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127話─こわいこわいおとぎのくに

 突如として起こったリーヴェディア王国の異変により、各国で動揺が広がっていた。各国政府やギルドが動き、暴動への発展はどうにか防がれたが……。


『……あれから数日。調査は遅々として進みませんね……』


「ええ、そうね。まあ、今回ばかりはイレギュラー過ぎて仕方ないわ。……幸か不幸か、憲三さんは見つかったけど……」


『まさか猫になっちゃうなんて。あの霧の中があんなことになってるとは……』


 問題はまだまだ山積みだった。そのうちの一つが、辛くも王国から逃げ延びた憲三が猫になってしまったということだ。


 パラディオンギルド内にある会議用の部屋に集まり、憲三から話を聞くユウ一行。義人やグレイシー、俊雄は別件で同室はしていない。


「申し訳ありニャせん、坊ちゃん。あの霧の中……まさにおとぎの国と言うべき空間になってニャした。そこに充満した気にやられて、あっしニャこんな姿に……」


「可愛い……には可愛いけど。眼力が凄いねこれは……」


『まあ、猫三さんのことは置いといて。おとぎの国……一体どういうことなんでしょう?』


「ええ、あっしにもニャにがニャんだか分かりやせん。……ただ、ハッキリしていることがありやす。王国は今や、洋の東西を問わずおとぎ話の住民たちが闊歩する危険地帯にニャったと」


 事の起こりは数日前、黒原によって異変が引き起こされたまさにその日。失踪事件の調査をしていた憲三は、王国民と共に黒原の放った霧に呑み込まれた。


「くっ、なんでやすかねこの霧は。身体に纏わり付くような、嫌な感じがしやがる。仕方ねえ、調査を切り上げて脱出……ん!?」


「ぐ、あ、あ……なんだ、身体が変わって……うああああ!!」


「いやあああ!! なによこれ、なんであたし犬に……な、って……ワン、ワオン!」


「な、何が起きていやがる!? こいつは一体……!? まずい、あっしも身体が!」


 本能が危険だと告げるなか、憲三はやむを得ず王国から脱出しようとする。裏通りに潜り込もうとしていたその時、近くにいた三人の市民と共に異変に襲われた。


 近くにいた市民たちはそれぞれ犬、ロバ、そしてニワトリに。憲三もまた、身体が縮んで猫になってしまったのだ。


(この組み合わせ……どこかで見た気がしやすね。はて、なんだったか……。なんて、思案してる場合じゃねえや。早いとこ逃げ)


「ほうほう! ここにいた者たちは『ブレーメンの音楽隊』の主人公たちになったか! けっこうけっこう、実に素晴らしいものであるな!」


「!? チッ、変なのが来やがりニャしたね。この姿じゃあ戦えねえ……退散あるのみ!」


 黒猫の姿になってしまい、途方に暮れる憲三。だが、犬に猫、ロバとニワトリの組み合わせで何かに気付きそうになる。


 ……ところだったが、謎の声が空から響いてきたため咄嗟に裏路地へ飛び込んだ。このまま留まっていてはいけない。本能でそう判断したのだ。


 そうして、辛くも霧の中から抜け出し……ガンドラズルの路地で力尽きていたところを、たまたまギルドの職員に保護されたのである。


「ねえ、ミサキ。そのおとぎ話というのはテラ=アゾスタルのものなのよね? 毎日上がってくる報告書を読む限り、私が知るものは一つもないわ」


「間違いなくそうだろうね。憲三さんが取り込まれた物語……ブレーメンの音楽隊も地球……ま、正確に言えばドイツで作られた昔話なのさ」


「ほー、そうなのか。でよ、そのブレーメンのなんちゃらってのはどんな話なんだ?」


 話の最中、シャーロットが好奇心からミサキに尋ねる。異邦人の親を持つ彼女なら、いろいろ知っているだろうと踏んだのだ。


「まあ、簡単に説明すると人間に追い出されたり食べられそうになったロバや犬に猫、ニワトリがブレーメンという街に行って音楽隊に入ろうとする話だよ」


『あ、そんな話だったんですか。ボク、そういうお話の類いは魔夜(あの女)に教えてもらえなくて……』


「……そうだったんだね。可哀想に……。まあ、ロバたちはブレーメンに行く途中で見つけた泥棒の家と、そこにあった金貨の山とごちそうを奪ってそこで仲良く暮らすオチなんだけどね」


「おい、その畜生どもも大概じゃねえ? 相手が泥棒だからってそれでいいのか!?」


「まあ……うん、地球の民話に慣れ親しんでないとそういう反応になるね、うん」


 少し寂しそうにしているユウの頭を撫でながら、ミサキは物語のオチを語る。四匹の動物たちは泥棒一味の食べていたごちそうにありつくべく、一計を案じて彼らを追い出した。


 その後、住み家を取り戻しに来た泥棒たちを追い返して末永く幸せに暮らした……のだが、チェルシーからツッコミが入る。


「その泥棒たちも可哀想なものデスねー。いやまあ、因果応報な話デハあると思いマスけど」


「この話の教訓は、『思い描いていた夢と違う道に進んでも、そっちの方が幸福なこともある』……ってトコでニャすかね。ま、経緯はどうあれ動物たちゃあ自分らの手で幸福を掴んだ。それは事実でニャすよ」


『果たしてそう言っていいのかは疑問ですけど……まあ、元の飼い主のところにいたって辛い末路が待ってるでしょうし。そういうことにしておきます』


 そんなこんなで、ブレーメンの音楽隊という物語についての説明は終わった。重要なのは、何故霧の中で地球の昔話やおとぎ話の世界が展開されているのか、だ。


「しかし、解せないものだね。あの黒原と名乗った人物……なんでこんな真似を?」


「たぶん、夢の国を創りたかったんジャーないデスか? みさみさも前に言ってましたデスマス。テラ=アゾスタルにはそんな名前の遊園地があるって」


「うーん……本当にそんな理由でなのかしら? そんなの、王国の人たちを絵本に作り替えたりしてまでやりたいことなのかしらね」


「迷惑極まりねえっつー話だよな。調査も進まねえしなあ……こりゃあ、相当長引くぞ」


 今ひとつ、ユウたちには黒原の狙いが読み取れなかった。ベルメザの時は、自身の信じる美の帝国を創るというある種分かりやすい野望があった。


 だが、今回は違う。何故黒原はおとぎの国を顕現させたのか。そのために王国の人々を絵本に変えたり、霧の中に閉じ込め物語の一部に取り込んだのか。


『うーん……考えているだけじゃ何も分かりません。やっぱり、ボクたち自身の手で調査に乗り出すしかないですよ』


「それはダメよ、ユウくん。霧の中のことはほとんど分かっていないのよ? 調査に向かったパラディオンたちも、半分近くが生還出来てない。迂闊に乗り込んだら取り返しのつかないことになってしまうわ」


「そのとーりデス、ゆーゆー。せめて、明日調査に行くよしよしからの報告を待ってからにするデスよ」


『よ、よしよし……? あ、義人さんのことですね? 確かに……歯がゆいですが、今は待つしかありませんか……』


 このままではラチが明かず、自ら霧の内部の調査に乗り出そうとするユウ。だが、シャーロットやブリギットに止められてしまう。


 文字通り、霧の内部は何もかもが不明な危険地帯。この数日で、調査のために乗り込んだ多くのパラディオンが取り込まれてしまっている。


 憲三は運良く最後まで取り込まれず逃げ延びられたが、それは本当に幸運だっただけ。ユウが向かっても、生還出来る可能性は……限りなく低い。


「そうさ、ユウくんのチート能力【庇護者への恩寵】は君自身には効果がないんだ。むしろ、霧の外から調査隊のアシストをする方がいいと思うよ? 私は」


『……言われてみれば、そうかもしれません。そのやり方で調査隊に加われないか、早速交渉してきます!』


「あ、坊ちゃ……行っちニャいやしたね。お速いこって」


 ミサキのアドバイスを受け、自身のチート能力で仲間をアシストすることを決めたユウ。グランドマスターに受け入れられ、特別調査隊員として迎えられ……翌日。


 ガンドラズルの広場に集合した義人を隊長とする調査隊のメンバーたちに、ユウは自身のチート能力【庇護者への恩寵】を発動して加護を与えようとする。……が。


「それじゃあ、アシストは任せたよユウくん。俺たちが安全に帰還出来るよう、頑張ってほしいなぁ」


『分かりました! それじゃあいきますよ、【庇護者への恩寵】発動! ……あれ? 何も起きない!?』


『ふふふふふ、ムダなことだ。この世にある者は、我がおとぎの国の中では幻想となる。現実と空想、この二つは反転し……力を発揮しない。それを覚えておくがいい!』


「この声……あの霧の中からか。チッ、あの黒原とかいう奴か……いけ好かないなぁ、本当に」


 能力は発動せず、何も起こらない。ユウが動揺していると、遠くにある霧の中から黒原のあざけるような笑い声が聞こえてきた。


 たとえチート能力であっても、霧の中に広がるおとぎの国へは力を発揮出来ないらしい。義人は舌打ちしながら、リーヴェディア王国方面を睨む。


 八方ふさがり、万事休す。手詰まりになりつつあるユウたちは、果たして打開策を見つけ出すことが出来るのか……。

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あの厳つい憲三がネコか(ʘᗩʘ’) 片目隻眼で顔に傷でもあるネコか?(٥↼_↼)
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