124話─極秘任務への誘い
バラの花束事件は、全員との婚約をすることで円満に解決された。これでまた、いつもの日常に戻れる……ユウたちはみな、そう思っていた。
だが、パラディオンの平穏は短い。ブリギットが帰ってきてから、数日が経過したお昼時。パラディオンギルドから、緊迫した様子の使者がやって来る。
『え、ボクに指名依頼……それも緊急の、ですか?』
「ええ、そうなんです。……これはまだギルドの上層部と、ごく一部の関係者しか知らされていないのですが。実は先日、リーヴェディア王から宣戦布告の文がガンドラズルへ届いたんです」
『せっ……!? 宣戦布告ですか!?』
「はい。ギルド本部にいらっしゃるグランドマスターも、これには驚きを隠せないようでして……。即座に対応を協議した結果、まずは相手方と話し合うことになりました」
「なるほどなあ、んでその使者の護衛をユウとアタシらに頼みたいってわけか」
もたらされたのは、突然の凶報。以前、魔夜を討つため忍び込んだリーヴェディア王国が戦争を仕掛けてこようとしている。それを聞き、ユウは考える。
『もしかして、ボクたちがこっそり入り込んだのがバレて……ということですか?』
「いえ、そういうわけではないみたいです。現地にいる、パラディオンギルドと密かに通じている商人からの報告なんですがね。どうやら、かの地で起きている問題の元凶が我々だと王が思い込んでいるらしく……」
「んん? つまりどういうことなのかしら?」
シャーロットに問われ、アパートメントにやって来た使者は簡潔に説明を行う。魔夜の死と前後して、リーヴェディア王国内でいくつも起きている失踪事件。
手口も下手人も不明ながら、唯一残されている手掛かり……消えた人々の代わりに現場に落ちている、謎の絵本。明らかに常人の犯行ではない。
「ゆーゆー、これって……やっぱり、リンカーナイツが絡んでるとワタシは思うデスよ」
『ええ、ボクもそうとしか思えません。クァン=ネイドラは結界で守られていますから、敵対的な闇の眷属はそうそう入り込めませんし。なにより、こんなことをする意味が分かりません』
「グランドマスターもそう考えておられるようで、リンカーナイツによる拉致だと予想しておられます。ただ……それをリーヴェディア王が信じてくださるか……」
現在のクァン=ネイドラを取り巻く情勢において、犯人が大地の外にいる存在だとは考えにくかった。まず十中八九、リンカーナイツが絡んでいる。
ユウたちだけでなく、ギルドの総帥もそう考えているようだ。だが、それを証明するすべは今のパラディオンギルドにはない。調査はこれからしなければならないのだ。
……もっとも、それはほぼ不可能だが。
「あー……だよな、あそこの王様パラディオンっつーか……。異邦人全体を嫌ってるもんな。そりゃあこっちの話なんて聞かねえよな……」
「そういえば、前回忍び込む時にそんなことを言っていたね。悲しいものだね、異邦人もピンキリ……全員が全員、悪人というわけではないのに」
以前のやり取りを思い出し、ミサキは悲しそうにかぶりを振る。いつの時代、どこの国にもいるものだ。特定の勢力や存在だというだけで、全てを悪だと決めつける者が。
「正直、上層部も話し合いは望み薄だと考えています。しかし、ここで対話の精神を捨ててはならないとみな意見を一致させています」
『ボクもそう思います。もし失踪事件を起こしているのがリンカーナイツだった場合、狙いはおそらく……ギルドと王国の間で戦争を起こすことでしょう』
『両者が争っているところを突き、漁夫の利を狙うというわけか。フン、ひねた小男が考えそうなセコい策だ』
ユウの言葉にヴィトラが相槌を打ち、一旦会話が終わる。ユウとしては、無益な戦争を起こしたくはない。いつだって、戦争で犠牲になるのは弱き者たち。
無関係な王国の民を巻き込んでしまわないためにも、ここは何としてでも話し合いで解決せねばならない。そのための護衛なら、快く引き受けようと決めた。
『分かりました、護衛任務を引き受けます。ちなみに、他のパラディオンには……?』
「はい、すでに他の実力あるパラディオンにも声をかけています。が、極秘任務ですので今は明かせません。……まあとにかく。ご協力感謝します、ユウさん。そしてそのお仲間の皆さん」
『気にしないでください、詳細が決まったら教えてくださいね。準備して待ってますから』
「はい! 数日以内には決まると思うので、後日また詳細を伝えに来ますね。それでは失礼します!」
任務を引き受けることで話が纏まり、使者は報告のためギルドへと帰っていく。残ったユウたちは、改めて今起きている事態の確認を行う。
「にしてもよお、随分と奇妙な事件じゃあねえか? 人が消えて絵本が残ってるなんて聞いたことないぜ」
「前にもあったわね、似たような事件……。ほら、黒太陽の。アレみたいに、リンカーナイツの誰か……多分、トップナイトが裏で暗躍していると私は睨んでるわ」
「私もシャーロットの意見に同意さ。こういう不可解な事件は、大抵リンカーナイツがやってるからね。でも、そうなると問題は……」
「どんな理由で人を攫っているのか、デスかね~。まさか、あのベルメザみたいなトンチキな理由で……」
そこまで話し合ったところで、ユウたちは以前打ち倒した元トップナイト……ベルメザの凶行を思い出す。自分だけの美の帝国を創り出すという、歪んだ思想のもとで人々を襲って黒太陽に取り込んでいた。
またしても、同じような醜悪極まりない理由で人々を連れ去る邪悪な存在がトップナイトに加わり、一連の事件を起こしているのでは。そう考えたのだ。
『うーん、その線は十分あり得ますね。……まあ、現地で調査してみないことには真相は分かりませんけど……』
「それがやれるか、が問題なんだよな。……正直言ってさ、今のリーヴェディア王……ガンドルク四世ってかなり問題あるんだよ」
「ユウくんは歴史は学んでいるかな? ガンドルク王を簡単に表すなら……マイルドなヒトラー、といったところさ」
『うわ、それは……』
ミサキの言葉を聞き、ユウは顔をしかめる。前世での詰め込み教育で、ユウはヒトラーのことを学んでいた。というより、学ばされていた。
ユダヤ人への大虐殺をはじめ、数多の罪を犯し第二次世界大戦の引き金を引いた史上有数の極悪人。そんな人物に例えられるのだから、王がどんな評価なのかは推して知れる。
「こりゃあ噂だからよ、おおっぴらにゃ言えねえが……。ガンドルク四世は王国に迷い込んだ異邦人を捕らえて、強制収容所送りにしてるって話だ。もちろん、ちゃんと調査したわけじゃねえからあくまで噂の域を出ねえが」
『でも、火のない所に煙は立たないと言いますし……なんだか別件で事件の匂いがしますね、これは』
「まあな。ハァ、こういう時先んじて実態調査をしてくれる優秀な奴がいねえか……いるじゃん! ケンゾウのおっさんだよ!」
『そうですね、憲三さんならきっとギルドを先回りしていろいろ調べられると思います。でも、今加藤組を造る! って張り切ってますからね……いつ帰ってくるかも分かり』
「あー、坊ちゃん。申し訳ねえんでやすが、実はもう帰っておりやして……」
黒い噂も出るなか、どうにかして先に現地のアレコレを調べておきたいと考えるユウたち。そんななか、話題の人こと憲三が突然姿を現した。
天井と一体化させていた隠れ身の布をめくり、申し訳なさそうにシュタッと床に降りて着地を決める。
「おわあああ!? おっさんいつの間にか!? ってか帰ってるなら言えよ! びっくりしたろ!」
「すいやせん、明け方には帰ってきてたんですがね。坊ちゃんをビックリさせようとタイミングを見てたんでやすが、ギルドの人と話し込んでたもんで……」
『な、なるほど。あ、帰ってきたってことは……組の方はもう?』
「ええ、組の屋台骨になる若頭と金庫番をやってくれる人材を見つけてきやしてね。使い物になるかのテストも兼ねて、今その二人に若いモンの教育を……ね」
どうやら、とっくのとうに憲三は帰ってきていたらしい。ユウをビックリさせようと待機していたところ、出てくるタイミングを失ってしまったようだ。
「ところで坊ちゃん、話は聞かせてもらいやした。その調査、あっしに任せちゃあもらえやせんか? 驚かしたお詫びでさあ、早速働きやすぜ」
『分かりました、ではリーヴェディア王国で起きてる失踪事件の調査をお願いします。でも、無理はしないでくださいね? 多分、下手人はリンカーナイツ。何を仕掛けてくるか分かりませんから』
「ガッテンでやす。そいじゃ、失礼して……ハッ!」
ユウから勅命を下され、憲三は姿を消した。ほんの一月も経たぬ間に、遠い東の地へ舞い戻ることとなり……ユウはやれやれとかぶりを振るのだった。




