を乱暴に蹴り開ける。
倉庫の中には、墓石という名の玉手箱に納め切れなかった人々が縛られた状態で転がされていた。みな、怯えた目でチェルシーを見つめている。
「死んでる奴は……いなさそうだな。よし、ちょっと待ってな。おめーらを助ける前に……」
「そこだ! スナイプスフィッシング!」
「このカス野郎をぶっ殺すからよ! そらっ、捕まえた!」
全員無事なのを確認し、一息ついた後……チェルシーは担いでいた青年を倉庫の中に投げ入れ、後ろへ振り向く。
数メートル離れた路地に、いつの間にか獲物を追跡してきた浦島太郎がいたのだ。飛来する釣り針を避け、糸を掴むチェルシー。
「ゲッ、なにすんのさ! 離してくれないかな、この釣り竿リール着いてないから巻いて回収出来ないんだけど!」
「あーそうかい、いいこと聞いたぜ。んじゃあ、こうしてやるよ! フンッ!」
「おひゃっ!? 釣り竿がぁ!」
「ハッ、腕力はてんでねーんだな。こんな釣り竿、こうやってバキバキにへし折ってやるぜ!」
おとぎ話のアイテム故、原始的な形状の釣り竿は飛ばした糸を回収する機能が備わっていない。そこを突き、チェルシーは力任せに糸を引っ張る。
そうして奪い取った釣り竿を膝に叩き付けてへし折り、使い物にならなくしてしまう。これで、敵の武器は一つ奪えた。
「くうー、よくもやってくれたな! それ、黒原様から貰った一品ものなんだぞ! もう許さない、ぶっ殺してやる!」
「ハッ、もう許さねえだあ? そりゃこっちの台詞だ、この国で好き放題やった報いは受けてもらうからな!」
俊雄の助力が得られずとも、チェルシーは一歩も退かない。例えどれほど不利な状況でも、守るべき者たちを守る。それが、彼女の矜持なのだから。




