121話─百八輪の大混乱
『……小僧。もうそろそろ機嫌を直したらどうだ? 我も久々にシャバの空気を』
『ん? なにも聞こえませんね~。許してほしいならちゃんとした態度をしてもらわないとボクは何もしませんよ~?』
『……少し遊びすぎた。悪かった……』
ユウが一歩を踏み出したあの日から、三日が経過した。一同はパラディオンギルドの一員として、リンカーナイツ狩りに精を……出せていなかった。
原因は一つ、ヴィトラがバラの花言葉を用いてイタズラしたからだ。盛大なお祝いをした翌日に、シャーロットたちは気付いた。気付いてしまった。
ユウが用意した、百八本のバラの花束の持つ意味を。当然、それはヴィトラのタネ明かしという形でユウも知ることとなり……。
『……シャロさんとブリギットさんは唐突に里帰り。チェルシーさんとミサキさんも出かけたまま帰ってこず……誰のせいなんでしょうねえ? こうなったのは』
『ええい、悪かったと言っているだろう! まったく、少しからかってやっただけだというのに』
結果、羞恥心が限界を超えたユウは部屋に引き篭もり。シャーロットたちも、何やら暴走する事態になってしまった。頼みの綱の憲三は、組の設立に奔走中。
結果、ユウは心の深層にヴィトラを閉じ込めるお仕置きで事態が落ち着くまで待つことになったのである。流石の元凶も、ユウに延々詰められて反省したようだ。
『……はあ。シャロさんたち、いつ帰ってくるんでしょうか……』
ユウがため息をついていた頃。クァン=ネイドラを飛び出したシャーロットとブリギットはというと……。
「……お父様。例の話、引き受ける覚悟を決めました」
「何じゃ、藪から棒に。突然帰郷してきおったと思ったら、えらく急に……。ははあ、さてはユウとなんぞ進展があったな?」
「ええ、そうなんですお父様。実は、三日ほど前に、その……ゆ、ユウくんにプロポーズされちゃったんです! きゃああ~!!」
「な、なんじゃとおおおおお!?」
三日かけて暗域にあるコリンの城に戻ったシャーロットは、開口一番に爆弾発言をぶちかます。驚きのあまりコリンは椅子から転げ落ち、傍に控えていたマリアベルはフリーズしていた。
「さ、流石にこれは予想外過ぎるぞよ!? マリアベル、わしは一体どうすればいいんじゃ!? 祝言か? 祝言の準備をすればよいのか!?」
「旦那様、落ち着いてくださいませ。まずはアニ虫……コホン、ミセス・アニエスとミセス・テレジアを呼ぶべきかと」
「お、おお。そうじゃな、大至急呼んできてたもれ!」
「かしこまりました、では早速いっ……あいたっ!」
「ユウくんが……プロポーズ……。結婚……私が……ふふ、ふふふふふ……」
あまりにも動揺し過ぎて、コリンはトンチキなことをのたまう。マリアベルは夫兼主君を落ち着かせ、部屋を出ようとするも扉と真反対の方向に突き進み壁に激突した。
シャーロットもシャーロットで、絶賛乱心の真っ最中。混乱は収まることなく、やがてコリンとその仲間たちにまで波及することになるのだが……まだ、誰もそれを知らなかった。
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「たっだいまー! 今日も疲れ……ふーちゃん、なんでぶーちゃんを天井から吊してるの?」
「お帰りなさいませ、我が君。いえ、たいしたことではありません。ブリギットがユウよりプロポーズされたなどと血迷ったことを口走ったので仕置いているところです」
「モゴ、モガフガー!」
時を同じくして、ベルドールの魔神たちの拠点……キュリア=サンクタラム。直轄領の視察を終えて帰ってきたリオは、ファティマがブリギットを折檻しているところに出会すことに。
ブリギットは部屋から鎖で吊され、猿ぐつわを噛まされた状態で尻を鞭でぶっ叩かれている真っ最中であった。
「えー!? ユウがプロポーズ!? こうしちゃいられないや、結婚式の準備をし」
「我が君、落ち着いてください。まずはユウ本人と会い、真相を確かめるべきでしょう。もしブリギットが嘘をついていたら、お仕置きをさらに追加せねばなりませんからね」
「モゴモガー!?」
こちらもこちらで、衝撃の事実を知らされリオは大混乱に陥る。が、マリアベルと違い冷静さを保ったファティマのアドバイスを受け我に返った。
「あ、そうだよね。よーし、そうと決まればクァン=ネイドラにレッツゴー! ふーちゃん、ついてきて!」
「かしこまりました、我が君。このファティマ、どこまでもお供します」
「モゴゴ、モガ……モヒィン!」
「少し黙っていなさい、不肖の弟子。もし嘘をついていた場合、感度を三千倍にした上で特製布団たたきで尻を破壊しますからね」
「モモガァー!?」
吊したままのブリギットを放置し、ファティマは真相を確かめるべくリオと共にクァン=ネイドラに向かう。処刑宣告されたブリギットは、一人ガタガタ震えていたのだった。
◇─────────────────────◇
「なぁんだ、そういうことだったんだー」
『ええ、無用な混乱を招いてごめんなさい、パパ……ママ……。ヴィトラが元凶なんです、この騒動』
『チッ、魔神どもが来るとはな……』
数十分後、クァン=ネイドラにやって来たリオたちとユウの間で現状確認の話し合いが行われ。事の次第を把握することが出来た。
『でも……今回の騒動、ある意味いいきっかけになったかもしれません。ボクがシャロさんたちのことを大好きなのは、嘘偽りない気持ちですから』
「なるほど……ふふ、ユウも成長したんだねえ。親として凄く嬉しいよ。あ、結婚式やる時は言ってね! 全部用意す」
『いやまだそこまではいきませんよ!? なんていうか、その……あうあうあう……』
「ふふふ、照れることはありませんよ? ユウ、わたくしたちに聞かせてください。貴方の仲間たちをどう好いているのかを、ね」
が、今度はシャーロットたちのどんなところに惹かれ、好きになったかを根掘り葉掘り聞かれる羽目になったユウ。
恥ずかしさに身悶えながら、ヴィトラをしばらく封印してやろうと堅く誓うのであった。
◇─────────────────────◇
「なあ、どうするよミサキ。ユウにさ……返事、しねえとだろ?」
「……」
「ミサキ?」
「ん? あ、ああ。失礼、考え事をしていてね……」
一方、恥ずかしさのあまり思わずアパートメントを飛び出したチェルシーとミサキはというと。いきなり出て行った手前、なかなか帰る決心が出来ずあちこち渡り歩いていた。
今日もまた、ニムテから遠く離れた街にある酒場でくだを巻いていた。思い悩むチェルシーに声をかけられるミサキだが、この三日ずっと上の空で話をロクに聞いていない。
「……どうにも、こういう色恋……いや、もうそれは飛び越してるか。まさかあんな形でプロポーズされるなんて……ねえ?」
「まあ……思わねえよな、普通。どうすっかなあ、ホント。思わず飛び出してきちまったから帰りにくいしよお……。ハア~、参ったなぁ……」
二人もまた、今回の騒動をどう収束させるか悩んでいた。だが、いくら考えてもプロポーズを受ける以外の答えが出ない。
なんだかんだで、チェルシーとミサキもユウを心のどこかで意識していたのだろう。強制的にソレに気付かされたがゆえに戸惑っているのだ。
「……ま、今焦って結論を出すこともないさ。もうしばらく考えればいい。幸い、路銀はそこそこあるからね」
「ああ、金だけはちゃっかり持ってきてたもんなお前。おかげでこうやって飯も宿も困らねえが。……後でシャーロットに怒られるな、アタシら」
「まあ、それはそうさ。戻ったら謝ろうじゃないか、いつ戻るか決めていないけど……」
乙女たちの悩みは尽きることなく、心にのしかかっていくのだった。
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その頃、フェダーン帝国の東に位置するリーヴェディア王国では不可解な事件が頻発していた。人々が消え、代わりに絵本が残されているというものだ。
「隊長、またしても絵本が発見されました! これで二十四件目です!」
「ええい、またか!? 一体全体、どうなっておるのだ? 一向に手がかりが掴めぬばかりか、憲兵隊からも行方不明者が出る始末……むむむむ」
王国の治安を守る憲兵隊は、日夜捜査を進めていたが……まるで解決の目処が立たない。それどころか、とうとう身内からも行方不明者が出始めていた。
「隊長、ここはやはり大臣に口添えしてもらって陛下に掛け合うしかないのでは?」
「うーむ……陛下はパラディオンギルドを目の敵にされておるからなあ。素直に我々の進言を聞き入れてくださるか……。まあ、とりあえず掛け合ってはみよう。期待出来んがな……」
魔夜を打ち倒し、つかの間の平和の中にいるユウたち。そんな彼らは、再び東の地へ足を運ぶことになる。謎が謎を呼ぶ、新たな事件を解決するために。




