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137話─『娘』の誇り

 ミラクルお料理♪ハニークック。俊雄が幼稚園時代に放送されていた、子供向け教育番組の一コーナーである。


 幼児たちに料理の楽しさや食事の大切さを学んでもらうためのコーナーで、毎回ナビ役のマスコットと共に料理をする人気コーナーであった。


 という解説を挟み、俊雄は当時の思い出に浸る。シャーロットが絶賛二対一の状況で大乱闘を繰り広げているなかで。


『……という感じで、そこから拙者のオタクライフが始まったと言ってもかご』


「その話後にてもらえるかしら!? 見ての通り、今とても忙しいの! あの二人……っくぅ!」


「あはは、いつまで逃げられるかな? ほぉーら、次は当てちゃうよ!」


「縦と横、どっちに両断されたい? お望みの方でぶった斬ってあげちゃう……かもね!」


 ヘンゼルとグレーテルは、板チョコ出来た刀身を持つ大刀を振るいシャーロットと渡り合っていた。一見、切れ味など無いように見える。


 が、見た目とは裏腹にその切れ味は凄まじく、お菓子で出来た大木を容易く両断してしまう威力がある。まともに食らえば、まず間違いなく死ぬだろう。


「全く……慣れないわね、仕方ないこととはいえ接近戦をすることになるなんて。それにしてもこのフライパンとフライ、やけに頑丈ね……」


『デュフフフ、当然ですぞ! 戦闘用にパワーアップさせてありますからな、並の攻撃ではビクともしませぬ!』


 対してシャーロットの武器は、右手に持ったフライ返しと左手に持ったフライパン。あまりにも頼りないが、驚くべきことに敵の攻撃で傷一つ付かない。


 板チョコ刀の攻撃を何度受けても、斬られることも折られることもなく耐え続けているのだ。とはいえ、防戦一方であることに変わりはない。


 二対一という不利な状況を覆し、勝利をもぎ取るためにどうすべきか。ヘンゼルの攻撃をバックステップで避けつつ、シャーロットは思考する。


(さて、どうしましょうかしら。普段は弓を使ってるから、こういう白兵戦は慣れてないのよね……。まあ、お母様仕込みの立ち回り方があるから負けはしないけど)


 剣に適性がなかったシャーロットは、母である双子のエルフとは別の道を進んだ。叔母のマリスから弓を学び、その道を邁進(まいしん)し続けて今日(こんにち)まで戦ってきた。


 ゆえに、演習以外で久しくしていない白兵戦に手間取っていた。だが、それも最初だけの話。剣の才能は無くとも、母より学べたものはある。それは……。


「貰った! そこ……!? グレーテル、危ない!」


「きゃっ!? 気を付けてよねヘンゼル、私が真っ二つになっちゃうところだったじゃないの!」


「ごめん、気を付けるよ」


 立ち位置を絶妙にズラし、わざと兄妹から挟み撃ちにされる場所に移動する。そうしてシャーロット自身で射線を塞ぎ、反対側にいる仲間を見えないようにする。


 それによって同士討ちを誘い、そのまま自滅……上手く行かずとも、度重なるフレンドリーファイアで結束を削ぐ。そんな作戦に出たのだ。


『なかなかにやりますな、シャーロット殿! あの二人、少しずつですがギスギスしてきましたぞ!』


「ふふ、そうよトシオさん。数の差で不利なら、バカ真面目に真っ向勝負する必要なんてない。それがお母様……アニエスとテレジアの教えよ」


 ヘンゼルとグレーテルを翻弄するシャーロットに賛辞の言葉を贈る俊雄。そんな彼に答えつつ、シャーロットは遠い昔……まだ独り立ちする前のことを思い出す。


『いいかい? シャロ。戦場では常に対等な条件で敵と戦えるわけじゃあない。時として圧倒的に不利な状態で戦わねばならないこともある』


『例えばたくさんの敵に囲まれたり、足場の悪いところに誘導されちゃったり……ね。そこで! 今日はそういう状況に陥った時のための戦闘訓練をボクたちとやるよ!』


『はい、よろしくお願いします! お母様!』


 シャーロットにとって、アニエスとテレジアは良き母であり素晴らしき指導者だった。生まれてからずっと、彼女らから多くを教わり続けてきた。


 そうして得た知識は種としてシャーロットの頭脳の中で成長し……花開くのだ。窮地より己を救う閃きとなって。


「おっと、軽いわね。この程度の攻撃、避けるのは寝てても出来るわ!」


「っぶな! くぅ、お姉さん……僕らを同士討ちさせるつもりだね? でも残念、そうはならないんだなこれが!」


「そんなセコいことをする悪い大人は嫌い! ってことで、罰を与えてやるわ! 来なさい、大窯の魔女!」


 時間差で放たれたヘンゼルとグレーテルの攻撃を、身を捻ってかわすシャーロット。同士うちに作戦はある程度功を奏し、敵にダメージを蓄積させた。


 だが、敵も愚かではない。いつまでも同じ作戦は通用しない……そう知らしめるべく、お菓子の家から新たな手勢を呼び出す。


『む、お気を付けくだされ! 奴らめ、何か仕掛けるつもりですぞ!』


「そうね、警戒を強めておかないと……クッキングマジック、ラップカーテン!」


 お菓子の家の扉が開き、暖炉型のオーブンが飛び出してくる。他の全てがお菓子で作られているというのに、暖炉だけが通常の素材で出来ていた。


 その事実に不気味なものを感じたシャーロットは、俊雄の警告もあり守りを固め様子を見ることに。大量のラップを出現させ、幾重にも重ねコートのように纏う。


「ぷぷぷぷ! 何さそれ、すっごくダッサーい! まあいいや、行け大窯の魔女!」


「全てを燃やしちゃえ! デストロイドフレイム!」


 ヘンゼルとグレーテルが叫ぶと、暖炉型オーブンの扉が開く。直後、そこから灰にまみれ、身体の半分近くが炭になった女の上半身が姿を現す。


 女の口の中から炎が漏れ出ていることに気付いたシャーロットは、追加で巨大なまな板を召喚して盾にする。守りをさらに固め、攻撃を凌ごうとしていた。


「それっ、ファイア!」


「灰になれええええ!!!」


「来なさい、どんな灼熱の炎だって耐えきってみせるわ!」


 兄妹の号令を受け、女は口から地獄の炎を放つ。お菓子の木々や地面が炭になっていくなか、シャーロットは炎を耐える。


『シャーロット殿、大丈夫ですかな!?』


「ふ、ふふ……。ええ、トシオさんの能力のおかげでね。それに……アシュリーおば様の操る炎の方がもっと! 熱く身も魂も焦がす熱を持っているわ! こんなぬるい炎なんて目じゃないくらいに!」


「きゃ、うそっ!? あいつこっちに向かってきてるわ! ヘンゼル、どうしよ!?」


「慌てることないさグレーテル。ただの強がりだよ、魔力が尽きれば防御が全部消えて炭になるよ。あの魔女みたいにね」


 まな板を全身で押して魔力を注ぎ込み、溶けてしまわないよう修復しつつ前に進むシャーロット。そんな彼女を見て慌てるグレーテルに、ヘンゼルはそう答える。


「そうね、ヘンゼル。言われてみればそうよね、こっちは二人分の魔力を注ぎ込めるんだもの。一人しかいないあいつは……!?」


「あら、あまり私を見くびらない方がいいわよ? あなたたちは知らないでしょうから教えてあげる。私は受け継いでいるのよ? 偉大なる母から技術を。父からは……莫大な魔力をね!」


 持続力ならば二人がかりの自分たちが上、そうタカを括る兄妹は……すぐにその認識が誤りだったと思い知らされることとなる。


 シャーロットの身体の奥底から、これまで温存してきた莫大な魔力が溢れ出す。闇の眷属だけが持つ、昏くおぞましい魔力が。


「私はシャーロット・ディ・ギアトルク。偉大なる魔戒王、コーネリアスが娘。その力の一端を知りなさい。そして……決して逃れられぬ闇の中に葬られる恐怖を! その身に刻み果てなさい!」


「くっ、まずい……! グレーテル、魔力をもっと出すんだ! このままだと返り討ちにされる!」


「分かった、ありったけを出すわよ!」


 敵の放つ真っ赤な炎を上書きするかのように、シャーロットの身体から溢れ出す黒い魔力がうねり侵食していく。危機感を覚えた兄妹は、対抗せんとさらに魔力を放つ。


 だが、そうした努力も虚しく……シャーロットに勝つことは出来なかった。大いなる魔術師より受け継がれた莫大な魔力が、炎のみならずその発生源をも呑み込んだのだ。


「ああっ、魔女が!」


「ふふふ、これでもう自慢の炎は出せないわね。こうやって……ハアッ! 料理用の食材に変換したあげるわ!」


『おお、やりましたなシャーロット殿!』


「ええ、ここからは私の時間。もう彼らには何もさせない。料理を始めるわ、今日はフルコースよ!」


 ヘンゼルとグレーテルの攻撃を凌ぎ切ったシャーロットの逆襲が始まる。

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― 新着の感想 ―
今回の戦闘も親の指導がよく生きてるが(ʘᗩʘ’) この場面を両親達に見られたらどうなるやら(´-﹏-`;)
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