123話─幸福への道しるべ
娘を託し、安心したコリンがイゼア=ネデールに帰った次の日。どこをほっつき歩いてきたのか、チェルシーたちが荷物を持って戻ってきた。
『あ、チェルシーさんにミサキさん! んもー、今までどこほっつき歩いてたんです? 心配してたんですよ!』
「いやあ、その……心配かけて悪かったな。飛び出しちまった手前、なんか帰りづらくてさぁ。な、ミサキ」
「まあ……うん、そうだね。そんなわけだからさ、ユウくんお詫びと……私たちからの答えとしてコレを」
そう言って、ミサキは持っていた手提げ袋の中から小さな箱を二つ取り出す。シャーロットとヴィトラはその正体にすぐ気付いた……が、ユウはきょとんとしていた。
ミサキは片方をチェルシーに渡した後、ユウの前に歩み出る。片膝をついて目線の高さを合わせ、少年の目の前に箱を差し出し……蓋を開けた。
『これは……指輪? ですか?』
「ああ。チェルシーと相談してね、ギルドに預けてある預金を下ろして購入したんだ。ユウくん、君と私たちの……婚約指輪をね」
「えええ!? ウッソ、これ……かなり値が張るんじゃないの!? こんな立派なダイヤモンドが嵌められてるのよ!? よく買えたわね、二人とも」
「まあな、貯金をほぼ使い切ったが……後悔はしちゃいないさ。むしろ、これでようやくユウの気持ちに答えられるってなもんよ。ユウ、この指輪……受け取ってくれるか?」
中に納められていたのは、ユウの指のサイズに合わせて造られた婚約指輪だった。白銀の輝きを放つダイヤモンドが嵌められており、ユウは見とれてしまう。
『わあ、綺麗……! もちろん、受け取らせていただきます。ボクなんかでよければ……』
「そう卑下すんなって、ユウ。へへ、喜んでくれてアタシらも嬉しいよ。一日で造ってくれるように、ゴブリンのおばちゃんに無理言った甲斐があるってもんだ」
「……ユウくん。私たちも、君のことが好きだよ。あの日、君の真っ直ぐな言葉を聞けて私は……いや、私たちはとても嬉しかった」
「二人とも……」
「だから、今ここで誓うよ。苦しみに満ちた過去を断ち切った君を、未来永劫……死が別つ時まで支えていくと。この指輪は、その決意の証さ」
ユウはチェルシーたちが差し出した指輪を受け取り、そっと握り締める。破顔した少年の目尻には、うっすらと喜びの涙が滲んでいた。
シャーロットも思わず涙ぐむ……が、ふとあることに気付いた。何をしているかハッキリしている憲三を除く、最後の仲間。ブリギットがまだ帰ってきていないことに。
「あら、そういえばブリギットはどうしたのかしら? 彼女も故郷に報告し」
「呼ばれて飛び出て! ジャンジャジャジャーン! デェェェェス!!! ……あいたっ!」
「っせえなあ、いきなりデケェ声出しながら来るんじゃねえよ! ビックリしただろうがよえーっ!」
「アウウ…… うえーん、ちぇるちぇるがいじめるデース! ゆーゆー、慰めてくだサーイ!」
と、ちょうどその時。一同が集まっていたリビングの端っこに界門の盾が出現し、そこから勢いよくブリギットが飛び出してくる。
一番近くにいたチェルシーにゲンコツを落とされ、ヨヨヨと泣き真似しながらユウに飛び付こうとし……少年の手に握られている指輪に気付いた。
「ムムッ! なんデスかゆーゆー、その指輪! 二つもあるデス!」
『あ、これですか? たった今、チェルシーさんとミサキさんからボクへのお返事に貰った婚約指輪です! えへへ』
「ナント! 先を越されてしまったデス! むむむ、真っ先に渡してゆーゆーに嬉し泣きしてもらおうと計画してたノニ!」
「あら、貴女よく許しが出たわね。てっきりファティマ様がダメだって言うかと思ってたわ」
「私も」
長いことファティマに拘束されていたブリギットだが、なんと結婚のお許しが出たらしい。シャーロットとミサキが驚くなか、偉そうに胸を張る。
「フッフッフッ、シショーもリオ様のつるの一声には逆らえなかったのデス。『これまでユウを支えてくれたんだし、これからもぶーちゃんに支えてもらおうよ!』で一発でシタ」
「ほーん、まあリオ様が言うんじゃあ逆らえないわな。で、お前も指輪を用意してんのか?」
「オフコース! キュリア=サンクタラムの鉱山で産出された最高級のサファイアをあしらった、この世に二つとない指輪を! 現在誠意制作中なのデス! ゆーゆー、楽しみに待っててくだサーイ!」
曰く、ファティマ自身はまだブリギットが未熟だとかなり渋ったようだ。が、夫であるリオの言葉には勝てず、ユウとブリギットの婚約を認めたらしい。
現在、二人が身に着ける婚約指輪をマジンファクトリーにて製作しているとのことらしく、ブリギットは自信満々にユウに告げた。
『分かりました、そういうことなら楽しみに待ってますね。……ところで、シャロさんはくれないんですか? 指輪』
「え゛っ゛」
これで全員揃い、問題解決……と思われたその時。いたずらっぽい笑みを浮かべ、からかうようにユウがシャーロットにそう問いかけた。
今回、彼女は指輪までは用意していない。清いお付き合いからスタート……と思っていたためだ。そのため、コリンたちが持ってきた嫁入り道具も全部持って帰ってもらったのだ、が。
「そ、そそそそそそうね? ま、まあ? 私も実家が実家だし? ブリギットはともかく? チェルシーたちのよりは凄いのを用意してるから? 楽しみにしてるといいわよ? ユウくん?」
「なんで全部疑問形なんだよ……もしかしてお前用意しもがもが!」
『しーっ、彼女の名誉のために黙っていてあげようじゃあないか。それに、貸しを作っておけば……ねえ? のちのち助かるだろう?』
『……オメー、わりと抜け目ねえなミサキ』
それが裏目に出てしまったようだ。残りのメンツが婚約指輪を持ってくる、あるいは準備しているとまでは流石に予想出来なかったのである。
汗ダラダラになりながら凄まじい勢いで目を泳がせるシャーロットを見て、ツッコミを入れようとするチェルシー。が、ミサキに口を塞がれ念話でそんなことを言われた。
ここで貸しを作っておけば、すっからかんになった貯金をなんとか出来るかも……などとちょっとゲスいことを考えながら、チェルシーはミサキの案に乗ることを決める。
『? 三人ともどうしたんでしょう?』
「さー、ゆーゆーは知らなくてもいいんデース。サ! 明日は里帰りしてパパとママたちにゆーゆーの口から報告するデスよ! そしたらみんな喜ぶデスマス!」
『そうですね、みんなの喜ぶ顔が見たいですし明日は全員で挨拶に行きましょう!』
シャーロットの焦りやチェルシーたちのやり取りも知らず、ユウは呑気にそう答えながら尻尾をブンブンしていた。
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「よっと、とうちゃーく! 着いたぜ、カラハ。ここが今一番ホットなクァン=ネイドラって大地だとよ」
「んー、空気が澄んでて気持ちいい。でもちょ~っと、嫌な気配も混ざってるわね。里長が神々から聞いた、リンカーなんとかって連中のかしらね?」
「だろうな、ここまで濁ってる気配は初めて感じるな。だがよ、俺たちは精霊騎士。よっぽどな奴らでもなきゃ、襲ってきても返り討ちに出来るだろ」
その頃、クァン=ネイドラのどこか。一つの魔法陣が地面に現れ、そこから二人の旅装に身を包んだ男女が出てくる。炎のような赤い髪を持つ女性は、お腹が膨らんでいた。
どうやら隣にいる男の子どもを宿しているらしく、時折愛しそうにお腹をさすっている。そんな妻を見て、男は朗らかに笑う。
「どうだ、腹の調子は。まだ生まれるまで七百年はかかるけど、何かあるかもしれねえからな。異変を感じたら言ってくれよ?」
「もちろん。せっかく宿した『精霊の愛し子』を流産なんてしたくな……あ、今お腹の中の子が動いた。ふふふ、イオンも楽しみにしてるのね。任を解かれて、自由になって……ようやく他の大地に旅行出来るようになったんだもの」
「ああ、初めてのよそへの旅行だ。目一杯楽しもうぜ、将来生まれてくるイオンへのいい土産話になるからよ」
夫の言葉に頷き、女性は差し出された手を握る。男はトランクを持ち、あてのない旅に出る。二人が向かうは、フェダーン帝国のある方角。
彼らの来訪は、果たして何をもたらすのか。それは、まだ誰にも分からない。




