125話─集う護衛たち
憲三が出立してから、二日が経った。ユウ一行を含めた護衛の選定が終わり、任務を開始する日がやって来る。
パラディオンギルドのニムテ支部に設置されている、緊急時用のワープマーカーを使いガンドラズルへ向かう。
パラディオンギルド本部内にある広い待機室に転移し、呼ばれるまでそこで待つことになった。
『到着しましたね。他の護衛は……』
「よお、久しぶりだな。ルケイアネスでの任務以来か……元気そうだな、相変わらず」
「やあ、やはり君も参加したか。いいねえ、そうだろうと思っていたよ」
『あ、グレイシーさん! それに義人さんも! お久しぶりです!』
ガンドラズルに到着したユウたちを待っていたのは、以前共闘した二人のパラディオンたち。伝説のアウトロー、ビリー・ザ・キッドの生まれ変わりグレイシー。
そして、日下部義人。今回の極秘任務は、この二人と共に……。
「いえいえ、拙者もおりますぞ! デュフフフフ、本物の狐っ子と出会えるなんて感激ですな~! もうヨダレが止まらんでござるよ! デュフフ……おっと失礼、オタクの闇が溢れ出ましたな! デュフ、フォカヌポォ!」
「……おい、なんだこのデブは。まさかこいつも参加者だってのか?」
「……残念ながらその通りだ。コイツの名は峰俊雄。俺と同じ日本人で……かなりのオタクだ」
「お、オタク……?」
「デュフフフ、これからよろしくお願いしますぞぉ」
……始まると思っていたユウ。久しぶりの再会となった仲間たちと、お互いの壮健さを喜んでいるなか。そこに知らない声が響く。
そちらを見ると、可愛らしくデフォルメされた女の子の絵がプリントされたシャツと赤いハチマキを身に着けた男が歩いてくる。
でっぷりと前に突き出た腹を揺らし、牛乳瓶の底のような分厚いレンズのメガネをかけたいかにもといった見た目をしていた。
『お、オタク……ですか? 一応、知識としては知ってますけど……』
「まあ、簡単に言うと……シャーロットの同類ってところかな。ねえ?」
「ちょっと、何よミサキ!? その含みのある言い方は!?」
以前、シャーロットに対するマリアベルのお仕置きを見ていたミサキはからかうようにそう口にする。激しく狼狽える彼女を見て、俊雄は……萌えていた。
「むほお~、堪りませんなぁ! 見目麗しいエルフが悶える姿……いや実に眼福で」
「あら、言っておくけど私たちみんなユウくんと婚約してるのよ? 変な目で見たら……ね? 分かるでしょ?」
「な、ななななんですとー!?」
「へえ、それは初耳だなぁ。いつの間に……いや、まずはおめでとうだな。なぁ、グレイシー?」
「ハッ、他人の色恋なんざ興味ねえが……ま、そうだな。おめでとよ、ユウ。狐から種牡馬に鞍替えだ……いてっ!」
「下品なのはメッ! デス! ふしゃー!」
不穏な気配を感じたシャーロットは、あらかじめ牽制しておくことにしたらしい。衝撃の事実に驚きつつ、義人とグレイシーは祝福の言葉をかける。
おふざけをしたグレイシーの方は、ブリギットに引っ叩かれていたが。
「おーい、護衛の方々! そろそろ時間ですぞ、集合してください!」
『もう時間みたいですね、行きましょう。ほら、俊雄さんもいつまでも落ち込んでないで……ね?』
「婚約……婚約……ショタっ子に負けた……オゥフ……」
そこにギルドの職員が現れ、ユウたちを呼び出す。未だショックで崩れ落ちている俊雄の襟首を掴み、ユウは引っ張っていく。
「やあ、無理を言ってすまないね皆。すでに聞いている通り、リーヴェディア王国が我々に宣戦布告の文書を送ってきた。こちらとしては、開戦は絶対に避けたい。そこで、話し合いをすることとなった」
「それは聞いたぜ、グランドマスター。で、オレたちは具体的に何をすりゃいいんだ?」
「うむ、明日リーヴェディア側の国境にある公会堂にて王国の使者と会談を行う。粘り強く交渉した甲斐あって、向こうが承諾してくれた。君たちには、会談で私の護衛をしてもらうよ」
グランドマスターの執務室に通され、そこで任務の内容を聞く。グレイシーの質問には、そんな答えが返ってくる。
「会談は明日だ。話し合いに応じてくれたとはいえ、相手方の異邦人に対する憎しみは並々ならぬもの。何が起こるか分からない、万全の状態で護衛に臨んでほしい」
『ええ、承知しました。何があってもグランドマスターをお守りします!』
「ふふ、頼もしい言葉だ。明日は早い、今日はゆっくり休んで英気を養っておくれ。これにて解散だ、自由に過ごしてくれていいよ」
「はい、では失礼致します」
概要を聞き終え、本日は解散となった。とはいえ、遊び呆けて翌日に悪影響を残すのは嫌だから……と、その日はギルドの客室で早々に寝ることに。
『ふう、緊張しますね。そういえば、王国に調査に行った憲三さんは大丈夫でしょうか』
「ま、問題ねえだろよ。あのおっさんの強さはよーく知ってるからな、心配はいらねえさ」
『そうですよね。……ところで、なんでチェルシーさんはボクのベッドに潜り込んでるんです?』
「あん? そりゃあおめぇ、添い寝するからに決まってるだろ? もう婚約してんだからそれなりにイイコトの一つや二つは」
「不埒者撃退ドロップキーック!」
「おぶあっ!?」
それぞれに割り当てられた個室で、翌日に備え早めの就寝……のはずが、何故かユウの部屋にチェルシーが入り込んでいた。
そのまま添い寝しようとするも、おイタを阻止しにやって来たシャーロットに制裁を食らいそのまま強制退場と相成った。
「てめ、覚えとけよ……ガクッ」
「ほほほ、ごめんなさいねユウくん。チェルシーは厳重に封印しておくから、ゆっくり休んでね。それじゃ、おやすみ」
『お、おやすみなさい……』
シャーロットを見送った後、ユウは横になる。が、まだ夕方にすらなっていないこともありなかなか眠くならない。
『……起きているか? 小僧。今回の任務……胸騒ぎがする。確実に何か悪いことが起きる、油断するな』
『奇遇ですね、ボクもそんな予感を抱いていましたよ。……相手がリンカーナイツなら、何も考えず倒せばいいので楽なんですけどね……今回ばかりは、そうもいきませんから』
ボケーッとしていると、それまで引っ込んでいたヴィトラが話しかけてくる。どうやら、不穏なナニカを察しているようだ。
『ハッ、人と国のしがらみか。くだらぬ、我なら全て薙ぎ倒し』
『はいはい、ボクはもう寝るのでヴィトラもおねんねしてくださいね~』
『待て、貴様……おのれ、我を赤子扱いするな!』
彼女の言葉に同意した後、さっさと寝るために心の中に押し込むユウ。恨み言をガン無視し、まぶたを閉じて意識を闇に沈めるのだった。
◇─────────────────────◇
そうして、翌日。一同はグランドマスターと共に、ガンドラズルの端にある公会堂へと赴く。会談を行う部屋に入ると、そこには……。
「!? なんと、まさか! ガンドルク陛下御自らが会談に出向かれるとは!?」
「……さっさと座れ。デカい声を出されると不愉快だ」
「も、申し訳ありません。王御自らがお越しになられているとはつゆ知らず……」
なんと、リーヴェディア王ガンドルク四世がスタンバイしていた。予想外の事態に、ユウたちはみな驚いてしまう。
王に促され、着席するグランドマスター。その時、ユウに俊雄から念話が飛んでくる。
『ユウ殿、気を付けた方がいいですぞ~。あのガンドルク某、こちらにバレぬよういつでも剣を抜けるように構えておりますぞ』
『え!? 分かりました、注意しておきます』
黒々とした口周りのヒゲを蓄えた偉丈夫、ガンドルク四世はこれまた黒い鎧に身を包んでいた。一見、儀礼用のものにしか見えない。
だが、オタクゆえに鋭い観察眼を持つ俊雄は誰よりも早く見抜いていた。彼の着ている鎧も、腰から下げている剣も。
儀礼用の飾りではなく、実戦……すなわち、会談でいつでも戦えるようにあつらえたものなのだと。
「さて、こうして会談に応じていただき感謝致します。出来れば、話し合いで解決出来ればと……」
「話し合い? ハッ、そんなことするつもりは毛頭ない。どうせ今回も、貴様らとリンカーナイツとかいう連中のマッチポンプに決まっている。言え! 我が国の民をどこに隠した! 吐かぬなら首を飛ばすぞ!」
いざ会談が始まった、その直後。ガンドルク四世は立ち上がり、怒鳴りながら剣を抜いて切っ先をグランドマスターに突き付けた。
側に控えていた王の親衛隊もみな抜槍し、今にもグランドマスターを殺しかねない勢いだ。
「いけないなあ、そんな野蛮なのは。こちらは話し合いに来ているんだぜ? 初手から武器を抜くなんてのはルール違反じゃないのかな?」
「ハッ、くだらん。貴様ら異邦人など誰が人間扱いしてやるものか。我が国では異邦人を殺そうがどうしようが、罰を受けることはない。俺がそういう法を作ったからな」
「いやだね、まるでヒトラーじゃないか。それに、ここは王国じゃなくガンドラズル。誰であろうと、殺めれば法で裁かれることになるのだけどね」
ガンドルクに対抗し、義人とミサキがそう反論する。が、王は全く相手にしない。その時、ユウがファルダードアサルトを抜いた。
『そこまでです、席に戻ってください。話し合いをしていただけないのなら、部下の方々と一緒に退去してもらいますよ』
「フン、ガキの分際で俺に指図を……!? う、ぐ、があああ!!」
まさに一触即発、という状況の最中。突如として、ガンドルク王が苦しみはじめる。その場にいた全員が、何が起きているのか分からず混乱するなか……『ソレ』は起きた。
この直後、ユウたちは知ることとなる。王国内で発生している失踪事件が、どのようにして起きているのかを。
現場に残された絵本が、どのように発生されているのか……そのおぞましい実態を。
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